自らに最高の忠誠を誓ったリュウガから預けてあった城と兵を再び受け取ったラオウは、再び進軍を開始していた。 ガソリンを手に入れるべく立ち寄ったのは小さな村で、南斗の街に繋がるルートにあるからか、夕方でもそこそこに活気があった。 「すみません。一晩泊まりたいんですけど、お部屋は空いてます?」 が尋ねると、宿の主人は鍵を確認して聞き返した。 「ああ、2人部屋が一つだがね。少し割高になるがいいかい?」 少し迷って、は腰につけた小さなパックから酒瓶を取り出した。 「ほぉ…!こりゃウイスキーじゃないか!いやぁ十分だ。なんなら食事もつけようかね?」 気前よく交渉を成立させてくれた主人に礼を言って、は手渡された鍵を手に指差された階段を上がって、鍵に彫られた番号の部屋に入った。 腰の荷物をテーブルに置いて質素なベッドにダイブすると、清潔なシーツの匂いにまどろんでしまいたくなる。 「…寝ちゃだめだ」 (まだ気を抜くべきじゃない) 確か、話の流れではリュウガとトキは揃って天に召される。 「…だめだ、ごはん食べよう…」 これではろくに考え事もできない。 が丁度ベッドにダイブした頃、宿のカウンターには遅れて一人の男が入ってきた。 「主人」 男の問いかけに、主人は残念そうに肩を竦めて申し訳ない、と断った。 「食事くらいならお出しできそうだが…」 主人が頭を掻きながら男に説明しているその時、丁度その『今しがた入った若い女の子』が階段を下りてきた。 「すいませーん、この辺で食事ができるところってありま…」 階段を下りてカウンターを見た彼女は、しかし何故か目を丸くして言葉を無くした。 「え…」
ラオウが留守を任せていたリュウガが褒美として願ったのは末弟ケンシロウとの闘い。
その本意は知れないが、ケンシロウとリュウガの戦いを止める理由はなかった。
何故今このタイミングで。
何故、孤高の星を背負う男が自分の元に居るのか。
兵を率いてゆくラオウを見送るリュウガの双眸がどこを見つめているのか、ラオウはわからぬまま、彼に留守を任せて城を出た。
時間は少し進む。
シュウのアジトから、村々を回ってリュウガの足跡を辿っていたは、一晩かけて奇跡の村と南斗の街の中間地点までどうにか辿りついた。
リュウガが何時トキを襲撃するのかわからない分不安はあったが、これ以上は進めない。
バイクの燃料が切れてきたからだ。
村に入ったがバイクを引いて暫く歩くと、小さな宿が目に入る。
しっかりとロックをし、キーを握って入り口にあるカウンターに声をかけると、中から人の良さそうな小太りの男性が顔を出した。
「んと…これで足りますか?」
それを見た宿の主人は目を輝かせて感嘆する。
「んー、どっちかというとガソリンが欲しいんですけど…」
「ならそうしよう。ちょうどいいガソリンが入ったところなんだ、この酒となら文句はないよ」
「いいんですか?」
「ああ、構わんよ。ホレ、こいつが部屋の鍵だ。部屋は2階の突き当たりだよ」
「ありがとうございます!」
部屋はお世辞にも綺麗とは言えないが、一晩眠るだけなら十分広く、掃除も一応されていた。
シーツも洗濯されているらしく、襤褸臭いベッドでも不快感は無い。
これでガソリンまで貰えるのだから運がいいとしか言えない。
かつて彼に愛されていた日もこんな風にゆるやかにベッドの中で微睡んでいた。
それを不意に思い出し、重くなり始めた瞼を閉じかけて、は身体を無理矢理起こした。
トキの肉体はもう限界のはずだ。
彼とはサウザーとケンシロウの戦いの後から会っていないが、ストーリー通りに事が進んでいるなら死期が近づいているだろう。
リュウガが腹を切る前に、が彼に会ってトキの襲撃を止めるよう説得するのだ。
駄目ならナイフの神経毒を使っても良い。
即効性は強いが依存性も副作用も無いこの毒なら、気を失わせることくらいできるだろう。
リュウガを助けられるなら、はなんでもするつもりでいた。
と、そんなシリアスな悩みをぶっ壊すかのように、の腹がきゅう、と鳴った。
貴重品が入った小さなバッグを再び腰のベルトに巻きつけると、は部屋に鍵をかけ、のろのろと階段を下りた。
背が高くがっしりと逞しい体格の男は、カウンターで書き物をしている宿の主人に尋ねた。
「いらっしゃい」
「宿を取りたいのだが、部屋は空いているか?」
「すみませんねぇ、お兄さん。今しがた入ってきた子で満室になったところだよ」
「いや…他の宿をあたることにする」
「すまんねぇ。女性の客なら、さっきの子に交渉しても良かったんだが。いや、さっきの客が若い女の子で、埋まったのが二人部屋なもんだからさ。女の人同士ならどうにかなったかもしれんが、男の方だと相部屋は…」
「お前…!」
ほんの僅かな沈黙の後、娘の唇がゆっくりと言葉を紡いだ。
「―――リュウガさん…?」