ゆめのなかで、やさしいこえをきいた。


いじわるで、だけどやさしい、あのひとのこえを。


だから、めを、さまさなきゃ




「ん…」
「あら?」

熱が引き、容態が安定したの世話をしていた女官は、ベッドの上でむにゃむにゃと寝言を言っている娘の声を聞いて、意識が戻ったのかと振り返った。
近づいてみれば、は苦しそうに呻きながらなにやらぼそぼそとわけのわからないことを言っている。

「…様?」
「だ、だめ…それは駄目ですぅぅ…め…」
「え?」

女官が首を傾げたその時である。

「目玉焼きが地球のオヤジをヒートプロテインに…!」
「は?」

がばっと勢いよく飛び起きたは、究極に意味不明な言葉を口走って飛び起きると、おろおろと焦った様子を見せ、女官の姿を認めるとその方をがっしと掴んで叫んだ。

「は、早く逃げなきゃフリーズドライなんですぅぅぅぅ!!」
「はあああ!?」

女官の大いに困惑した声とともに、は意識を取り戻したのだった。





!!」
「レイナ様!」

が意識を取り戻したと聞いて、レイナはいち早くを見舞いに訪れた。
城に担ぎ込まれたときとは違って血色が良くなり、ところどころに包帯が巻かれていること以外は任務に向かうと
きと変わった様子は無く、レイナはほっと胸を撫で下ろした。

「良かった、元気になったのね」
「はい!」

頷く彼女の手にはクリームパンがあり、その傍らで話し相手をしている女官の手にもクリームパンがあり、ベッドサイドにも20個ほどのクリームパンが積まれている。

「な…なんでこんなにクリームパンがあるの…?」
「あ、こちらは目が覚めたらお持ちするようにと料理長から仰せつかっておりましたので持ってきたのですが…」
「えへへ、おいしいですよ。レイナ様もお一つどうですか?」
「あ…ええ、じゃあ、頂くわね…」

どうですかって言われても、と思ったが、これだけクリームパンばかりでは、確実に胸焼けするだろうと思い、レイナは大量のクリームパンの処理に一役買うことにした。
気の抜ける能天気なのスマイルに負けたともいえる。

「良かった、私とマキさんとじゃ食べきれなくって」
「マキ?ああ、あなたの名前ね」

レイナが女官のほうに顔を向けると、マキ、と呼ばれた女官は丁寧にお辞儀をして微笑んだ。
その時、ふとがそういえば、と口を開いた。

「あの、旧政府の倉庫ってどうなったんですか?ちゃんと開いたんでしょうか…?」

不安そうに尋ねたに、レイナは笑っての方に手をそっと置いた。

「大丈夫よ。無事開くことが出来たと聞いているわ」
「そう…そうですか」

レイナの答えには安堵したのか小さな息をひとつ吐くと、躊躇いがちにレイナを見て口を開いた。

「…あの…」
「?」
「レイナ様にお時間があったら、なんですけど…その」
「何でも言ってくれていいわよ。がんばったご褒美に、何だって聞いてあげるわ」

その言葉には少し笑って、それからレイナに云った。

「リュウガさんのところに…連れて行ってほしいんです」



「入れぬとはどういうことだ?」

その言葉に、ラオウの眉間の皺が険しくなった。
部下の報告に、ソウガが語気を強めて尋ねると、報告をしてきた部下は恐れながら、と前置きして説明した。

「我々の手にした文書には確かにあの倉庫を開けることが出来るようにするための方法は書いてありました。しかし、倉庫の防御システムを停止させる方法がまた別にあるものと思われます」
「…な…防御システム…!」

ソウガが悔しそうに歯噛みする傍らで、リュウガは長い睫を伏せて心中で舌打ちした。
倉庫が開いても、中のものが手に入らなければ開かなかったことと同じだ。
これでは何のためにがあんな傷を負ったのかわからない。

