砂塵が舞い上がり、荒野に白線を一筋残す。 目的地は一つ。 笑うのは名の無い美少女。 「さて、何処までいけますかねぇ」 嘲笑うのは黒服の男。 空の真ん中に立つ二人が向ける視線の先は同じ、一人の娘を乗せて荒れ野を駆ける鉄馬。 「何処までもよ。そのためだけにあの子はここに居る」 眉を少し上げて呆れたような笑みを浮かべた娘に、男は、確かに、と肩を少し上げて答えた。 変わらない世界を。 絶望と、希望を。 夜が明けて、
の姿が無い事に気づいたシバとシュウはトキから彼女が既に出立した事を聞き肩を落とした。 「一言でも言ってくれれば良かったのに…」 落胆する息子をシュウが慰めると、シバは納得がいかない顔をしながらも頷いた。 「…シバ」 聞かれたシバは口にしていた水を盛大に壁に吹いた。 (ああ、やはり) 「とっ、父さん!?何を言ってるんですか突然!!」 必死に否定している姿が余計に怪しい。 (そうか、お前にも春が…そうか…) というより、逆に肯定しているという事に気づかないのか息子よ、とシュウはただニコニコ笑いながら慌てふためるシバを見つめ、
止めの一言を放った。 「私の怪我が治ったら、一つ祝いの宴をするか」 「…拳王軍…!!」 5人のいかにも雑魚といった風体の兵達と、リーダーと思しき一人の兵士。 「…人違いです。失礼ですけど、私は急いでるんで」 無視して通り過ぎようとするが、雑魚の代名詞のようなモヒカンの男が
を阻む。 「そうはいかねぇ。あんたをちゃんと始末しろって言われてんだ」
が尋ねると、モヒカン男は全く何も考えていないのか、あっさりと口を割った。 「おお。前のやつがやり損なった分を、オレらに回されてんだよ」 という事は、彼らは
を裏切りの件で襲撃に来たのではなく、――― 「――私をもう一度消すために、ですか。」 「そういうこった」 男たちはじりじりと
に近寄ってくる。 遊んでやるつもりも、――― 「言ったでしょう。急いでいる、と」 ひゅる、と風を切った音がした瞬間、3人の男の首から血が噴出した。 「は…」 返り血を綺麗に避けて、
はいつの間にか取り出していたナイフを更に一瞬で銃に持ち替え、呆然としている残りの2人の脳天を、反撃の余地も無く撃った。 「いっ」 ドッ、と倒れた男たちの死体に背を向けたまま、
は銃を仕舞ってバイクに跨った。 「私が貴方たちの分も生きます。だから安らかに眠ってください」 一言だけ弔いの言葉を残すと、
は再びアクセルを握りバイクを発進させた。
そのバイクを運転しているのは、つい先日シュウのアジトを後にした
である。
乗っているバイクは元・聖帝軍の城の前に置いてあったものを失敬してきた。
行く先は南斗の街。
一度ディ・ロンに連れて行かれたことがあり、
がシュウのアジトに寄る前に行くつもりだった場所。
本当なら薬だけを貰いに行くつもりだった。
しかし、今はもう一つ用ができた。
バイクのエンジンが更に激しく音を立て、黒い車体が真っ直ぐに荒野を貫く。
“薬屋”である。
*
「ああ、やっと羊が意思を掴んだ」
「本人は知らなくても?」
「あら、一体何処の誰が私たちを覚えていられるというの?」
彼らは存在しないけれど存在する、矛盾した存在だ。
だからこそ、幾千年もただ在り続けている。
そして見つめ続けていくのだ。
変わる世界を。
「―――さあ、見せなさい。貴方の欲しい未来を、信じるものを」
歯車は、止まらない。
*
「ええっ!?
さん、もう出て行ったんですか!?」
「ああ。昨晩な」
「まだ礼もしておらぬと言うのに…」
シバもシュウも、落ち着いて一息つけるようになったらすぐにでも
に何か礼を、と思っていた。
特にシバは
がいなければ死んでいたかもしれなかったため、彼女にはたくさん礼をしたいと考えていたので、残念そうに溜息をついた。
「仕方がなかろう…用があるのかも知れぬ。無理に引き止めても困らせるだけだ」
「…そう…そうですよね」
シュウは、そんなシバの様子を見えない目で見つめて微笑んだ。
我が子を死んでしまったものと思っていたシュウの元に帰ってきたシバは、あれから少し男の空気を纏うようになった。
それも、女を意識し始めた男の空気だ。
息子の心が傾いている相手をそれとなく察して、シュウはベッドの中からシバに尋ねた。
「はい?」
「随分、
と仲良くなったのだな」
「ぶっ!!?」
その反応を見て、シュウはにっこりと笑う。
「うむ、そうか…いや、それはとても良い事だぞ、息子よ」
「ちがっ、だからそういうのじゃないんですってば!」
それにしても嬉しいものだ、とシュウは必死で弁解するシバをよそに、一人感動した。
手塩にかけて育てた息子が、少しずつ大人になっていくのをまだ見ていられるとはなんと幸せな事だろう。
寂しい気もするが、こちらまで嬉しくなってきてしまう。
「寝ててください、いい加減!!」
*
野を弾丸のように疾駆していた
は、前方に見覚えのある旗を掲げた団体を見つけてブレーキをかけた。
鉄を擦る金属の音が響き、タイヤが硬い地面を削って止まる。
傾いた車体を立て直しながら
は顔を上げ、前にいた団体を睨んだ。
はためく旗は、昔自分がつけていたベルトに刻まれていたそれ。
「拳王軍元・特務士官、
だなぁ?」
昔自分を襲撃した男ではないが、目的はどうやら同じようだ。
「へぇ、誰に?」
「ウサ様だよ。てめぇが戻ってくると面倒な事になるんでな」
「…その命令、2回目ですか」
「悪く思うんじゃねぇぞ、お嬢ちゃん」
あからさまに甚振ってやろうという魂胆が見え見えで、
は嫌気が差した。
拳王の差し向けたものでなければ、おそらく見かけどおりのただの雑魚だ。
そんなものに構っている暇は無い。
無い。
血煙の向こうには、赤い刃のナイフを舞うように操る娘。
完璧な軌道で鮮やかに3つの死を生み出した、空の女神の2つ名を持つ娘が、いた。
「ひ?」
「へべ…?」
「ぎっ、」
ドルル、とエンジンの低い音が地面を揺らす。
既に死体などには眼もくれていない
の瞳には最早、何の躊躇いも在りはしない。
胡蝶のジュノと呼ばれた娘は、少しずつ、けれど確実に、強く成った。
誰かの死を糧に、凛と地を踏みしめていられるまでに。