崩れ落ちた陵墓を前に、聖帝軍はまるで蜘蛛の子を散らすかのように散り散りに逃げていった。 そして、はと言うと―― 「私たちがどれだけ心配したと思っているの!?」 リン・バット・トキ・シバから地面に正座でお説教を食らっていた。 「で、でもどうにかなったわけですしぃぃ」 「ケンシロウさんのばかー!!」 ケンシロウの部屋に突撃をかけたを出迎えたのは、丁度傷の手当てが済んで着替え終わったところのデカイ革ジャン(←既に名前)である。 「終わったのか、じゃないですよ!何で助けてくれないんですかー!!」 両拳をぷるぷるさせてがケンシロウを恨みの篭った目で見上げると、ケンシロウは何故か微笑んでの頭を軽く撫でた。 「?」 予想外の反応にが目を瞬かせると、ケンシロウは自分よりも頭一つ分小さいを見下ろして呟いた。 「……元気になったな」 知り合いってほどじゃないです、とが答えると、ケンシロウはそうか、と頷いてベッドに腰掛け、少し躊躇ってからに尋ねた。 「何故あんな無茶を」 拗ねた素振りではぐらかそうとするも、ケンシロウは騙されてくれなかった。 「…仕返しですよ」 瞬間、何か悪いことを聞いたかのように気まずそうな表情をしたケンシロウに、は肩を竦めて付け加えた。 「誤解されたくないので言っておきますけど、貞操は無事ですよ?」 仮にも死にそうな目に合わされた相手を子供と称したにケンシロウが呆気にとられていると、は、まぁそういうことです、と話を締めくくった。 「もっと深い理由を期待してたなら残念でした。じゃ、私はこれで」 一方的に話を終わらせて、は踵を返した。 「…あまり無茶はするな」 その言葉に、はぴたりと足を止めた。 「お前はもう少し、誰かを頼ることを知るべきだと思う」 呟いて、溜息をつく。 せめて記憶を取り戻すまでの間だけは、誰の手も借りずに居たい。 (一人でも大丈夫。強くなるって決めたんだから) 「ホントにホントにダメになったら、ちゃんと頼ります。心配してくれてありがとうございました」 振り返って明るい笑顔を見せたをケンシロウはしばらく無言で見つめ、やがて諦めたのか小さな溜息をついて「わかった」と呟いた。 (あの時は、ソウガさんが一緒だったんだっけ…) そうだ、キラキラと飾り立てられ、ドレスを着せられてここに来たのだ。 「化粧……」 耳の奥で聞こえた声に、ははっと足を止めた。 化粧。 (知ってる、私はこの声の人を) 記憶の糸を手繰るようには足を速めた。 自分が居た客間、それから、ああ、そうだ。 (それから、) は、ある部屋の前で足を止めた。 「…ここ、」 サウザーの目に心から死を感じたあの夜、が居た部屋だ。 ここに、あの時立っていたのは。 「あ…ぁ…、」
人質には傷もなく、シュウはシバに助けられ手当てを受け、出血多量の重症を負いながらも一命を取り留めた。
サウザーは聖帝十字陵と共に塵となり、最後まで愛に囚われた男は、ケンシロウの手によってその生涯に幕を下ろした。
かくしてケンシロウはまた一つの闘いを終え、強敵を糧に強くなったのである。
「スイマセン…」
「何も言ってくれないなんて、酷いんじゃねーか?」
「仰るとおりで…」
「全く、こちらの心臓が止まるかと思ったのだぞ」
「申し訳ないです…」
「あのサウザーを挑発するなんて、どうかしてますよ!」
「いやそれはホントに反省して…って何でシバ君まで私を説教してるんですかー!?」
「「「「聞いてる(の)(のかよ)(のかい)(んですか)!!?」」」」
「ハイ……!」
「ならなかったらどうするんだよ!」
「ですよね」
「全く、本当にハラハラしたのよ?」
「ハイ…スイマセンあの、足痛いんですけど、」
「なにか?」
