朝の光がカーテン越しに差し込んで、視界を薄い光が照らした。
ぼんやりする目元を擦って寝惚けた頭を働かせ、ヒュンケルの事を思い出した時、足元のマットレスが沈み込んでいるのに気付いて体を起こし た。

「おはよう。

起き上がった私の目の前で静かな深い声を発したのは、人間の姿になったヒュンケルだった。
でも、今、彼。

「あ、あんた、言葉……!」

ヒュンケルは人間の姿の時は一言も話したことが無かった。喋れないのだと思っていた。けれど今、目の前でベッドに腰掛けて朝の挨拶をして くれた彼は、きちんと言葉を話している。

。手当をしてくれてありがとう」

穏やかな落ち着いた声で感謝の言葉をくれた彼の耳には、やはり猫耳と尻尾がついている。にもかかわらず、声を聞けただけで急に胸がドキド キするのはどういうわけだろう。

「いや、あの、そんな……こちらこそ助けてくれてありがとうだよ!怪我させちゃってごめん……」

驚いていいのか謝っていいのかときめいていいのかわからず、私はしどろもどろになりながら礼と謝罪を続けて述べた。

「いいんだ。オレは恩返しがしたかった…… を守れて本当に良かったと思う」

ヒュンケルは蕩けるような甘い微笑みを浮かべて目を伏せた。こんなイケメンにここまで言われて嬉しくならない女がいるか。いや、いない。 けれど喜んだのも束の間、次の彼の言葉で私は頭が真っ白になった。

「だが、これ以上一緒には居られない」

薄く眼を開いたヒュンケルは、寂しそうに俯いて視線を私から逸らした。

「…………え…………?」
「オレは人間と話をしてはいけないと言われている。今はこうして話をしているが、本当はいけないことなんだ」
「そ、そんなの黙ってればバレないんじゃ、」
「仕方ないんだ。それに、元々特定の人間に関わり続けることはできない。深く関わる前に姿を消さなければいけなかった」
「じゃあなんで私に……!?」
「……どうしてもお礼を言いたかった。こんなに優しくしてくれたのは、 だけだった」

ふわふわと柔らかい銀色の尻尾がこちらに伸びてきて、するりと頬を撫でてくれた。落ち込んでいた私を癒してくれたときと同じで、優しさし かない、真綿のような柔らかさだった。

と出会えて良かった。オレはとても幸せな猫だ」
「ヒュンケル……」
「もう、行かなければ」

ヒュンケルはベッドから立ち上がると、まだベッドの中に居る私を振り返ることなく玄関に足を向けた。猫耳と尻尾付って緊張感に欠けるなあ なんて思っていたこともあるけれど、今の彼の後姿からは淋しさしか感じられない。はっとした時にはヒュンケルは玄関のドアを開けていた。

「待って!」

ベッドから飛び出して寝巻のままで玄関に駆け寄ったけれど、彼は実に猫らしく、しなやかに玄関のドアを抜け、閉じる瞬間のドアの隙間から たった一言、言葉を残した。

「さよなら」

バタンと閉じた金属製のドアの重い音が、無機質に最後の彼の声を掻き消した。