「…聖帝のパーティー?」
「阿呆面をするな士官。拳王様の御前だ」
「リュウガ、構わん。もう慣れた」
「拳王様、それはそれで問題が…」
「……はぁ」

リュウガの発言もあんまりだがラオウの発言もあんまりだとソウガが微妙な顔で首を傾げると、レイナが小さくため息をついた。

。先日ピアノを弾いていたそうね」
「はい…それが何か?も、もしかしてまずかったでしょうか…?」
「そうではない。お前があの時会ったユダという男がお前の演奏を気に入ったらしく聖帝に話したところ、やつも興味を持ったということでな」
「つまり、ピアノを弾いてこればよろしいのですか?」
「早い話がそういうことだ。表向きは我が拳王軍と聖帝軍は不可侵であることになっている。激励を兼ねた接待だと思え」
「……拳王様でしたら、接待なんて必要なさそうですけど…」
「もちろん形だけよ。準備はこちらがすべて用意するわ。同行として、我が兄・ソウガも一緒に行くことになっています。任せられるわね?」

レイナにそう言われては、は嫌とは言えない。
この中で一番親身に世話を焼いてくれている人物がレイナなのだ。
それにソウガがついてきてくれるのなら一人で行くよりもずっと安心だろう。
そう考えて、はいくらかほっとした表情で、しっかりと頷いた。

「…かしこまりました。特務士官・、これより任務に就かせていただきます」







3時間後。

「キャー!様ほっそーい!」
「お肌すべすべですわねー」
「傷痕さえ無かったらもっと足出しても良かったのにぃー」
「アラヤダ枝毛よ!誰か、ハサミ貸して頂戴!」
「さ、様!腕をお上げくださいな!バンザイですバンザイ」
「………」

化粧室…というか、仮装室のようになっている色とりどりのドレスが置いてある部屋で、は人形のようにのろのろと腕を上げてドレスを着せられた。
前回はマニアック仕様の方面に気合が入っていたが、今回はフォーマルということで更に煌びやかな宝石などが並べられている。
最早着せ替え人形状態になっている気がしなくもない。
きらきらと光沢を放つパールのネックレスを呆然と眺め、は顔を引くつかせて、隣で楽しそうに着せ替えを眺めるレイナに声を掛けた。

「あの、レイナさん」
「何?」
「これはちょっと…大胆すぎなんじゃ…」
「そうかしら?」
「だって、私みたいな小娘にこんな綺麗なドレスは…前も破いちゃったし…」

が情けない声を出すと、レイナは苦笑した。
確かに女官が持ってきた装飾品の全てが超・豪華で高価そうなものばかりで、あまり着飾らないにとってはやり過ぎに映るのだろう。

「いくらパーティーに出席させられるとはいっても、ここまでしなくてもいいんじゃ…私、そんなに可愛くないですし…」
「いいえ!」

が助けを求めるような顔をすると、女官の一人が力強く首を振った。

「せっかくこんなに綺麗な髪と肌をお持ちなのです!確かに傷はありますが、コンシーラーと若さで十分カバーできますわ。様は十分に可憐です。もっと自信をお持ちになって!」
「いや、でも…」

ちらりと鏡を見て、は頬を染めた。
頑張られすぎている。絶対。
それに、傷跡は上着を羽織ればどうとでもなるからいいのだが、ドレスはやはり機動力が無い。

「動きにくいぃぃ」
「ドレスとはこういうものです!暴れられるためのものではございません!」
「ひゃ、ひゃい」

女官長に怒られて、はびくっと身体を竦ませた。
特務士官となっても、チキン精神は未だ健在らしい。

「女官長、完成かしら?」
「はい、レイナ様」

最後のピンを丁寧に挿し終えて、満足げに頷いた女官長を見て、レイナも嬉しそうに微笑んだ。
女官たちの合作が気に入ったようである。

「それじゃ、兄さんとリュウガを入れてあげましょうか。外で待っているはずだわ」
「…何でそこでリュウガさんが出てくるんですか…あの人今お仕事中ですよ?」
「ふふ、でも居るわよ、多分」