「いや、だから地面に座ってるとあの、脛に小石がちくちく刺さってですね」
「当然だろう?そのために地面に座らせているんだから
」
「ですよねー
」←やけくそ
リンの涙目攻撃に良心を痛ませ、バットのツッコミに胸を抉られ、シバの少し腹黒い切り返しにショックを受けてトキの爽やか過ぎる笑みに寒気を感じ。
地べたに正座という酷な仕打ちを涙を呑んで耐え、その後説教が終わり更に15分足の痺れに悶絶。
心身ともに疲れ果てたが向かったのは、四面楚歌で半泣きだった彼女を見事なまでにスルーしたケンシロウの元である。
用は当然、文句をいうことだ。
「…終わったのか」
腕にさらしのようなものを巻きつけながら、ケンシロウは涼しい顔でを振り返った。
自分とは正反対に、波一つない湖面くらいに動じていないケンシロウに、はタコのように頬を膨らました。
「すまん」
「その言い方、謝る気ないでしょ…!」
「うむ。止めたら俺も巻き込まれそうだった」
「私を生贄にしたんですねー!?」
「そうとも言える」
「くぅぅ…!」
「へ?」
「サウザーとは知り合いだったのだろう。落ち込んでいるかと思っていた」
「…別に、」
「……その台詞、一日で5回も聞くことになるなんて思いませんでした」
「…」
無言で見つめられ、は仕方なく本日5回目の台詞を口にした。
「仕返し…?」
「…聖帝…サウザーには、以前色々と腹の立つことをされたから」
「…!」
「む…!」
「性質の悪い子供みたいなイヤガラセされただけですから、ご心配なく」
「子供…」
「はい」
しかし部屋を出て行こうとしたをケンシロウが呼び止める。
「……なんで皆、同じ事言うんですかね…」
そんなに一人で無理をしているように見えるのだろうか。
事実そうなのだろうが、今のにとって「頼る」という言葉は、泣きつくと同語である。
自分にどんな過去があったのかがわかるまでの我侭。
これはもう、意地と言っても良かった。
「……」
彼女は彼が思っているよりずっと頑固だった。
本当に見かけによらん、と胸中で漏らしたケンシロウの心など気にも留めず、は颯爽と去っていった。
その後姿を視界の端で追いながら、ケンシロウはふと感じた。
初めて会ったは、どこか宙に浮いているような希薄さを感じる娘だった。
しかし、今は違う。
の存在感は、徐々に大きく明確になってきている。
そう、まるで掴み所のない水が、硬い氷へと形を変えていくように――
*
ケンシロウと話した後、は真っ直ぐにサウザーの城へと向かった。
既に主の居ない城には人影は無く、子供たちが全員解放された今は誰かに倉庫が破られた跡や金品を持ち出した跡だけが生々しく残っていた。
姿を隠す必要も無い。
堂々と正面から城に入ったは、城の廊下を一人で歩きながら改めて始めてこの城に来た時の事を思い出していた。
綺麗に化粧もさせられて―――
『お前はこの色の方が良い』
「―――!」
口紅。
一度塗り直された。
誰に?
(あの人にペンダントを送ったのが誰かも、夢に出てくる顔の見えない人も!!)
大広間を通り過ぎる、視界の端にはグランドピアノ、それから廊下を真っ直ぐ進んで、一つ上の階の右から5番目が
見覚えがある。
が立ち止まったのは、先日忍び込んだサウザーの頂上の部屋ではなく、別のベッドルーム。
大きな寝台、豪奢だった天幕、なにもかもに見覚えがある。
そして今、自分が立っているこの場所。
部屋の入り口に、危機一髪だったを迎えに来てくれたのは。
『―――人のものを勝手に奪われては困る』
背の高い
(あの時、私は)
銀髪の
(私を、助けてくれたのは)
意地悪で、優しくて、誰よりも だいすきだった。
『』
『待たせてすまなかった…』
「――――――――…リュウガさん……!」