食糧を偽装した箱に潜んだ兵がレジスタンスのアジトに運び込まれ、戦いの狼煙が上げられた。
攻め込んでくる大部隊に、少数のレジスタンスはなすがままに攻撃を受ける。
通常、部隊というものは小隊が多くて10人ほどで編成され、それが3つ、或いは4つ集まると中隊になる。
それが更に3つ4つ集まって大隊、つまりここで言う大部隊になる。
およそ150人以上で構成された大部隊は、レジスタンスにはない火器を多く持っている。
元より多くて中隊程度の規模しかない上に、女子供を抱えているレジスタンスの部隊が、不意を突かれて反撃出来るはずもなかった。
瞬く間に百人の人質が集められ、聖帝軍の大部隊は真っ直ぐにシュウの基地を攻め始めた。
サウザーの進軍を受け、シュウは唇を噛んだ。

「ついにこの基地をかぎつけたか!」

とうとうやってきたのだ。
サウザーと雌雄を決する時が来た。
どちらかが散る。
しかし、シュウは知っている。
サウザーは自分の手では倒すことができない。
その事実を受け入れた上で、シュウは思う。

ただ、彼を止めることが出来れば。
今からでも、彼の野望をとめることが出来たなら、と。
南斗が乱れたのは彼一人の所為ではない。
けれど、責はある。
その罪を拭うのは、同じ南斗の者として拳を交し合った己でなければならないのだ。
愛情を捨て去った男のためにも、仁の星を背負う者として、全てを受け止めねばならない。

ケンシロウは睡眠薬で眠らせてある。
地下水路を上手く逃げ切れば、時間が稼げる。
サウザーを倒すのは自分でなくても構わない、しかし戦いの中で自分はサウザーに大切な何かを伝えなければならない。
それがシュウの、同じ拳の道を歩んだものとしての想いだった。

シュウは水路に浮かべたボートにケンシロウを寝かせ、リンとバットにケンシロウを託した。

「一目だけでも、お前の成長した姿が見たかった」

戦いに赴く者の言葉を聞き、リンは去り行くシュウに縋った。

「シュウさん!」

死んで欲しくない。
誰かが死ぬのを見るのも聞くのも、リンはもうこりごりだった。

(これ以上誰かが死ぬのはいや!)

(シバも、さんだって帰ってこなかった!)

「死なないで!どんなことがあっても絶対に死んじゃあだめ!!」

リンが流した涙を拭って再び背を向けたシュウを残し、バットもまた苦しい思いを抑えてリンを呼んだ。

そしてこちらでも―――





さん?」
「おはようございます」

目を覚ましたシバが身支度を済ませて洞窟の中から顔をのぞかせると、は既に準備を整えて待っていた。
そして、聖帝十字陵を見つめ、シバに言った。

「シバくん、見て下さい」
「えっ?」

遠くを見つめるの視線が真っ直ぐに空を貫く。

「動き始めました」

男の信念をかけた闘いが、再び始まる。





サウザーの城からそう遠くない岩山の中に隠された城の中。
ラオウはつい先日再び会った娘のことを思い出していた。
――元々はリュウガについて来た、ただの雑用だった小娘。
かの拳王がほんの一年ほど拳王府に籍を置いていただけの彼女をここまで確実に葬ろうとするのにはわけがある。
ただ単に腹心の裏切りを抑えるためではない。
たった一つ、しかし無視できない懸念があったからである。

それはまだが拳王軍にいた頃の、とある軍儀の最中の出来事だった。
敵軍を攻め落とす戦略を練っていた軍師や将軍は、いつもならばすぐに決まる戦略に頭を悩ませていた。
敵の本陣は周囲を山に囲まれた盆地の真ん中にある。
いつもならばラオウを戦闘に突撃を仕掛ける。
しかし拳王軍の常套である直進での突撃が、この場所では効かない。
敵陣が構える場所は、丸く開けた盆地に鍾乳洞のように細い岩が何本も地面から突き出しているのだ。
まるで丸い形の剣山のような変わった地形。
敵はその中央に潜んで防御しているのである。

地の利が無い場合、拳王軍は基本的には力押しで攻める。
圧倒的な人数があるからだ。
しかし、複雑な地形での力押しはこの場合は不利になる。
馬がやっと通れるほどの隙間しかない程度の感覚で突出する岩。
強引に進めば、仕掛けられている敵の罠に嵌まる。
地の利を知り尽くした相手は、自分の庭を駆けるだけでいい。
だがこちらはそうは行かない。
油断すれば反撃をくらう。
無駄な出血を強いられるだろうということは、ラオウも勿論、軍師のソウガも想定していた。
いっそ全て岩を壊そうと言う案も出たが、そんな時間は無い。
こちらが消耗するリスクも高かった。
他のルートから攻めようにも、道は谷に向かう一本だけ。
そこを封鎖しての兵糧戦も考えたが、時間がかかりすぎる。
どうにもならない。