「その防御システム、突破は不可能なのか?」
「は…我々も出来うる限りのことを試しましたが…あの倉庫は、内側から侵入者を抹殺する高性能のレーザー光線が
発射される仕掛けがあり、一歩でも足を踏み入れれば一瞬で体を焼かれてしまうのです。鏡を使って反射する方法なども試みましたが…全て失敗に終わり…」
「…つまり…が手に入れた文書だけでは意味が無いということ…!?」

謁見の間の入り口から聞こえた声にソウガとリュウガが振り向くと、そこにはレイナと、そして体を支えられて立つ一人の娘の姿があった。

「……!」



開かない。
いや、入れない。

(どこに?)

あの倉庫に。

(どの倉庫?)

旧政府の武器がいっぱいつまった倉庫。
豪鉄の檻。

死ぬ思いでとってきた紙切れで開くはずだった倉庫で、
死ぬ思いでとってきた紙切れでは、開くことしか出来ない倉庫。

(…何、それ)

呆然と立ち竦んだの頭の中で、今しがた聞いた言葉がぐるぐると回る。

防御システム。
高性能レーザー。
システムの停止を、

(…システムの、突破を、しないと)

「…、大丈夫?」

(私を使った、)

「おい、…?」

(リュウガさんの、顔が潰れる)

が顔を上げて前を見れば、リュウガがこちらを驚いたような後悔しているような表情でじっと見ていた。
ソウガがレイナと心配そうに自分を見るのも気に止めず、は口を開いた。

「その防御システム…」
「え?」
「…破れば、いいんですよね」
「あ…ああ…」

ソウガが面食らったような顔で頷くと、はラオウに顔を向けて云った。

「拳王様」
「…なんだ」
「私が取ってきた文書を見せてください」
「!」

傷の痛みを堪えている、少し汗の浮かんだ娘の顔に迷いが無いことを理解すると、ラオウはしばらく逡巡してに問いかけた。

「…やれる自信はあるか?」


「……はい。」


今度は怯えずに頷いたの横顔を、リュウガは複雑な表情で見つめると、ややあって目を逸らしたのだった。



拳王府から東に10キロの地点に、岩山の中に隠れるようにして、豪鉄の檻は存在した。
周辺には侵入を試みたと思われる兵たちの流した血の痕が飛び散って、メタリックな扉の縁を錆びたそれのように
飾っていた。
5メートルはあろう大きな扉の隣にある操作盤は無機質に低い電子音を鳴らしていて、大きく開かれた倉庫の中から
赤い光が転々と光っている。

失われた科学。
失われた文明の最後の抵抗にも似たシステムを見て、はきゅっと唇を噛んだ。

奪ってきた自分が初めて文書の中身を見たのがつい昨日、というのもおかしな話だが、はリュウガが渋い顔をしているのを気にしながらも文書の中身を確認した。
小さな紙切れに書かれていたものは、荒れた世界には不釣合いだったけれど、理解するのに難しいものではなかっ
た。
母親のスパルタ教育も無駄ではなかったらしい。

怪我の所為で一人では馬を操れないので、レイナの馬に乗せてもらっているは、大きく暗い口を開けている倉庫を見て呟いた。

「…第三軍事倉庫…豪鉄の檻…」
…体はまだ平気なの?」
「…はい」

痛みを堪えてが頷くと、ラオウの傍についているリュウガが口を挟んだ。

「下らん嘘を…」
「リュウガ、やめて。、あなたは本来絶対安静なのよ。今日が駄目でも、体調が回復してからまた来ればいいわ。
あまり無理をしないで」
「ありがとうございます、レイナ様。でも、大丈夫です。近くに下ろしてください」

あの夢の中で聞いた声がリュウガでなくとも、は彼の顔を潰すつもりは無かった。

システムのプログラムは、昔学んだことのあるタイプだ。
失敗は、無いとは言い切れないけれど、成功する可能性のほうが高い。

成功すれば、もしかしたら意地悪な美形上司はまた優しく頭を撫でてくれるかもしれない。
褒めてくれるかもしれない。
そうしたら、きっと自分は一人前になれる。
認めてもらえる。


