ゆめのなかで、やさしいこえをきいた。
熱が引き、容態が安定したの世話をしていた女官は、ベッドの上でむにゃむにゃと寝言を言っている娘の声を聞いて、意識が戻ったのかと振り返った。 「…様?」 女官が首を傾げたその時である。 「目玉焼きが地球のオヤジをヒートプロテインに…!」 がばっと勢いよく飛び起きたは、究極に意味不明な言葉を口走って飛び起きると、おろおろと焦った様子を見せ、女官の姿を認めるとその方をがっしと掴んで叫んだ。 「は、早く逃げなきゃフリーズドライなんですぅぅぅぅ!!」 女官の大いに困惑した声とともに、は意識を取り戻したのだった。
が意識を取り戻したと聞いて、レイナはいち早くを見舞いに訪れた。 「良かった、元気になったのね」 頷く彼女の手にはクリームパンがあり、その傍らで話し相手をしている女官の手にもクリームパンがあり、ベッドサイドにも20個ほどのクリームパンが積まれている。 「な…なんでこんなにクリームパンがあるの…?」 どうですかって言われても、と思ったが、これだけクリームパンばかりでは、確実に胸焼けするだろうと思い、レイナは大量のクリームパンの処理に一役買うことにした。 「良かった、私とマキさんとじゃ食べきれなくって」 レイナが女官のほうに顔を向けると、マキ、と呼ばれた女官は丁寧にお辞儀をして微笑んだ。 「あの、旧政府の倉庫ってどうなったんですか?ちゃんと開いたんでしょうか…?」 不安そうに尋ねたに、レイナは笑っての方に手をそっと置いた。 「大丈夫よ。無事開くことが出来たと聞いているわ」 レイナの答えには安堵したのか小さな息をひとつ吐くと、躊躇いがちにレイナを見て口を開いた。 「…あの…」 その言葉には少し笑って、それからレイナに云った。 「リュウガさんのところに…連れて行ってほしいんです」
その言葉に、ラオウの眉間の皺が険しくなった。 「我々の手にした文書には確かにあの倉庫を開けることが出来るようにするための方法は書いてありました。しかし、倉庫の防御システムを停止させる方法がまた別にあるものと思われます」 ソウガが悔しそうに歯噛みする傍らで、リュウガは長い睫を伏せて心中で舌打ちした。 「その防御システム、突破は不可能なのか?」 謁見の間の入り口から聞こえた声にソウガとリュウガが振り向くと、そこにはレイナと、そして体を支えられて立つ一人の娘の姿があった。
「……!」
(どこに?) あの倉庫に。 (どの倉庫?) 旧政府の武器がいっぱいつまった倉庫。 死ぬ思いでとってきた紙切れで開くはずだった倉庫で、 (…何、それ) 呆然と立ち竦んだの頭の中で、今しがた聞いた言葉がぐるぐると回る。 防御システム。 (…システムの、突破を、しないと) 「…、大丈夫?」 (私を使った、) 「おい、…?」 (リュウガさんの、顔が潰れる) が顔を上げて前を見れば、リュウガがこちらを驚いたような後悔しているような表情でじっと見ていた。 「その防御システム…」 ソウガが面食らったような顔で頷くと、はラオウに顔を向けて云った。 「拳王様」 傷の痛みを堪えている、少し汗の浮かんだ娘の顔に迷いが無いことを理解すると、ラオウはしばらく逡巡してに問いかけた。 「…やれる自信はあるか?」
失われた科学。 奪ってきた自分が初めて文書の中身を見たのがつい昨日、というのもおかしな話だが、はリュウガが渋い顔をしているのを気にしながらも文書の中身を確認した。 怪我の所為で一人では馬を操れないので、レイナの馬に乗せてもらっているは、大きく暗い口を開けている倉庫を見て呟いた。 「…第三軍事倉庫…豪鉄の檻…」 痛みを堪えてが頷くと、ラオウの傍についているリュウガが口を挟んだ。 「下らん嘘を…」 あの夢の中で聞いた声がリュウガでなくとも、は彼の顔を潰すつもりは無かった。 システムのプログラムは、昔学んだことのあるタイプだ。 成功すれば、もしかしたら意地悪な美形上司はまた優しく頭を撫でてくれるかもしれない。
(リュウガさんに、ちゃんと) ("邪魔な子"になんないように) ("出来る子"になるように)
『防御システムの停止コードを入力してください』 音声を聞いて、兵の一人が叫んだ。 「こ、これだ!こいつがどうにかならないとは入れねえんだ!!」 操作盤の上で指を滑らせて一つ一つセキュリティを突破しながら、は答えた。 「このタイプは、破壊した経験がありますから、」 足の傷が酷く痛み、立っているのが辛くなってきても、はぐっと足を踏ん張った。 「こんな…旧式のシステムなんかに、」 あと少しだ。
「…と、突破したのか…?」 兵の一人が、倉庫の中に恐る恐る石を投げ入れた。 「、どうなんだ!?」 ソウガがに呼びかけると、は座り込んだままで気の抜けた笑顔を浮かべて見せた。 「…馬鹿だな、お前は」 (…やっぱり、褒めてなんかくれない) 微かに抱き続けていた期待を一気に裏切られてが俯くと、リュウガは物言わず溜息をついて屈みこむと、の身体を抱き上げた。 「っわ!?」 馬の上にを乗せ、優雅に自分も飛び乗ると、リュウガは縮こまっているの頭にぽんと手を置いて小さな声で云った。 「…よくやった」 (今、リュウガさん"よくやった"って言った!) がぱあっと顔を明るくして密かにガッツをしたのも束の間、次の上司の一言での喜びは吹っ飛んだ。 「…それにしても」 見事に落ち込み直したを見て、レイナはソウガと共に深い溜息をついた。 「ああもう…」 どんよりと暗い空気を背負った娘を乗せた馬は、先を行く黒王号に続いてゆっくりと足を進めた。 「それを言ったらリュウガさんだってマツゲボーボーじゃないですか男のくせにー!」 |