両足の腱を切られ、シュウは絶望の中で吼えた。 歩くこともままならず、引き摺られ、だくだくと流れる血が荒野に痕を残す。 「皮肉なことだなシュウ…この俺に反旗を翻してきた貴様も俺の足元にひれ伏した」 煌びやかに装飾された椅子に腰掛けたサウザーは、シュウを嘲笑った。 「この聖碑を頂上まで運んでもらおうか!」 シュウの頭上に碑石が掲げられる。 「ハッハハハ!!よいか、その聖碑は落としてはならぬ!落とせばガキどもは皆殺しだ!!」 聖者が十字架を担ぐように、シュウは全身で100人の命を背負って石段を登り始めた。 「来る!ケンシロウが!」 シュウの言葉はすぐに形を成して、聖帝軍の雑兵を蹴散らしながら、彼はやってきた。 「フフ…待っておったぞ」 傷だらけの黒い革ジャン、もとい、北斗神拳伝承者・ケンシロウ。 「な、なんだあ」 黒馬に跨った益荒男と、隣に立つは清廉なる強き聖者。 かくして北斗の兄弟は再び交わり、虚飾の帝王と悲しき男の巡礼を見据える。 駆け出そうとしたケンシロウに、シュウは叫んだ。 「くるな!!」 シュウの足が最後の一段を踏みしめ、ついに上りきる。 「フ…サウザーよ、この石を抱えたままこの場で死ねというのか!」 サウザーは口角を吊り上げた。 「いいだろうサウザー、散っていった六聖のためにせめて聖碑を積もう!」 シュウは腕を震わせながら、聖碑を掲げ上げた。 「だがこの聖帝十字陵はいずれ崩れ去る!」 最後の力を振り絞って。 「北斗神拳伝承者の手によって!!」 咆哮は最後の願いでもあり、 「ぬおお!!」 希望でもあった。 「それが南斗の宿命!南斗は天帝の星として輝かず!!」 瞬間、番えられていたいくつもの矢がシュウ向かって放たれた。 シュウも、彼を見つめる人質も、ケンシロウやサウザー、トキやラオウでさえも気づかなかった。
仁星の運命はどこまでも哀しい。
人質を取られたシュウは仁の星が囁くままに、ただ拳を下ろすほか無かった。
彼はどこまでも仁の宿命を背負う者だった。
ここで彼が人質を捨てていれば、シュウは仁の男ではない。
何よりも命の重さを理解し、慈しむ。
そんな仁星の宿命がサウザーを討つ事をシュウから遠ざけてしまった。
ただただケンシロウに最後の希望を託したシュウが連れて来られたのは、聖帝十字陵だった。
南斗六聖と呼ばれ、かつては拳を交え、そして完全に対立していた男が、今や地に両手をついて自分を見上げている。
サウザーにはそれが堪らなく愉快だった。
男4人がかりでどうにか持ち上げられるほどの岩をシュウの前に突きつけ、サウザーは哂う。
身体を押し潰されそうになりながら、シュウは聖碑を担いだ。
足の傷からは血が噴出し、シュウの腿から下を真っ赤に染め上げた。
ゆっくりと、命を賭して。
その背に散らばった南斗の罪と、そして己の不甲斐なさを嘆いた彼自身の罪を背負い、シュウは頂を目指す。
*
ケンシロウは野を疾駆していた。
かつて自分を助けてくれた人が、再び命を落とそうとしている。
既に多くの命が散った。
立ちはだかる雑魚を一蹴し、ケンシロウはただサウザーを討つために走った。
大切なものを守るために、真っ直ぐに。
その先を行くのはトキとラオウである。
サウザーの元に向かうケンシロウに道を開いておくために、彼の闘いを見るために、トキはラオウを引っ張り出してきた。
数多の屍の山を築き上げ、彼らは集った。
南斗の将星、サウザーの行く末を見届けるために。
あと一段、と誰かが呟いた。
巨大な石碑に何度も潰されそうになりながら、シュウは最後の一段を上ろうとしていた。
血みどろになった足で人質の命を背負って、傷だらけの背に南斗の罪を背負って。
そして最後の一段に足をかけた時、彼の祈りは届いた。
そして―――
「あ…あれは!!」
2つ目の幕が、今、上がる。
「シュウ…」
「ケ…ケンシロウ…」
「今行くぞ!!」
「!」
「くるでない、わたしはこの聖碑を積まねばならぬ!この石は100人の人質の命、そして南斗六聖拳の乱れを防ぐことができなかったわたしの痛み!!」
その背後で、全身に鎧を着けた2つの影が彼の足に枷を嵌めた。
影は静かに身を隠し、すぐにシュウの視界から消えた。
「そのとおり」
全てが思い通りになっていた。
自分には向かうシュウが、ついに己に最高の形で屈服する時が来たのだ。
世界がゆるやかに、けれど確実に―――変わり始めていたことに。
雲を破るような墓の頂で、小さな光が舞った。