「あー疲れた……」

母親の強引な段取りで断れきれずに行ったお見合いは散々だった。まず、着付けをすると意気込んだ母親が朝寝坊して着物は着ないことにな り、急遽よそ行きの服を出して持てる全力を尽くしてヘアセットをして家を出た。そして母親と合流し、見合いの席まで行ったのはまあいいと して、来た相手が写真より2倍太っていた。

痩せていた頃の写真を送ってきていたらしく、実物は勘弁してくれと言いたくなるほどに太った男だったのだ。別に太った男に偏見は無いけ ど、好みとしては痩せている方がいい。それだって清潔感があればまだしも、なんだかグフグフ言ってて、どう考えてもあんまり好きになれな いタイプだった。っていうかぶっちゃけお近づきになりたくない。母親も顔が引き攣っていたので、どうも騙されたことに気付いたらしい。

しかし相手側には妙に気に入られたらしく、余計な気を利かせて二人きりにされたので会話だけ当たり障りのないように心がけたものの、相手 は女性と、というより人と会話すること自体に慣れていないのか、ああ、あうう、とかわけのわかんない返事しかせずに盛り上がらなかった。

なんだこの半日コース。美味しいもの食べるだけの接待じゃねえか。私はコミュ障な上に清潔感も無い太った男性を慈愛で包めるような女では なく、当然お見合い直後には母親にご破算にしていただく事になり、貴重な半日をグフグフ言ってる変な男と過ごすという最悪な結果に終わっ た。

最近猫耳イケメンを見慣れてきてるから余計にああいうタイプに拒否感が強くなったのかもしれない。が、それがなくても私には無理な相手 だった。これで母親が懲りてくれればいいかな。気を回しすぎてなんだか仕事よりも疲れた。

家に戻って着替えてメイクを落とし、そのままベッドに倒れて目を閉じたらすぐに眠れた。再び目を開けた時には部屋の中は薄暗くなってい て、時計を見れば19時過ぎ。冷蔵庫に中身を明後日何も買っていなかったことに気付いて、面倒ながらも服を着替えて眉だけ書き、財布を 持ってコンビニに向かう。


コンビニでお弁当を買って暗い道をぼんやり歩いていたら、後ろから誰かがついてくるような気配がした。顔は見えないけれど男の人のよう だ。道が同じなのか、コンビニを出てからずっと後ろをついてくる。なんとなく嫌な感じがして足を早めたら男もそれについてきた。

やだ何コレ、気持ち悪い。スマホを取り出して誰かに電話しようとして、緊張して落としてしまった。焦りながらそれを拾い上げた時には真後 ろに男が迫ってきて、振り返ると見たこともない顔の男がニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべて近づいてきた。

「ひっ……!」

どう考えてもまともな人間がする行動ではない。が、私はすっかり恐怖で動けなくなって、逃げなくてはと頭ではわかっているのに足が動かな い。男がこちらに近づいてきて手を伸ばしてきた。
その時だ。

フーッと唸り声をあげて、銀の猫が男の顔面に飛びかかった――ヒュンケルだ。

「ぎゃあっ!なんだこの猫っ……!!」

ヒュンケルは男の顔面に飛びついて鋭い爪で男の顔やら手を激しく引っ掻いた。猫とはいえ本気で襲われると相当に痛いらしい。男はヒュンケ ルを大きく回した腕で振り払い道に叩きつけ、血を流しながら何処かに逃げて行く。我に返って道に叩きつけられたヒュンケルに駆け寄ると、 ヒュンケルは目立った傷は無いもののぐったりとしていた。

「どうしよう、大変……!」

その後は取るものも取り合わず、力の抜けた銀の猫を抱き上げて、とにかく近くの動物病院をスマホで検索して、ヒュンケルを連れて駆け込ん だ。獣医さんには流石に猫の正体が猫耳男子ですとは言えなかったが、猫の状態だと本当にただの猫らしく、特に変わった印象をもたれた様子 は無かった。

診察の結果、ヒュンケルの前足の骨にはヒビが入っていたものの、他は軽い打撲だけで済んでいた。獣医さんの手で処置をされて鎮痛剤を打た れたヒュンケルは一度も鳴き声を上げず、獣医さんに「我慢強いイイ子ですね」と褒められた。包帯を巻かれて添え木で固定された前足が痛々 しい。舐めないようにペットカラーまでつけられてしまった。

「外飼いをなさっているなら、しばらく外には出さないようにしてください。2週間は家の中に入れておいてくださいね」
「はい……遅い時間にありがとうございました」

獣医さんに見送られ、私は大人しく猫の姿のままでいるヒュンケルをしっかりと抱いて家に戻った。最悪なお見合いの事なんてすっかり頭から 消えていて、ただヒュンケルの事が心配でならない。私を助けようとしてくれたのにこんなことになるなんて。

クッションにタオルを敷いて彼を寝かせ、食事とシャワーを済ませて様子を伺う。ヒュンケルは猫耳男子の姿になる事はなく、クッションの上 で静かに丸くなって寝ている。少しだけ呼吸が速い気がする。薬があまり効いていないのかな。心配だけれど流石に深夜では動物病院は閉まっ ているので、明日の朝の様子を見て痛がっているようなら連れて行こうと決め、私もベッドに入った。