「どう攻めるべきか…」

誰かが呟いたとき、が資料を抱えて会議室に入ってきた。

「失礼します。新たな情報資料をお届けにあがりました」
「ん…?ああ君か。そこに置いておいてくれ」
「はい」

両手いっぱいに資料を抱えたは、近くにいたソウガに声をかけると指示されたとおりに資料を邪魔にならない場所においた。
そして、小難しそうな顔で悩んでいる将軍達に気づいて首を傾げた。

「…?あの、どうかなさったんですか…?」
「少し難しいところがあってな。どう攻めようかと悩んでいるのだ」
「はぁ…」

別の将軍に小さな声で話しかけたは、帰ってきた言葉に目をぱちぱちと瞬かせ、頭を抱えている将軍の背中越しに地図と陣形にさっと目を通した。
そして、すっと指を出し、ある一点を指した。

「…ここ…」

細い指が指した地点。
それはたった一つしかない道だった。

「んっ?」
「ここを封鎖してしまうのはどうでしょう?」
「ああ、それはもう出た。兵糧戦にするのだろう?しかしそれは時間がかかりすぎて…」
「あ、そうじゃなくて」

誰でも思いつく案だと却下される前に、は首を振った。
そして、その点を見つめながら説明を始めた。

「こういう道が一本しかないところって、隠し通路がきっとあると思うんです。きっと地元の人しか気づかない場所に。だから…ここを塞いだら相手は兵糧戦になる前にどこか別の場所から出るんじゃないでしょうか。少なくとも一つは脱出ルートがあるはず…戦じゃなくても、事故でこの道が崩れたら大変ですし。でも外の人間には見つからないところじゃないと戦に使う意味が無い…どこか建物の中…見えない場所に別の通路があって…」
「それは確かに…!」
「多分、そう遠くない場所から出られるように地下通路か何かあるんじゃないですかね?この地形でいくと、この場合…」

ぶつぶつと呟きながら、は地図に置いた人差し指をすうっと滑らせて、唯一の進軍ルートの手前で指を止めた。

「このオアシス…が、一番丁度良い位置ですよね。水の確保は絶対に必要だし、ここなら降参したと見せかけて、敵が盆地に入ったのを狙って後ろから攻撃することもできる。自分たちが出て来た所を閉じたら、背後から追い詰めて逆に相手に兵糧戦を仕掛けることまで可能です。もしかしてここらへんは地下通路なんかが繋がって…」

はそこまで話して漸くはっとしたように顔を上げた。
いつの間にか口を挟んでしまっているのを、全員が静かに聞いていたからである。
一気に真っ青になったは、はわわ、と口を抑え、引き攣った笑顔で首を傾げて見せた。

「たり、なかったり…?」
「「「……………」」」
「…す、すみません!!つい口が、この口がですねっ、出すぎたことをー!」

は結局慌てて会議室を出て行ったため、向けられる視線がただの奇異なものとしか思っていなかったらしい。
しかし、その場にいたものはまるで予想していなかった戦略に呆気にとられていただけである。
彼女の説得力の高さと柔軟な脳にはソウガも驚いていた。

更に恐ろしいのは、彼女の読みが的中していたことだ。
の意見を聞き、拳王軍が彼女の指したオアシスを見張っていると、なんと敵軍閥は城の地下の古くなった水脈跡を地下の脱出通路として改造しており、見事に下から這い出してきたのである。
おまけに拳王軍との戦いには彼女が言ったとおり、通路を使った背後からの攻撃を仕掛けようとしていたこと迄当たっていたのだ。

このことは、には知らされなかった。
彼女の直属の上司であるリュウガもこの時は遠征に出ており、この話は彼の与り知らぬまま忘れられていった。
しかし、ラオウとソウガはあの時、確かに彼女に参謀としての才を感じていた。
時が来ればソウガの方から明かすはずだった。
はまだ自分の才には気づいていない。
リュウガすら知らない、彼女の参謀としての才。
しかし、それを知ることなく彼女は拳王軍から消えた。

ラオウは、がただ拳王軍を去っただけならば、こうも痛烈に彼女を狙うつもりは無かった。
彼女には戦う力は無い。
だから一度は、捕まえてどこか領地の村に監禁するだけのつもりでいた。
しかし彼女が拳王軍に敵対すると宣言したとなれば話は違う。

もし、が自分の才を自覚したら。
もし、それを南斗の軍にでも見つけられたら。
あちらには海のリハクという名参謀がいる。
彼女の才が加われば、脅威になるかもしれない。

だからこそ、潰すなら彼女が気づく前。
今しかないのだ。
そして腹心の忠誠を試すのも、己が傷を癒している今だけだ。

「せめて静かに暮らしておれば良かったものを…」

何も知らずに死の恐怖に怯える娘と、かつての恋人を手にかける苦悩に苛まれる腹心。

「さて、どう出る」

運命の歯車は今、微かにずれ始めていた。