「ハァ!?マジ!?」

通話相手の友人に向かって、私は嘆きの声を上げた。

「ごめん ー。今度埋め合わせするから!じゃ、よろしく!」
「えっ、ちょま……って切れたし!!」

本日は彼女ともう一人と家呑みの予定だったのだ。それが、一人は仕事で残業、もう一人は気になっている人に声をかけられたから次回に変 更!と突如ドタキャンされたのである。
女の友情はなんて脆いんだちくしょう!と頭に来たけど、男を選んだ彼女だって婚活を始めて2年目で焦り始めてい るし、もう一人は仕事だか ら仕方ない。

誰に怒れる状況でもなく、私は片手にぶら下がるビニール袋を見下ろして肩を落とした。実は今日の家呑みの為に、唐揚げを15個も買ってし まったのだ。わざわざ唐揚げ専門店でちょっといいやつを、醤油味と、塩味と、ピリ辛の3種類をそれぞれ5個ずつ。

「……一人で食べたら絶対太るよね……」

だからって冷凍してちまちま食べるのもぱさぱさになりそうだし、今うちの冷凍庫いっぱいだし。ヤバイ。これはもう、また彼に協力をお願い するしかない。最早3回目ともなれば私の決断は早かった。3度目ともなれば居場所も完全に覚えており、ペットボトルの水を2本買って真っ 直ぐに彼の下に向かう。

「やほ。元気?」

猫耳くんがいる路地裏を除けば、彼は今日も同じ段ボールの上に膝を抱えて座っていた。彼は私の声に反応してこちらを振り返ると、鼻をスン と鳴らして匂いを嗅ぎつけたような反応を示した。この猫耳と尻尾のついたイケメンは、一度も言葉を話したことがない。別にいいけど。

「今日はさ、唐揚げなんだけど……どう?一緒に食べない?」

いい加減3回目なんだからと思い、勇気を出して前回よりも一歩踏み込んでみると、猫耳くんは驚いたのか私が近づいた分だけ後ろに下がっ た。どうやらまだ警戒心は残っているらしい。ていうか嫌われたパターンかなこれ。

「あ、うん、もちろん嫌ならいいんだけど。ていうか毎回持ってくんなって感じだよね……」

猫耳くんはこちらをじっと見つめて、様子を伺うように四つん這いのまま体を低くし、唐揚げの袋に顔を近づけて匂いを嗅ぐと、じっと上目遣 いでこちらを見上げてきた。

「……!食べてくれる!?」

確認すると、猫耳くんはこくりと頷いた。可愛い何コレ!なんだか胸がきゅんきゅんしてきた!もしかしてちょっとは懐いてくれたんだろう か。猫耳くんは正座して両手を段ボールにつき、早く出してくれと言わんばかりにこちらを見詰めている。無表情だけど尻尾がゆらゆら揺れて いてまた可愛らしい。

「ありがたい!じゃあ一緒に食べよう!」

猫耳くんの反応を見て、私はいそいそと唐揚げの袋を取り出した。ピリ辛は好きだから自分で食べる予定なので、出したのは醤油味と塩味だけ だ。段ボールに二つの紙袋を出して並べると、唐揚げの美味しそうな匂いが路地裏に充満した。もちろん全部あげるのではなく、この2種類も 私が2個ずつくらい食べるつもりでいる。喉が渇くので水ももちろん忘れていない。

猫耳くんは唐揚げが待ちきれないのか、唐揚げを取り出している私の手の甲に銀髪の頭をすりすりと擦りつけてきた。柔らかい銀髪が私の手の 甲を擽る。猫耳男子でもこれがキモデブなら、何さらすんじゃワレとヒールを顔面に叩き込んでやるところだが、イケメンだから問題ない。イ ケメンは正義。

イケメンの猫耳くんは差し出された唐揚げをやっぱりちゃんと両手で持って1個ずつ食べた。
いかん。なんだかこいつがどんどん可愛く思えてきた。どう考えても不審者なんだけど、妙に憎めないというか構いたくなる。彼は塩味が気に 入ったのか、私が醤油味をのんびり食べている間に塩味を4つも食べてしまった。ああ1個取られた、と思わないでもなかったが、どことなく 嬉しそうな空気を醸し出す彼に怒れるような気分ではなかった。イケメンってすごい。

醤油味も3個平らげた彼は、満腹になったのか目を眠そうに瞬かせ始めた。そして欠伸を一つして、尻尾をゆらゆらと動かすと、段ボールの上 で再び膝を抱えて目を閉じた。こんな所で寝ちゃだめだよ、と声をかけようといた瞬間、信じられない現象が私の目の前で起こった。

「あ、あれ?」

ポフン、という不思議な音の後、微かに煙が立ち上り、煙が消えた後に残ったものを見て唖然とする。

「……うそぉ。」

段ボールの上には猫耳くんの姿は無かった。代わりにそこにいたのは、綺麗な毛並みの銀の猫だった。
箱座りで心地良さそうに目を閉じている銀の猫の首には、紫の首輪が巻かれていた。