(夢主視点)

早朝、私は野営地の近くにある開けた岩の上に立っていた。
朝靄で肌がしっとりと濡れるなか、柔軟を始める。魔王軍との戦いに首を突っ込んだおかげでろくに練習をしていなかったので、数日ぶりにダンスの練習をしたくなったのだ。

野営地からは数メートルしか離れていない。ブーツを脱いでも大丈夫だろうと判断し、素足になると、岩肌のさらりとした感触が直に伝わった。朝焼けの柔らかい光の中で踊るのが今の私の習慣だ。音楽なんか無いから、身体が覚えているリズムだけで踊っている。

二人はまだ休んでいる。見られて困るものではないけど、一人の方が集中できていい。
ヒャドで鏡を作り、柔軟を済ませて氷の鏡の前に立つ。深呼吸して鏡の中の自分と目を合わせれば他の音は聞こえなくなる。

今日はビヨンセの練習曲にしよう。曲は頭の中でだけ流れ、実際には鳥の声しか聞こえないけど、身体がリズムを覚えているから問題ない。振り付けを思い出しながら、ポーズと角度を鏡で確認する。
一通りの確認を終えたら、足でたんたん、リズムを取ってスタート。

ターン、腕を回して後ろを向いて、この曲の振り付けは腕を沢山振るから角度をきっちり決めないと美しくない。両腕を上げて頭に手を添える、胸を前後に揺らして首を回す。3歩後ろに歩いて振り向いてヒップをスイング。斜めに歩いて2回ターン、両腕を高く上げて後ろに反り返りすぐに起こす、腰に手を当てて胸をスイング、1、2、3、ポーズ。

ノッてきたところで背後で誰かが動いた。クロコダインかヒュンケルか、どっちでも構わない。私は練習を続けるだけだ。鏡を見ながら練習を続けていると、剣を持った男が鏡の中で歩みを止めた。一通り最後まで通してからじゃないと話す気になれないので、気付かない振りして残りの10数秒分を踊る。

身体のラインをなぞる動き、片足を立てて膝を抱える緩やかなポーズ、次は速いテンポで暴くように隠す様に、手を動かす。最後は振り向いて2歩、ターン、おしまい。ぶれてはいけない。最後まで美しく動きを止めなければ台無しだ。しっかり秒数を取って身体を動かす。ヒュンケルはまだ動こうとしない。

「おはよ!」
「……おはよう……」

うん?あれ。

「今、おはようって」
「……おかしいならやめるが」
「ううん、おかしくないよ。むしろ嬉しい、やっと普通に話せるようになった気がする!」

懐いた!こいつ懐いたよ!!おはようなんてこれまで一回も言われたこと無かったから、もしかしたら鬱陶しいと思われているのかと思っていたけれど、どうやら単純に人に慣れるまで時間がかかるだけだったみたいだ。やっぱり人間しっかり声掛け合っていかないと社会性は育たないよね。嬉しくなってにやついていると、ヒュンケルが不審そうな目を向けてきた。

「なんだその顔は……」
「んー?ようやく仲良くなれたなーって」
「!」

お、照れた。うわあ可愛い、イケメンのテレ顔ってやっぱりキュートだ。でもこいつシャイだから、ガッツリ突っ込んでやるとグラスハートが壊れちゃうかな。徐々に警戒心をなくしてやらないとまた一匹狼気取ってしまいそう。

「あと一日だもんね。今日はお昼に美味しいもの作るね!」

もう少ししか一緒にいられないけれど、鎧の魔剣は間違いなくロンさんの作品だろうし、こいつは魔王軍と戦うわけだから、その内どこかで武器の修理やら何やらで会えるだろう。出来た縁を無駄にしたくない。
ようやく慣れてくれた同い年の男友達だし、しっかり友情を深めておこう。死にかけた時、少しでも私との友情を思い出してもらえれば嬉しい。

その日の夕刻、私はランカークスに向かう分岐点で彼らと別れた。送ってもらってバイバイは嫌だから、連絡先と余ったおやつの干し肉を手渡して。二人が森の中に姿を消したのを見届けて、私もまたランカークスへと足を向けた。



さて、所変わってここはランカークス。あの後半日かけて飛んだり歩いたりして、やっと到着したロンさんの家で、私は早速ロンさんに睨まれていた。こっわ。

「……たかだかお遣いで、なんでここまで時間がかかる……?」
「いやあ、実は色々事情があって……ぎゃんっ!?」

弁解しようとした私を容赦なく雑紙を丸めて張り倒すロンさん。鬼だ。旅で疲れているか弱い女子をゴキブリみたいに叩くってどういうこと。いい加減扱いを“小間使い”から“女性”にレベルアップしていただきたい。

