(クロコダイン視点) 宴の翌日、オレはヒュンケルと共に魔王軍の本拠地を偵察しにギルドメイン大陸に向けて歩いていた。 「ヒュンケルもガルーダみたいな鳥の仲間が居たらもっと楽に移動できるのにねえ」 他愛無い話をしながら歩く人間の女、だ。
声をかけてきた彼女は既に踊り子の衣装からいつもの服装に着替えており、酒を片手に近づいてきた。 「魔王軍の様子を偵察に行くのだ」 ヒュンケルの答えに、はぱっと顔を輝かせて同行を申し出た。 「?ダイ達の傍にいてやらんのか」 あっけらかんとして答えたに、オレは首を傾げた。 「踊り子じゃないのか?」 なるほど、彼女は行きずりで彼らに協力したというわけか。それでさほど実力は無かったものの手を貸してくれたのだ。合点がいった。 「あまりゆっくり歩いてやれんが……構わんか」 にっこりと笑った彼女は、そのままダイ達のところに駆けて行き、荷物を持って彼らに簡単に挨拶するとすぐに戻ってきた。色々と世話を焼いてくれた彼女の頼みを断りきれなかったのは致し方ない。
話しながら歩くの足は存外に疲れを知らず、遅いどころか十分早い。スタミナに自信があるというのは嘘ではないようだ。なかなかの健脚と言えるだろう。 「その人鍛冶屋でね、私は居候させてもらってる代わりに色々小間使いさせられてんの。今回の旅もお遣いでロモスに行ってレアメタル売って金に変えて来いってやつ」 リクエストが厳しい、と愚痴を零しながら、は前を歩くヒュンケルの早さに余裕で着いていく。 「ほお。苦労しとるんだなぁ」 は呆れた様に肩を竦めて見せたが、おそらくそれは彼女が美しいからだろう。先日の踊りで男達の視線を釘付けにしていたのは記憶に新しい。同族ではないオレからしても十分に美しいと思えるほどの美貌だ、酔って調子付いた男がちょっかいをかけんわけがない。 「二人と一緒なら安全でしょ?同伴させてもらえて助かっちゃった」 結局彼女はその日一日中、一度たりとも弱音を吐かずに歩き通した。オレ達はかなり早めに歩いているはずなのだが、あの細い女性の体のどこにあんなエネルギーがあるのか。携帯食を齧りながら颯爽と進む後姿に、オレは人間の女の体力について見解を改めさせられることになった。
「……じゃあ、本当のご両親は知らないの?」 揺らめく火を見つめながらヒュンケルが呟いた。声に含まれた諦観は彼の生き方を現しているような気がする。マグマに沈んだ時もハドラーと戦った時も瀕死になってるばっかりで、でもこいつは全然死ぬことを怖がってない。レオナに裁かれようとした時もそうだった。まるで自分が死んでも誰にも迷惑はかからないからいつ死んでもいいというような感じだ。 「……手放されたのと愛されてないのは別だよ」 私の言葉に、ヒュンケルは視線だけをこちらに送った。促されているようなので話を続ける。 「もしかしてご両親は、あんたを守って死んだんじゃないの?誰かがあんたを守ってくれるって信じて託して」 この考え方は間違っているのかもしれない。現実的に魔物の大群に襲われて赤ん坊を抱いたまま逃げるのは正直、キツイと思う。母親か父親は本当に彼を見捨てたのかもしれない。でも事実かどうかわからない以上は、せめてもっとポジティブに考えるべきだ。 「だって戦場でモンスターに偶然拾われて育てられて、しかも親子の絆まで芽生えるなんて、普通有り得ないんでしょ?きっとご両親があんたに最期の奇跡を呼んだんじゃないかな」 “奇跡”なんて都合の良い言葉、私はあんまり使わない。努力を無にする言葉でもあるから。神様は祈りに答えたりしない、人間は基本自分の力で結果を掴むしかないんだ。でも彼には、少なくとも今は必要な気がした。こいつは放っておいたら本当に死にかねない。自分のした事の罪で押し潰されて、命を捨てることでしか立てなくなりかけている。 「あんたは愛されてた。生きてていいの。バルトスさんが拾って繋げてくれた命、大事にしなよ」 考え方を180度変えて欲しいわけじゃない。簡単ではないことは理解できる。時間と多くの人間との信頼関係が必要不可欠だし、今その時間も信頼関係も不十分なことは私にだってわかってる。けれど知り合った人が命を易々と投げ出すのは悲しいし寂しい。偶然にも彼は私と年が同じだそうだ。この世界で初めて出会った同い年の子に、同じ時間を生きているのに脱落して欲しくない。 「……もう寝た方がいい。明日も長くなる」 話を切り上げて、彼は焚き火に小枝をくべた。これ以上は話さない方が良いだろう。届いたかどうかはわからないけれど、話は聞いてもらえた。この先も彼は戦ったり傷ついたりするかもしれないけれど、ほんの少しでも踏み止まれるようになれたらいい。焚き火の温かい熱を背中に感じながら目を閉じる。夜は静かに更けていった。
「クロコダイン。彼女は……」 には途中まで道が同じだと言うので同行を許した。足も速く、体力も見た目に反してそれなりにあり、オレ達の予定していた日数にしっかりとついてきてはいる。しかし彼女は時々ふらっと1人で行動してしまうのだ。 草木を掻き分けて森の中を進む。踏みしめた草の青臭い匂いが霧の中に立ち込める。の姿は見えない。1人で森の中を歩くのは危険だと注意したのに、彼女はオレ達の忠告などどこ吹く風だ。 昨夜の彼女の言葉を思い出す。は、オレは愛されていた、生きていていいのだと言った。言葉の全てを受け入れるのは容易ではないにせよ、焚き火を挟んで向けられた微笑と静かで心地の良い声は、冷えた心を掌で暖めるような温もりがあった。マァムのくれた温かさと似ている。 木々の生い茂る奥に進むと、更に奥から人の声が聞こえた。耳どおりのよい声が森の中で静かに響いている。 ふと木苺を摘む彼女の横顔が目に入った。上機嫌なのだろう。笑みの形に歪められた紅い唇が少し日に焼けた肌によく映える。マァムとは違った、成人した女の雰囲気とでも言えばいいのか。恋人などいないと笑い飛ばしていたのを聞いたが、容姿も性格も女性らしい魅力に溢れる彼女なら男が放っておかないだろう。 宴の席で目にした踊り子の衣装で舞う姿は美しく華麗で、その場の誰をも魅了するほどだった。成り行きもあっただろうが何故戦いに参加したのか理解に苦しむ。安らかに暮らしていれば、或いはオレ達などに関わらず自分の旅をしていれば、すぐに誰かに愛されて幸せになれるだろうに。考え込んでいるうちに足に力が入ってしまい、木の枝が足の下で折れた。がはっとして振り向く。
木漏れ日に照らされた髪がきらきらと露をたたえて揺れる。 意識を奪われて、息が止まった。 なんと美しい光景なのだろう。
「なに、どしたの」
「なっ、」 彼女はどうやら、押し黙ったオレが何か考え事をしていると思ったらしい。考えていなかったなどとは言えない。そのまま勘違いしていて欲しい。オレ自身が何を考えていたか、頭が真っ白でわからないのだ。 「、」 名前を呼べば笑顔で返してくれる。明るく笑いかけ、背中を押してくれるのはダイやマァムも同じなのに、彼女の時だけ胸が締め付けられるように苦しくなるのは。 この感情の名前は知っている。 認めてもいいのだろうか。 罪深いオレが、知ってしまっていいのだろうか。 、オレは。
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