ガチャリとドアを開け、予想通りそこに立っていた二人を見て、レイナはほらね、とにウインクした。
居たらしい。
絶対冷やかしだ!とは冷や汗を流しながら、心の中で気合を入れた。

(大丈夫、褒められはしないかもしれないけど貶されもしないはず!)←不憫

その一方で、レイナに呼ばれての"仕上がり"を見に来たソウガとリュウガは、以前少し飾っただけの――といってもあれはもう仮装だったが――彼女とは比べ物にならないほどしっかりと飾られたを見て思わず言葉を失って感嘆した。

「「……!!」」

細身の肢体を覆う、濃紺のホルターネックタイプのロングドレス。
絹の光沢が、タイトに閉まった腰元から流れる細いプリーツで綺麗に波打つデザインだ。
アップに結い上げられた黒髪に、真珠が中心についた小さな銀細工の花がいくつか飾られ、漆黒の髪に純白が美しく映えている。
おまけに薄く化粧をして、唇を彩るローズピンクのルージュがいつもより彼女を大人びて見せていた。
随分と化けたものだ。

「いかがでしょうか、ソウガ様、リュウガ様」

女官長に満面の笑みで尋ねられて先に我に返ったのはソウガだった。
何か言え、とレイナにつつかれて、ソウガが慌てて感想を述べる。

「いや…驚いたな。別人のようだ。その…とても、綺麗だと思う」
「あ、ありがとうございます、」

純粋に褒められて、は少し顔を赤くして礼を言った。
それを見て、リュウガが面白くなさそうに一瞬だけ眉を顰めた。

「リュウガ、どうかしら?」

レイナが面白そうに黙ったままのリュウガに声をかけると、リュウガはしばらくドレスアップしたを見つめて、おもむろにに近づいていった。

「女官長」
「はい?」
「ルージュを」
「は?はあ…」

女官長がさまざまな色の口紅を差し出すと、リュウガはその中のひとつを選んで、が付けているローズピンクの口紅を丁寧にハンカチで拭き取った。

「わ、わ」
「じっとしていろ」
「はひ!?」

混乱するとは対照的に、リュウガは涼しい顔をしての顎をくいっと持ち上げ、選んだ口紅をルージュブラシで綺麗に塗っていく。
淡いピンクのルージュが、の唇を彩っていく。

「んっ…!?」
「動くな。…すぐ終わる」

すごいことをやらかしている男の顔が矢鱈良い上にの格好が綺麗なドレス姿のため、妙にファンタジーできらきらした雰囲気が二人の周りに作られてしまい、その場に居たものはその光景にいろんな反応を示した。

「まぁ…」
「あら…」
「……なっ、な…!」

上から順に女官長、レイナ、ソウガの反応である。
ちなみには固まっている。
口紅を塗り終えると、リュウガはそれを見て満足そうに微笑んだ。
そして少し乱れたの前髪を優雅な手つきで整えて、極上の笑顔で言った。

「…お前はこの色の方が良い、
「……〜〜〜〜〜〜〜!!!?」

その瞬間、の顔がぼん、と音を立てて真っ赤になった。

「あらまあ本当。こちらのほうがずっと素敵ですわ」

女官長がのんきなことを言う。
それを聞いて気を良くしたのか、リュウガは先ほどとは打って変わって意地悪そうな笑みを浮かべて言った。

「せいぜいお上品に振舞うことだ。転ぶなよ、特務士官」
「よっ余計なお世話ですっっ!!」

真っ赤になって喚くを面白そうに眺めてから、リュウガは妙に得意げな顔でソウガを振り向くと、さっさと部屋を出て行った。

「…やるわね、リュウガ」
「なにがだ!」

侮りがたし、と腕を組んでコメントするレイナにソウガが少しまだ赤い顔でツッコミを入れた。
そしてリュウガが出て行ったドアを妙に悔しい気分で見つめて、ソウガは顔が赤いままのに向き直ると、の手をとった。

