ケンシロウがサウザーに戦いを挑みに行く間、はとりあえず現在地を再確認しようと地図を取り出した。
何でこんなに迷ってしまったのか。
原因を地図を見ながら遡っていると、隣から地図を覗き込む影があった。

「何を見ているんですか?」
「えっ?」

声をかけられて顔を上げると、優しそうな少年がを覗き込んでいる。
名前がわからずに反応に困ったに、少年は人の良さそうな笑顔を向け言った。

「すみません、自己紹介が遅れました。私はシバ、そこに居るシュウの息子です」
「え、む、息子さん!?ええと、私と申します!どうぞよしなに!」

いやはやどうも、と恐縮して頭を下げたに、シバは目をぱちくりさせてから噴き出した。

「ぷっ…あはははは!面白い人ですね、さんって」
「へ?」

何かおかしなことをしただろうかと首を傾げるに、シバはくすくす笑いながら答える。

「いえ、悪い意味じゃないんです。ただ、ちょっと慌ててる様子が可笑しくって」
「へ…あ、あは…そうですか?」

そんなに変な反応したかなぁ、と頬を指で掻くに対し、シバはちょっとだけ、と肩を竦めて返してが見ていた地図を覗き込んだ。

「これ、地図ですよね?さん、旅をなさっているんですか?」
「あ、はい。その…ちょっと、南斗の街に用があるんですけど。迷っちゃって」

恥ずかしいですけど、とが苦笑いすると、シバはそうですか、と相槌を打ち、地図の一点を指差した。

「そういうことなら、ほら。ここが今私たちがいるところです」
「え、あ、ここですか?」
「ええ。で、南斗の街へはここから南南西に向かって真っ直ぐ行けば着くはずです。私は行った事はありませんが、このアジトも時々この街から物資を調達しているんですよ」
「なるほど…そっか、私間違えてこっちに行こうとしてたんです。それで迷っちゃったのかぁ…」

シバの親切な説明に頷きながらが次のルートをなぞっていると、それを見ていたシバが地図を見つめるに笑いかけ、何か言いたげにじっとを見つめた。

「じゃあ今度はこの道からここをこう……あれ?シバ君、どうかしたんですか?」

視線に気づいてが尋ねると、シバはいいえ、と首を振った。

「なんでもないんです。ただ、その…」
「はい?」

が丸い眼でシバをじっと見つめて言葉を待っていると、シバは少し照れくさそうに頭を掻いて答えた。

「その、お姉さんがいたらこんな感じなのかなって…」
「へ…?」
「あ、いえ!別に他意があるわけじゃないんです。でも、なんだか貴方は人を和ませてくれる、そんな雰囲気の人だから…」
「へ、え、え、えぇええ!?」

照れ笑いしながらの少年の言葉に、は素っ頓狂な声を上げて固まった。
人を和ませる雰囲気なんて意識したことは無かったし、何よりからすれば大抵ただの恥がいい笑いのネタになっているだけである。
褒められているのだろうがどうにも複雑な気分になって、仕方なくはとりあえず笑って誤魔化すことにした。

「ま、まああれですね、それならシュウさんがお父さんになるんですよね?うん、それはそれでちょっと面白いかもしれないです」
「ええ、きっと楽しくなりますよ。レジスタンスの父と、少し手のかかるお姉さん。悪くないですよ、きっと」
「…って、手のかかるってなんですかぁー!」
「あれ、違うんですか?その方がさんにはしっくり来るんですけど」
「うう!い、言い返せない…!」
「ね?」

ニコニコと笑顔を保つシバには悔しそうにぬぅだのうーだのと唸り、結局暫くの間年下の少年にからかわれることとなった。
初対面のがシバに対する知り合い番付に「トキさんと同類!」と記したのは言うまでもない。



「で、捕まったと…?」

引き攣った顔でケンシロウ捕縛の旨を聞いたは、行動には出さずに心の中で天を仰いだ。

ケンシロウさん、何してんですか。
まさか何の計画もなしに突っ込んで行ったんですかあなたは。

ツッコミを入れたいのはその報告を聞いたレジスタンスの者たちも同じで、アジトの中はつい先ほどまでの救世主に感謝モードから一転、ガッカリ感が色濃く漂うこととなった。
無理もない。
それだけケンシロウには大きな期待が寄せられていたのだ。
特に、弱い人たちからは。
アジトの中に流れる沈痛な空気を破って発言したのは、シュウの息子シバだった。