(見直してもらうんだから)

(リュウガさんに、ちゃんと)

("邪魔な子"になんないように)

("出来る子"になるように)


馬から下ろしてもらって、兵に体を支えてもらいながら操作盤の前に立つと、はパネルを開いてじっとそれを見つめた。
そっと指でボタンを押すと、ピーッ、と長い電子音のあとで、音声が流れた。

『防御システムの停止コードを入力してください』

音声を聞いて、兵の一人が叫んだ。

「こ、これだ!こいつがどうにかならないとは入れねえんだ!!」
、どうだ?」
「…問題ありません」

操作盤の上で指を滑らせて一つ一つセキュリティを突破しながら、は答えた。

「このタイプは、破壊した経験がありますから、」

足の傷が酷く痛み、立っているのが辛くなってきても、はぐっと足を踏ん張った。
こんなところで中断したら情けないし恥ずかしい。
根性ナシだなんて思われるのはいやだった。

「こんな…旧式のシステムなんかに、」

あと少しだ。
あと少しでシステムの破壊が出来る。


そうしたら、彼は、きっと、褒めて


「負けるのは、嫌なんです!」


タン、と、が最後のキーを叩くと同時に、防御システムの作動音が静かに止まって赤い光がふっと消えた。
その直後、足から一気に力が抜けて、はその場にへたり込んだ。

「…と、突破したのか…?」

兵の一人が、倉庫の中に恐る恐る石を投げ入れた。
昨日までは一瞬の内に容赦なく石を撃ち抜いたレーザーは、まったく反応しない。
兵たちの顔が見る間に明るくなる。

、どうなんだ!?」

ソウガがに呼びかけると、は座り込んだままで気の抜けた笑顔を浮かべて見せた。
それを見てソウガが兵に命令を下すと、兵たちが一斉に倉庫に駆け込んだ。
ソウガとレイナが安堵する傍ら、倉庫の中に走りこんでいく兵をへたり込んだまま見つめるに、リュウガはゆっ
くりと近づいて云った。

「…馬鹿だな、お前は」
「…!」
「絶対安静の癖に無茶をするからそうなる」
「…ごめんなさい」

(…やっぱり、褒めてなんかくれない)

微かに抱き続けていた期待を一気に裏切られてが俯くと、リュウガは物言わず溜息をついて屈みこむと、の身体を抱き上げた。

「っわ!?」
「立てないのならそう言え。…面倒なやつだ」
「…す、すみません…」
「……」

馬の上にを乗せ、優雅に自分も飛び乗ると、リュウガは縮こまっているの頭にぽんと手を置いて小さな声で云った。

「…よくやった」
「え…」
「帰ったら寝ろ。いいな」
「あ、え」
「聞こえなかったのか?」
「い、いえ聞こえてます!寝ます、はい!」

(今、リュウガさん"よくやった"って言った!)

がぱあっと顔を明るくして密かにガッツをしたのも束の間、次の上司の一言での喜びは吹っ飛んだ。

「…それにしても」
「はい?」
「お前は本当に枯れ木のようだな。凹凸が見当たらん」
「……………」

見事に落ち込み直したを見て、レイナはソウガと共に深い溜息をついた。

「ああもう…」
「一言余計だろう…」

どんよりと暗い空気を背負った娘を乗せた馬は、先を行く黒王号に続いてゆっくりと足を進めた。
馬上での相変わらずな二人のやり取りを聞きながら。

「それを言ったらリュウガさんだってマツゲボーボーじゃないですか男のくせにー!」
「それがどうした洗濯板」
「ひっ、酷いです!乙女心を何だと思ってるんですかぁぁ!」
「自分を乙女呼ばわりか。自意識過剰なのではないか」
「んぬぅー!!」
「貴様ら喧しいぞ…」

結局相変わらずな二人に、ラオウが呆れていたのは言うまでもない。