(クロコダイン視点)

「ガルーダかっこいいよねえガルーダ!私もこんな鳥の仲間が欲しいよー」
「可愛いか?人間の女はもっと魔物を恐がるもんだと思っていたぞ」
「そう?便利だし羽根がふわふわでいいじゃない」

宴の翌日、オレはヒュンケルと共に魔王軍の本拠地を偵察しにギルドメイン大陸に向けて歩いていた。
本来二人だけで行く予定だった道程にはもう一人のメンバーが加わっている。

「ヒュンケルもガルーダみたいな鳥の仲間が居たらもっと楽に移動できるのにねえ」
「……大鳥が2羽も空を飛行していたら目立つと思うが……」

他愛無い話をしながら歩く人間の女、だ。
彼女は昨夜出立しようとしている我々に気づき、声をかけてきたのだ。


「あれ?どこ行くの?」

声をかけてきた彼女は既に踊り子の衣装からいつもの服装に着替えており、酒を片手に近づいてきた。

「魔王軍の様子を偵察に行くのだ」
「!それってどの辺?ギルドメイン大陸なら同じ方向だから同伴させてもらえると助かるんだけど」

ヒュンケルの答えに、はぱっと顔を輝かせて同行を申し出た。

「?ダイ達の傍にいてやらんのか」
「ああ、言ってなかったっけ。私さ、ただ首突っ込んじゃっただけの旅人なんだよ」

あっけらかんとして答えたに、オレは首を傾げた。

「踊り子じゃないのか?」
「旅してる踊り子もどきなの」

なるほど、彼女は行きずりで彼らに協力したというわけか。それでさほど実力は無かったものの手を貸してくれたのだ。合点がいった。

「あまりゆっくり歩いてやれんが……構わんか」
「大丈夫!歩き疲れたら飛ぶし、こう見えてスタミナはあるから」

にっこりと笑った彼女は、そのままダイ達のところに駆けて行き、荷物を持って彼らに簡単に挨拶するとすぐに戻ってきた。色々と世話を焼いてくれた彼女の頼みを断りきれなかったのは致し方ない。


「しかし何故1人で旅なんぞしているのだ?魔王軍の脅威が迫る中でなくても良かろうに」
「んー。話すと長くなるから掻い摘んで言うと、色々あって、とある人のところに居候させてもらってるんだ」

話しながら歩くの足は存外に疲れを知らず、遅いどころか十分早い。スタミナに自信があるというのは嘘ではないようだ。なかなかの健脚と言えるだろう。

「その人鍛冶屋でね、私は居候させてもらってる代わりに色々小間使いさせられてんの。今回の旅もお遣いでロモスに行ってレアメタル売って金に変えて来いってやつ」

リクエストが厳しい、と愚痴を零しながら、は前を歩くヒュンケルの早さに余裕で着いていく。

「ほお。苦労しとるんだなぁ」
「そうなのー。一人旅って最初は自由で気分良かったけど、実際ナンパはされるわ酔ったオッサンにオシリやら胸やら触られるわで、面倒なことだらけだったし」

は呆れた様に肩を竦めて見せたが、おそらくそれは彼女が美しいからだろう。先日の踊りで男達の視線を釘付けにしていたのは記憶に新しい。同族ではないオレからしても十分に美しいと思えるほどの美貌だ、酔って調子付いた男がちょっかいをかけんわけがない。

「二人と一緒なら安全でしょ?同伴させてもらえて助かっちゃった」
「なあに、飯の礼だ。それに、お前さんが一緒ならばまた美味い飯が食えるだろうしな!」
「もっちろん!期待してて!」

結局彼女はその日一日中、一度たりとも弱音を吐かずに歩き通した。オレ達はかなり早めに歩いているはずなのだが、あの細い女性の体のどこにあんなエネルギーがあるのか。携帯食を齧りながら颯爽と進む後姿に、オレは人間の女の体力について見解を改めさせられることになった。