「いったー!はたく事ないじゃないですか!」
「阿呆!とっとと理由を話しやがれ!」

話そうとしたらあんたが叩いたんじゃん!どうしろってんだよ!イジメですか!?とは言えないので、私は大人しく経緯を説明した。話している間もロンさんの眉間の皺は深くなるばかりで、これ話し終わったら野に捨てられるパターンかな、と変な汗が出てきた。今放り出されたら私は文無しで生活の基盤を一から立て直さなければいけないんですけど、それってかなりやばいんですけど。

しかし予想に反して、ロンさんは話を終えた私に深い溜息をついて酒を一口煽り、呆れた顔で口にした。

「よりによって魔王軍たぁ……つくづく厄介事に首突っ込むのが好きな女だな」
「しょうがないでしょ?子供見捨てるわけには行きませんよ。ちゃんと戦えたんですからいいじゃないですか」
「当たり前だ。オレに鍛えられて成長がなきゃただのクズだぜ」
「(ほんと怖いわこの人……)」
「お前がいない間こっちはろくな飯が食えてねえんだよ。さっさと作れ」
「ハイハイ遅くなってごめんなさいー」
「あぁ?」
「……すぐ作ります。」
「あと明日から修行再開だからな」
「ハイ…………」

とにかく野に捨てられなくてほんと良かった。ご飯、頑張って作るんで勘弁してください。



(クロコダイン視点)


別れてほんの数日しか経っていないのに、ヒュンケルはすっかりに心を奪われてしまったらしい。黙々と鬼岩城に向けて歩いてはいるものの、時折ふっと遠くを見ては物思うように溜息をつく。
所謂恋煩い、恋の病だ。薬草でもベホマでもキアリーでも治せないあれだ。

かつての師に対する復讐心から魔王軍でミストバーンに育てられ、過ちを犯し、今は罪の意識に苛まれている男。この男を叱咤し、受け止めて、励まして正義の道を歩む背中を押したのはマァムだけではなく、実質的には共に行動した時間の長いだった。その彼女に恋をしてしまったようなのだ。

が気になるのか」
「!……別に……」

オレの問いかけに、ヒュンケルは目を泳がせて言葉を濁した。が、平素には無い焦りようで既にバレている。いつもはクールに感情を押し殺しているのに、意外にもわかりやすくて和んだ。若いってのはいいものだ。

「なぁに、誤魔化さんでもいい。気さくでさばけた、気持ちの良い美人じゃないか」
「……」

は若く美しい踊り子で、料理も気遣いも出来る。旅の途中でも、時折ヒュンケルが苦しそうな顔をすると、さりげなく気遣っていた。おそらく世話を焼くのが好きな性格なのだろう。はこの男と年が同じということもあって親しみが増したらしく、仏頂面で歩くヒュンケルに積極的に関わろうとしていた。男所帯の魔王軍で育ったヒュンケルが心惹かれて想いを寄せてしまうのは仕方の無いことだ。

「ああいう娘はしぶといものだ。魔王軍の侵攻にもきっと耐えられる。生きていれば、きっとまた会えるとも。オレ達はオレ達のやるべき事をやろう」

武器が欲しくなったらランカークスに来い、だったか。連絡先も貰って居場所もわかっているのだし、武器の調達を頼みたければまた顔を合わせることにもなろう。魔法も使う彼女ならば、再び戦いに参加する可能性もある。オレが背を叩くと、ヒュンケルは気持ちを切り替えたのか、小さく息を吐き、頷いた。

罪を犯しても、その罪を償うために今こうして前を向いているのなら、戦火の中で芽生えた小さな淡い想いが叶うことを祈るくらい、許されてもいいはずだ。



(夢主視点)


ランカークスに帰ってきてから数日後、今日も今日とてロンさんに扱かれながら家事をやっている。

「……お願いしますっ」

動きやすい服に着替えて外に出て、ブーツを鎧化する。つくづく思うが、この鎧化って私の場合は全然鎧じゃない。どうしても金属製のブラとガーターベルトとロングブーツにしか見えないんだけど、ロンさんの趣味なんだろうか。

彼は普段でも稽古をつける時も容赦が一切無い。
容赦が無いのが通常運転なのだ。ホント私よく死なないわと思う。筋肉がバキバキになるまで続けられる上、本人は私がへばっている間も涼しげにどこ吹く風で酒なんぞ飲んでいるから性質が悪い。でも教え方はなかなかのもので、一日毎にレベルアップしている実感はある。