「私が助けに行きます」
「!」
「今父さんが行っては敵の思う壺です。でも、私なら子供達に紛れてケンシロウさんを助けに行ける」
「しかし、シバ!」

止めようとするシュウに、シバは父親の見えぬ目をしっかりと見て頷いた。

「大丈夫です。きっとケンシロウさんを連れて帰ります。だから信じて、父さん」
「…シバ……く…!」

シュウが口惜しいのは、ケンシロウを救う手立てで一番安全な策がそれ以外に思いつかないからだ。
聖帝軍に奇襲をかけたところで、混乱に乗じてケンシロウを助けたとしてもこちらも大きな被害を受ける。
こちらの体制を保ったまま余計な被害を避けるなら、シバが行く以外の方法は彼には思いつかなかった。
我が子に希望を託すしか道はない。
苦しげに眉根を寄せ、暫く黙り込んでから、シュウはシバの肩に手を置きぐっと力を込めた。

「…必ず、戻ってくるのだぞ」
「はい!」

戦う術をまだ知らぬ子を断腸の思いで敵地にやるのだ。
悔しさは計り知れまい。
きつく唇を噛んだシュウに、それまで静観し何かを思案していたが前に出た。

「シュウさん」
「君は…」
「その作戦、私も行きます」
「なっ!?」
さん、一体何を言ってるんです!」

突然の参入者に眼を丸くしたシバと驚きを隠せないシュウに対して、は何故か落ち着き払った様子で言葉を続けた。

「聖帝には私も個人的な用があるんです。それに、一人で行くより二人の方が都合がいいでしょう」
「でも!女の人にこんな危ないことをさせるわけには…!」
「ええ、だからその為にこれがあるんです」

反対して首を振るシバに、は静かに言葉を返して腰に下げてあるナイフと銃を見せて言った。

「心配要りません。交戦は最小限、するとしてもシバ君がケンシロウさんを助け出すまでの間だけに留めますから」
「でもさん、肩は…?」

不安そうな声を上げるリンに、は大丈夫、と笑った。

「もうほとんど治ってますから。それに言ったでしょう?私も聖帝には用があるって」
「用…?」
「そうです。というわけで、シバ君。いいですね」

有無を言わせない響きを含んだ声に、シバは仕方なく頷いた。
まだ会ってほんの僅かしか経っていないけれど、この穏やかだとばかり思っていた年上の女性には何か秘密めいたものがあるように思える。

「…わかりました。では、お願いします」
「それじゃ、いつ出ます?」
「夕刻前に」
「了解です」

シバの同意を得るとは満足そうに微笑み、すぐに準備をすると言い残しその場を去った。
見送った細い背中をじっと見つめて、シバもまた準備に取り掛かった。
作戦開始はおよそ2時間後である。



夕日が沈み始めた頃、一台のバイクが荒野を疾走してゆく。
アクセルを握り運転をしているのはである。
その後ろにはシバが乗り、聖帝軍たちに見つからない道を指示している。
が指示通りにバイクを操っていると、腰につかまったシバが、耳を塞ぐ風の中で徐に声を上げて尋ねた。

「…さん!」
「はーい!?」
「聖帝に用があるって言っていましたよね!?」
「ええ!でも仇討ちとか戦いとかそういうのじゃないですけどね!!」
「でも、やっぱり危険です!」

心配するなと何度も言っているのに、シバはどうしても自分に無茶をさせたくないらしい。
なるほど、あの父親の息子であればこんな風に心優しく育つのは当然だ。
シバの少年でありながら女や子供を護ろうとする魂に心打たれつつ、は返した。

「…シバ君!」

視線の先に聖帝十字陵を捕らえながら、はシバに答える。

「危険を承知してでもやらなきゃいけない事があるのは、今の君にも言える事でしょう!?」
「…!」
「私にも君にも、目的は違えど達成すべきことがある!そういうことですよ!」

問答はそれだけで十分だった。
それ以上は聞くまでもない。
にはの考えがあるのだと、シバは理解した。そして思う。
バイクを操る身体はこんなにも細いのに、彼女の中にはまるで見えない太い芯が通っているかのようだと。

背中越しに聖帝の城が見えてきた。
近くにバイクを止めて裏口を探し潜入する。
それが二人の第一の目的である。
陽は既に平たい円の半分を寝床に沈めている。

「…着いた…」

城の裏手、見張りの死角にバイクを停めると、とシバは地面に降りた。
図体のデカイ革ジャン、もといケンシロウ奪還&の聖帝との対面作戦の開始である。