(夢主視点)


今日はクロコダインが寝て、ヒュンケルは寝ずの番。私は寝ずの番はさせてもらえず、寝ろと言われている。そこまで優遇されなくてもいいんだけど、断っても強引に寝かされるし、せっかく気遣ってもらっているので眠くなったら寝ることにしている。最初と比べてギクシャクした感じはなくなったけど、もう少し彼の事を知った方がいいと思ってバルトスさんの話を聞いたら、ヒュンケルがポツリポツリと焚き火を見つめながら話してくれた。彼の過去については私もさわりしか聞いていなかったから、詳しく聞くのはこれが初めてだ。

「……じゃあ、本当のご両親は知らないの?」
「オレは捨て子だからな……たとえ探したところで歓迎されるわけもない」

揺らめく火を見つめながらヒュンケルが呟いた。声に含まれた諦観は彼の生き方を現しているような気がする。マグマに沈んだ時もハドラーと戦った時も瀕死になってるばっかりで、でもこいつは全然死ぬことを怖がってない。レオナに裁かれようとした時もそうだった。まるで自分が死んでも誰にも迷惑はかからないからいつ死んでもいいというような感じだ。
彼に似た人を、私は知っている。これは良くない考え方だ。

「……手放されたのと愛されてないのは別だよ」

私の言葉に、ヒュンケルは視線だけをこちらに送った。促されているようなので話を続ける。

「もしかしてご両親は、あんたを守って死んだんじゃないの?誰かがあんたを守ってくれるって信じて託して」
「……託した……?」

この考え方は間違っているのかもしれない。現実的に魔物の大群に襲われて赤ん坊を抱いたまま逃げるのは正直、キツイと思う。母親か父親は本当に彼を見捨てたのかもしれない。でも事実かどうかわからない以上は、せめてもっとポジティブに考えるべきだ。
もう会えない両親がどう、ではなく、彼を育てたバルトスさんのためにも。

「だって戦場でモンスターに偶然拾われて育てられて、しかも親子の絆まで芽生えるなんて、普通有り得ないんでしょ?きっとご両親があんたに最期の奇跡を呼んだんじゃないかな」
「…………!」

“奇跡”なんて都合の良い言葉、私はあんまり使わない。努力を無にする言葉でもあるから。神様は祈りに答えたりしない、人間は基本自分の力で結果を掴むしかないんだ。でも彼には、少なくとも今は必要な気がした。こいつは放っておいたら本当に死にかねない。自分のした事の罪で押し潰されて、命を捨てることでしか立てなくなりかけている。

「あんたは愛されてた。生きてていいの。バルトスさんが拾って繋げてくれた命、大事にしなよ」

考え方を180度変えて欲しいわけじゃない。簡単ではないことは理解できる。時間と多くの人間との信頼関係が必要不可欠だし、今その時間も信頼関係も不十分なことは私にだってわかってる。けれど知り合った人が命を易々と投げ出すのは悲しいし寂しい。偶然にも彼は私と年が同じだそうだ。この世界で初めて出会った同い年の子に、同じ時間を生きているのに脱落して欲しくない。
ヒュンケルは視線を焚き火の炎に戻して、小さく溜息をついた。

「……もう寝た方がいい。明日も長くなる」

話を切り上げて、彼は焚き火に小枝をくべた。これ以上は話さない方が良いだろう。届いたかどうかはわからないけれど、話は聞いてもらえた。この先も彼は戦ったり傷ついたりするかもしれないけれど、ほんの少しでも踏み止まれるようになれたらいい。焚き火の温かい熱を背中に感じながら目を閉じる。夜は静かに更けていった。



(ヒュンケル視点)


