マミヤのムラに泊めてもらった次の日の空は、今にも泣き出しそうな曇り空だった。
は外に出て天気の様子を伺って、ううん、と腕を組んだ。
このまま晴れずに天候が悪化すると、もう一晩お世話になることになるかもしれない。
「うーん…まずいなぁ」
「何がだ?」
「ああ、レイさん。おはようございます」
後ろから声をかけてきたレイに振り返って挨拶し、は空を見上げた。
空は暗く、厚い雲で覆われている。
「天気のことですよ。雨降っちゃうと、またここに泊めてもらうことになりそうだし」
「急ぎの旅か?」
「そういうわけではないですけど……ご迷惑でしょうし…」
が遠慮した様子を見せると、レイが苦笑した。
「律儀なやつだな。急ぎではないのなら、ゆっくりしておけばいいだろう」
「けど、タダ飯食らいになるのはさすがに気が引けますよ」
「なら何かムラの仕事を手伝えばいい。俺も一応はここで用心棒として雇われているからな」
遠慮がちなの様子を微笑ましく思いながら、レイは親指で背後を指すような仕草をして、にっと笑った。
そこそこに的確なアドバイスを受け、はふむ、と暫く考え込むと、そうですね、と頷いた。
「何か手伝えることがないか見てきます。ありがとうございました」
「構わんさ。頑張って来い」
レイにぺこりと会釈して、はマミヤの元に賭けていった。
そのひょろりとした頼りなさそうな姿を見て、レイは肩を竦めた。
「面白いやつが来たもんだ」
*
「手伝えること?」
「はい。実はちょっと今日はまだ出て行けそうにないから、もう一晩泊めて頂きたいんです。でも何もしないのも悪いから、何かお手伝いできないかなと…」
の言葉に、マミヤはあら、と目を丸くした。
「あなたそんなにすぐに出て行くの?」
「え?」
「ほら、馬が逃げてしまったでしょう?だから足が手に入るまで暫くはここに滞在するものだと思っていたのよ」
「あ…そっか」
それもそうだ。
馬はさっさと主人を置いて逃げてしまったのだから、新しい馬を手に入れるまではここにいるしかない。
の足では徒歩で旅を続けるのは辛いのだ。
「別にあなた一人くらいなら増えたところでそう負担にはならないわ。強いて言うなら、そうね、子供達と遊んでくれるとありがたいかも。皆昼間は忙しくて、ろくに相手をしてやれないから…」
マミヤの申し出に、はぱっと顔を明るくさせた。
「それだったらお安い御用です!私、子供好きだし」
「そう。じゃあお願いするわ」
「はい!」
はそれを聞いて、早速子供たちのところに向かおうとしてふと足を止めた。
「あ、そうだ」
「何かしら?」
「あの、ここにピアノなんかはありませんか?よかったら使えないかなと思って」
「ああ…それなら花壇の前の建物に古いピアノがあるわ。あまり調律はされていないけど、まだなんとか弾けると思うわよ」
「そうですか。ありがとうございます!」
マミヤに礼儀正しくお辞儀をすると、は子供達の元に走っていった。
*
子供達と遊んでいたリンは、の姿を見つけてぱっと顔を明るくして駆け寄った。
「さん!」
「あ、リンちゃん」
「何してるの?」
「うん、皆と遊ぼうかなって。お姉さんも混ぜてくれますか?」
がそう尋ねると、集まってきた子供達が嬉しそうに頷いた。
やはり遊び相手がいないのがつまらなかったらしい。
「よかった。じゃあ、何して遊びましょうか?」
「おにごっこがいい!」
「それはきのうもしたよ」
「かくれんぼはー?」
「それもきのうやったじゃん」
「おねえさん、おうたおしえて!」
「リンちゃんにはおうたおしえてあげたんでしょ?」
「歌、ですか?」
子供のエネルギーに気圧されつつ、は子供達に尋ねた。
「うん!」
「みんなもそれで良いんですか?」
「えー、おれはもっとたのしいのがいい」
「いーの!おうたがいい!」
「ま、まあまあ!じゃあ、可愛い歌もかっこいい歌もやりましょう。それなら良いかな?」
がケンカしそうになっている子供に尋ねると、どうやらそれで納得がいったのか、子供達はうんうんと頷いた。
「よーし!じゃあピアノがあるところまで行きましょう!」
「おねえさん、あれひけるの?」
「ふっふー、お姉さんは上手ですよー!…む。」
子供達に囲まれながら、は微妙にピアノに関する嫌な記憶(サウザー関係)を思い出して変な顔になったのだった。
無口な友人が再び荷造りを始めたのを見ながら、レイは問いかけた。
「行く気か?」
レイが尋ねると、ケンシロウはぐっと小さな袋の口を紐で縛ってから頷いた。
「レイ、リンとバットを頼めるか」
「任せておけ」
妹を助けられた恩は忘れていないさ、とレイが続けると、ケンシロウはふっと目だけで笑った。
荷造りを終えた二人が外に出ると、花壇がある場所のほうから賑やかな声とピアノの音がする。
何をしているのかと二人が音のするほうに近づくと、花壇の前の建物で、埃を被ったピアノを中心に子供たちがわらわらと集まっている。
その真ん中でピアノを弾いているのは、先日村にやってきたばかりの娘、だ。
「ガイッガー!ガイッガー!怪獣戦隊〜!!ガイガーファーイブ!!」
「「「ふぁーいぶ!!」」」
「何の歌だそれは…」
エネルギッシュに叫ばれたフレーズに、レイが呆れた顔で尋ねると、二人に気づいたリンが嬉しそうな顔で答えた。
「ケン、レイ!さんが教えてくれるの。すごいでしょう!」
「ほう。面白い特技があるもんだな」
「特技ってほどじゃないですけど、これくらいならみんなも楽しく遊べますから」
へろりと気の抜けた笑顔を見せてが手を止めると、早速彼女に懐いてしまったらしい少女が口々にもっと弾いてと強請った。
その微笑ましい様子を目にしながら、ケンシロウとレイは顔を見合わせて苦笑した。
こんな世の中でも、子供たちは純粋で元気だ。
大人によって起こされた荒れた世界の終わりに、誰よりも悲しい思いをしている子供たちがこうして笑っていることが、無性に嬉しく感じたのだ。
「…年の近いやつのほうが、こういうことには向いているのだな、やはり」
「ああ」
平和な子供の時間を邪魔するまいと去った二人は、知らない。
彼らが13、4歳だろうと踏んでいるが、既に18才を過ぎていると言うことを。
どちらかと言えば大人組とのほうがずっと年が近いと言う事実を。
後日談
マミヤ「そういえばって年はいくつなの?」
「18歳とちょっとですよ」
ケン&レイ「「!!!?」」