「は、早く行くぞ!遅れる!」
「わ、ソ、ソウガさん!?」

中途半端に不器用な兄のエスコートを見送り、レイナがはあ、とため息をつく。

「こういうことは、リュウガのほうが一枚上手ね」
「仕方ありませんわ、レイナ様。リュウガ様は見た目がすでに王子様ですもの」
「…ううん…そうねぇ…」

実の妹に結構シビアな事を言われているとも知らず、ソウガはを用意した車に乗せて聖帝の城へと向かったのであった。





聖帝・サウザーの城でとソウガを出迎えたのはユダだった。
ソウガにしてみれば、ユダは一度ラオウを裏切って拳王府に奇襲をかけて返り討ちにあった男、にしてみればついこの間会った人、という認識である。
馬車から降りてソウガにエスコートされている、以前会ったときとは違った雰囲気のを見ると、ユダはほう、と目を丸くした。

「これはこれは、ソウガ殿。今宵はあなたが仕官のパートナーか」
「…ユダ…」
「お久しぶりです、ユダ様。えと、本日はお招き頂けて光栄です」

パターン通りの言葉を述べるに、ユダはつい、との姿を眺め、その腕と右足の傷に気づいて顔を顰めた。

「…傷痕は」
「はい?」
「隠すつもりは無いのか?」

それを聞いてソウガは美を追求するユダが女に一切の傷も許さない男だと言うことを思い出し、を背に庇った。
は傷跡を化粧で誤魔化そうとした女官の計らいをあえて断っていたのだ。
どうせだから見せてしまおう、と。

「平気です、ソウガ様」
「だが、」
「大丈夫ですよ。相互不可侵なんでしょ?」

がへろっと気の抜けた笑顔を見せると、ソウガは渋々の前から退いた。
そしてユダの質問に答えた。

「あの、この傷痕は隠すつもりはないんです。どうせいくら隠したってもう消えるわけでもないし、それならいっそ悪あがきしないでスパッと出しちゃおうと思って。多分そのうち薄くなると思いますし…でも、もしお嫌でしたら上着も持ってきてありますからそれを羽織ります」

が照れた様子でそう答えると、ユダは少し呆れた様子で笑い、言った。

「…なるほど。それはそれで潔いと言えなくもない。ではもう何も言うまい、無理に隠さなくても構わん。広間にご案内しよう」
「ありがとうございます。行きましょう、ソウガ様」
「あ、ああ」

険悪な雰囲気にならずにすんで、はほっとしてソウガを振り返った。
その笑顔を見て、ソウガは苦笑した。
の笑顔は相変わらず気の抜けた感じだが、どこか相手の敵意を削ぎ落とす力がある。

「なんですか?」
「いや…」

自分を見上げる頭ひとつ分背が低いに、ソウガは少し躊躇ってから手を差し出した。

「?」
「…お手をどうぞ、レディ」
「…!はい!」

ほんの少し顔を赤らめ、へろっと微笑んで、はその手をとったのだった。



ユダに案内された広間には、既にサウザーが席について二人を待っていた。
豪華な食事が並ぶ長テーブルに沿ってずらりと並んだ子供たちに、は一瞬目を丸くしたが、動揺を悟られないように平静を装った。

「これはこれは、拳王軍の軍師殿。遠いところを良くぞ参られた」
「…サウザー殿…お招き頂き、光栄だ」

ソウガが以上に形だけの謝辞を述べると、ユダがサウザーにを紹介した。

「サウザー様。こちらが先日話したピアニストです」
「ほお?随分と若いな…」

サウザーにじっと見られて一瞬後ろに下がりそうになったのを堪えて、は女官長に叩き込まれたパーティーの席での礼をして名乗った。

「拳王軍特務士官・でございます。本日はお招き頂き、まことに光栄です。聖帝サウザー殿」
「ふ…良くぞ参られた。今宵は素晴らしい演奏を期待しているぞ」
「はい」
「では食事としよう。かけられよ」

サウザーの指示で子供達の一人がソウガとの椅子を引いた。
それを見て、子供達を召使に使っているのだと知れて、はぐっと見えないように拳を握った。
そして、椅子を引いてくれた子供ににっこりと笑いかけた。

「どうもありがとう」
「…!」

が礼を言ってくるとは思わなかったのか、その子供は驚いた顔をして、それから少しだけ微笑んだ。

「では乾杯としよう」

サウザーが、赤ワインが注がれた杯を掲げる。
荒廃した世界の、愚かな宴が始まった。