ギルドメインに上陸して1日目、ダイ達と別れてから3日目となる日、簡易な朝食を摂り終えて出立の準備をしていると、ふと彼女の姿が見えなくなっているのに気づいた。

「クロコダイン。彼女は……」
「ん?ああ、なら散歩でもしているんじゃないか?」
「……探してくる」

には途中まで道が同じだと言うので同行を許した。足も速く、体力も見た目に反してそれなりにあり、オレ達の予定していた日数にしっかりとついてきてはいる。しかし彼女は時々ふらっと1人で行動してしまうのだ。

草木を掻き分けて森の中を進む。踏みしめた草の青臭い匂いが霧の中に立ち込める。の姿は見えない。1人で森の中を歩くのは危険だと注意したのに、彼女はオレ達の忠告などどこ吹く風だ。
掴みどころのない女。オレと同じ鎧の武具を使っているが、突出して強いわけではない。平気だと言い切れるあの自信はどこから来るのか。

昨夜の彼女の言葉を思い出す。は、オレは愛されていた、生きていていいのだと言った。言葉の全てを受け入れるのは容易ではないにせよ、焚き火を挟んで向けられた微笑と静かで心地の良い声は、冷えた心を掌で暖めるような温もりがあった。マァムのくれた温かさと似ている。

木々の生い茂る奥に進むと、更に奥から人の声が聞こえた。耳どおりのよい声が森の中で静かに響いている。
ようやく見つけた。こんな奥まで一人で歩いて、戻って来れなくなったらどうするつもりだったのか。
近づいてみれば、彼女は木苺を摘みながら聞いた事のない歌を口ずさんでいた。時折調子を合わせて身体を揺らしている。暢気な後ろ姿に安堵する。

ふと木苺を摘む彼女の横顔が目に入った。上機嫌なのだろう。笑みの形に歪められた紅い唇が少し日に焼けた肌によく映える。マァムとは違った、成人した女の雰囲気とでも言えばいいのか。恋人などいないと笑い飛ばしていたのを聞いたが、容姿も性格も女性らしい魅力に溢れる彼女なら男が放っておかないだろう。

宴の席で目にした踊り子の衣装で舞う姿は美しく華麗で、その場の誰をも魅了するほどだった。成り行きもあっただろうが何故戦いに参加したのか理解に苦しむ。安らかに暮らしていれば、或いはオレ達などに関わらず自分の旅をしていれば、すぐに誰かに愛されて幸せになれるだろうに。考え込んでいるうちに足に力が入ってしまい、木の枝が足の下で折れた。がはっとして振り向く。


振り返った彼女の頬に、木苺の葉から飛んだ露が弾けて落ちた。

木漏れ日に照らされた髪がきらきらと露をたたえて揺れる。

意識を奪われて、息が止まった。

なんと美しい光景なのだろう。

「なに、どしたの」
「……いや、……」


鼓動が早くなる。
これは、この感情は。


彼女が木苺を持ったまま近づいてくる。声を出そうにも言葉が出てこず、目を逸らしたオレの顔を、彼女はしばらく見つめて怪訝そうに首を傾げた。そしておもむろに木苺を一つ抓むと、突然オレの口に押し当てた。
急に触れた木苺の感触に驚いて口を開いてしまい、独特の甘みと酸味が口の中に広がる。

「なっ、」
「なに悩んでるか知らないけどさ。こんな時まで悩まなくてもいいんじゃない?」

彼女はどうやら、押し黙ったオレが何か考え事をしていると思ったらしい。考えていなかったなどとは言えない。そのまま勘違いしていて欲しい。オレ自身が何を考えていたか、頭が真っ白でわからないのだ。

、」
「んー?」

名前を呼べば笑顔で返してくれる。明るく笑いかけ、背中を押してくれるのはダイやマァムも同じなのに、彼女の時だけ胸が締め付けられるように苦しくなるのは。

この感情の名前は知っている。

認めてもいいのだろうか。

罪深いオレが、知ってしまっていいのだろうか。

、オレは。


「なにしてんの?置いてくよー」
「すぐに、行く……」


オレは、どうしたらいい。