先日ダンスの勘を再び取り戻したことだし、これからは今まで以上に変則的な動きに挑戦してみようか。上手くいく自信はあんまりないけど、タイミングさえ合えば、おそらく初めてロンさんの後ろを取れると思う。イメージは完璧にできている。イメージだけは。

「オラァッ!!」

振り下ろされた一撃に対して、こちらも跳躍して足で威力を殺しながら、ロンさんの肩に手を掛けて前転の要領で跳ぶ。背後を取れたかと思いきや、このクソ強い上にサディストの気もあるシブメンは反射的に横に飛び退き、バランスを崩した私に慈悲もへったくれもない蹴りをかましてくださった。
直撃する一瞬手前で飛翔して後方に逃げたおかげで骨が折れることは無かったけれど、勢い余って木の幹にぶつかった私は背中を強打。

「いっ……!!」
「残念だったな。イイ線行ってたが、オレには通用せん」

アンタみたいに強い相手とやりあう機会なんか早々ないわ!!と言ってやりたかったが、背中が痛くて喋れないので、ひたすら涙目で睨むつけるに留めた。

「どうした?まだ始まったばかりだぜ」
「こ、こんの鬼ッ……!」

ダメだ、この人やっぱりメタクソに強いわ。何やっても勝てる気がしないわ。
数十分後、地面にべしょっと倒れこんだ私を毎度のように見下ろしながらロンさんが酒瓶片手に言い放つ。

「回復したら飯だ。寝るなよ」

ハイ。了解いたしました。

朝の修行(という名のシゴキ)を終えて昼食の片づけまで終らせると、ロンさんにベンガーナに買い物に行く許可を貰い外出した。旅で諸々消耗品の補充が必要になったのと、自分で採掘した鉱石を売りに来たのだ。ロンさんの手伝いをしている内に自分にも鉱石の見分け方なんかが身についてきていて、実は旅の合間にも時間が空いたらこっそり岩場で採石できる鉱脈を探して採石をやっていた。荷物が重くならないように高く売れそうな石だけを狙ってだ。

採石したのはプラチナ鉱石数個と銀の鉱石2個。その内銀の鉱石には宝石の原石まで入っていたので、ベンガーナ百貨店の中にある買い取りカウンターで値が跳ね上がった。
合わせて3000G、まずまずの収入になった。また採石して売りに来ようっと。


続いて下着売り場に来る。探しているのは紐パンTバック。パンツスタイルの時はこれが一番アウターに響かないので、スースーするけどこれにしている。今まで履いていた紐パンはこの前の戦いの時に紐が切れた。ブチンといったのは戦いが終わった直後だった。ホントに見られなくて良かった。慌てて森に隠れてヒモ結んで応急処置して……あれは情けなかった。今後はいつ戦いに巻き込まれるかわからないし、下着も常に予備を持っておかねば。

「あ、可愛いー」

手に取った総レースの下着の値段を見ると、元の世界では考えられない基準の値段がついていた。5000Gって。ブランド物かこれ。

「高ッ!!……こっちにしよ……」

諦めてシンプルなデザインの下着を数点手にとってお会計。ついでに服も新調したかったので今着ている服のトップスを売って新しい服を買った。以前から気になっていた服がプライスダウンで1500になってたので、つい。それから自分が使いたい調味料や化粧品少々を買い足してお買い物は終了。やっぱり買い物は楽しい、ストレス発散にもなるし。

私が買った服は魔法のビキニという上下セット。装飾が可愛いし動きやすそうだし、ビキニパンツの上にショートパンツを履いてるから全然恥ずかしくない。ベンガーナは気候も熱過ぎず寒過ぎないからお腹出してても平気だし。首にストールを巻けばなかなかお洒落なコーディネイトになった。あれだな、元の世界でいうフロリダのビーチスタイルっぽいかも。

石造りの町は賑わっていて、笑い声や商人の声賭けで溢れている。ベンガーナは豊かな経済大国らしくて、いつでも品揃えが良くて嬉しい。この国には財力も軍事力もあり、魔王軍の侵攻もまだ無いので人々が沢山集まっている。もしかしたらパプニカから逃げてきた人達もいるのかもしれない。

「あの二人、無事に到着したかな」

クロコダインとヒュンケルと分かれたのは5日前だ。予定通りに目的地についていれば偵察も終っているだろう。ダイ達は既に次の戦いを始めているんだろうか。皆無事だといいけど。
遠くにいる友人達に想いを馳せていたら、通り沿いに靴屋のショーウィンドウを見つけた。

「おっ!この靴可愛いー!すいませーん!」

暫くしたらパプニカにも行ってみようかな。ルーラが使えるようになれば早いんだけど、やっとトベルーラが使えるようになったばかりだから、もう少し修行してから行こうっと。