「やほ!」

さて、先週の木曜から早くも一週間が経過し、私の餌付けは加速している。
最近では二日に一回は来ていて、なんだか完全に外飼いのヒモ……じゃない、飼い猫状態だ。最初は警戒心の強かったヒュンケルが懐いてきた 事で、こっちも世話したくなっちゃってコンビニとかスーパーに寄ってから路地裏に帰りがけに立ち寄るのが日課になりつつある。

路地裏から顔を出したヒュンケルの下には真新しいダンボール。前のはあんまりにも薄汚れて汚くなってしまったから変えてあげた。ちなみに 弟の服も回収して、新しく買ってあげたユニ●ロで安いTシャツとジーンズを着させている。

「今日は金曜だから豪勢だよ〜!」

ビニール袋から取り出した透明なパックの中身を見せると、ヒュンケルはふわふわの耳をぴんと立て、目に見えて嬉しそうに目を輝かせた。 ちょうどスーパーで半額になっていたのと給料日だったこともあったので思い切って買ってしまった。相変わらず表情はちっとも変わらないけ ど、尻尾がご機嫌に揺れているから喜んでいるのがわかる。

厚切りのローストビーフ、たまにはこういう贅沢をしたいのって仕方ないと思う。ただ流石にローストビーフを路地裏で食べるのはちょっとよ ろしくないので、今日はこれをエサにヒュンケルを家に連れて行こうと思う。

「食べたい?」

聞けば当然こくりと頷く。

「じゃあさ、今日はうちで食べようよ。他にもあるんだ。私もローストビーフで飲みたいしさー!」

ヒュンケルはよくわからない感じの表情になったが、とりあえず食べ物を貰えるからか再びこくりと頷いた。この猫耳イケメンは最近私が餌を よくあげるからか食い意地が張りだした。でもまあ、イケメンで可愛い猫だからいい。こういう時イケメンって大事な要素だと思うな。これが キモピザと呼ばれる男性の容姿で猫耳だったらドブに突き落としかねないもんね。

ヒュンケルに猫の姿になってもらい、抱き上げて撫でながらアパートに向かう。ヒュンケルは猫の姿で抱き上げられることにも最近は随分慣れ て、喉をゴロゴロ鳴らして気持ちよさそうに大人しくしている。

「そういや今更だけど自己紹介してなかったよね。私は 。って言っても、わかんないかな」

傍から見たら猫に話しかけてる人みたいで恥ずかしいけど、幸い近くに人はいない。腕の中の綺麗な銀の猫に問いかけるとヒュンケルは猫のま まニャーと鳴いた。ちゃんとわかるよ、と言っているかのようだ。



狭い1LDKの狭い部屋でローテーブルに買ってきた惣菜とお酒を並べていく。今日は少しだけお洒落な紙ナプキンなんかも敷いてみる。ロー ストビーフの他にもカツオのたたきだのサーモンのマリネだの豚肉のパテだののお酒のつまみばっかり用意した。ヒュンケルに半分も食べられ ると困るから、彼用に猫まんまも準備完了。

「よーし!カンパーイ!!」

乾杯って言ってもヒュンケルはお酒飲めないから一人呑みだ。ちなみにヒュンケルは猫耳男子の姿になって、ローストビーフとサーモン、それ にカツオのたたきと猫まんま。パテとマリネは間違って玉ねぎなど食べるといけないからあげないことにした。流石にメニュー的に手掴みは無 理だからフォークも渡してあげた。使い方にいまいち慣れてないのか柄の部分を握っている。子供かよ……いや猫だからな。うん、彼、猫だか ら。

気分よく飲んでいたらスマホが震えだした。発信者を目にして一気にテンションが下がる。
発信者はここ数日要らん世話ばかり焼いてくださる母だった。渋々立ち上がってベッドに座って電話に出ると、開口一番に彼女はのたまった。

!あんた再来週の土曜にお見合いになったからね!』
「ハア!!?なんで!?」
『だってあんた彼氏と別れちゃったんでしょ?もういい年なんだし、早く結婚しないと今期逃して一生独身じゃないの』
「いや、ちょっと、だからって勝手に決めないでよ!大体顔も見てない人とお見合いなんて今時ある!?」
『まあまあ写真は今日送ったから、見ておいて。服はお着物だからね、当日お母さんが着付けしてあげる』
「はあ!?ちょっ……ふざけないでよ……ッ!!」

文句を言う間もなく一夫的に言いたい事だけ言って電話を切った母にやり場のない怒りが湧いてくる。感情に任せてスマホをベッドに叩きつけ るように置いたら、ヒュンケルの尻尾がぴょんと跳ねた。

「あ……ご、ごめんね!折角美味しいご飯食べてる時に……」

ヒュンケルは目をぱちぱちさせて、心配そうにこちらを見ている。どことなく不安げな様子で、少し緊張しているように見える。私が急に怒り 出したからびっくりしたんだろう。愛想笑いしながらテーブルに戻る。

「……親がさ、早く結婚しろってうるさくって。私だってそりゃあいい人がいればしたいけど、そんなの一人でどうにかなるもんじゃないし、 この前彼氏と別れちゃったしさ。なのに勝手にお見合い決められちゃったみたいで、なんかイラッと来ちゃって………………って、君に愚痴っ てもどうにもならない事だよね……」

こんなことで怖がられて嫌われたくない。焦って言い訳のように理由を説明して誤魔化すように笑って見せたら、ヒュンケルはそんな私をじっ と見つめて、何を思ったか私の隣に座って、長いふわふわの尻尾で私の頬を摩ってきた。この前洗ったばかりだから毛先までいい匂いがする。 肌触りの良い尻尾の先がふよふよと頬を撫でる度、だんだん気持ちが楽になってきた。

「ひょっとして……慰めてくれてるの?」

ふわふわの尻尾に手をそっと添えて頬に当てる。ヒュンケルは姿を猫に変え、今度は私の膝の上にひょいと飛び乗ると丸くなった。艶々の銀の 毛はいつまで撫でていても飽きないくらいに柔らかくて、太腿から伝わるじんわりとした温もりがささくれだった心を癒してくれる。

「ありがと……もうちょっとだけ、こうしてて……」

物言わぬ彼の静かな優しさが温かい。ふわふわの手並みを撫でていると、マイペースすぎるデリカシー皆無な母の言動に対する怒りは緩やかに 収まっていった。なんだっけ、こういうの。動物に触れあってリラックスするやつ。

「……アニマルセラピーだっけ。ホント、ありがとうね。ヒュンケル」