飛竜急襲後、火事だけはどうにかヒャドを使いまくって止めた。被害は火事がメインで、既に消火作業は落ち着いているし、怪我人も思ったほど多くない。先日纏めた魔王軍襲撃マニュアルに従って動くように対策チームに指示を飛ばすと、私は仕事用に支給されている魔法の聖水を数本持って飛竜と鳥人間が飛び去った方向に飛んだ。

第2、第3の攻撃が来ないとは限らない。可能なら脅威を確認しておかなければ、襲撃された時に対策が取れないまま後手に回る。飛んでいけるのは私しかいなかったので、対策チームのメンバー達は心細そうだったけれど仕方なく頷いてくれた。

飛び続けて十数分後、森の中から衝撃音が聞こえた。直感的にあそこだと感じて急行する。胸騒ぎがするのは気のせいだと思いたい。けれど、音のする場所に到着して私が見たものは、予想の遥か上を行く厄介な事態だった。

「!……冗談でしょ………?」

対峙しているのは見知った鎧の男と、見覚えのある青い肌の男――ラーハルト。以前私を助けてくれた、人嫌いの魔族の青年だった。
なんであの二人がやりあっているのか。

敵味方で言えばおそらくヒュンケルが味方なのだろうけど、そうなるとラーハルトは敵になる。何がどうなっているんだ。そもそも二人ともどうしてここに?よく見ると少し離れた場所にポップが倒れている。それに巨体の魔物と、私がやりあった鳥人間もだ。鳥人間は姿焼きよろしく焼死していた。

ダイとレオナ姫の姿は無かった。ヒュンケルと一緒に行動していたはずのクロコダインもいない。別行動しているのか。私が頭をフル回転させながら現状を把握している間もヒュンケルとラーハルトは戦い続けている。ヒュンケルは十分強いはずなのに、ラーハルトのスピードに振り回されている。とても視認できない速さ。しかも機動力を優先した造りと何よりもヒュンケルの鎧と雰囲気の似たデザインの鎧、絶対あのドエス鍛冶屋の作品に違いない。あの人、一体何作の鎧シリーズ作ってるんだろう。

止めるべきか、様子を見たほうがいいのか。迷っている間に、ヒュンケルの鎧が砕かれた。

「…っ!」

だめだ、友人と恩人が戦い合っているのを黙って見ているなんて出来ない。今にもヒュンケルに止めを刺しそうなラーハルトの前に飛んで地面に降り立つと、ラーハルトが警戒心を顕にして武器を構えた。

「何者だっ!?」
「なにがどうしてこうなってるのかは後で聞くとして…」

近くで見ると想像以上に厄介そうだ。ヒュンケルが苦しげに呻く。

「バカな…………何故ここに……!?」
「…ヤバイ状況ってのは…よーっくわかった」

ラーハルトと向き合いながら、ヒュンケルを背に庇う。彼は鎧を破壊されて倒れている。割って入っていいもんじゃないってのはわかっていたけれど、身体が勝手に動いてしまった。

「ラーハルト…だよね。久しぶり」
「お前は…!」

顔を見て思い出したらしい。眉を顰めてこちらをじっと見つめると、やがて馬鹿にするように鼻で笑った。

「ハッ……なるほど。貴様も所詮は人間か…」
「どう思われてるのか知らないけど、私は友達が死にかけてるから止めに入っただけ」
「人間の友情とやらか。惰弱な」
「友情に種族は関係ないでしょ」

彼の動きを見ながら回復呪文をかけようとヒュンケルに手を伸ばそうとした瞬間、ナイフのようなものが私と彼の間に突き刺さる。手の甲からじわりと血が滲む。刃が掠ったらしい。

「っ……!」
「悪いが回復はさせん。邪魔だてするならお前も動けぬようにしてやる」

ロンさんが攻撃する前と同じような気迫のようなものを感じて咄嗟に横に飛ぶと、ラーハルトが私のいた場所に槍の柄をぶん回していた。アレで殴られそうになったのか私。

「なかなか紳士的な脅迫だね…!」
「ほう……?カンは悪くないな」
「や、やめろ、!!下がっているんだ!」

ヒュンケルが呻きながら首を振るが、はいわかりましたなんて引き下がれる状況でもない。
ラーハルトが私より何倍も強い事はわかっている。ロンさんにも言われた。自分より少し上くらいならまだしも、足元にも及ばない相手と戦うのは無謀だと。もしそんなのに遭遇したら時は逃げろと、そして私も同意していた。

自分は立ち回りはうまい方だって思ってたから。……どこで間違えたかなあ、ほんとに。

「……ピオリム!スカラ!バイキルト!」

攻撃に備えて魔力の鎧を付呪、防御と素早さも上げておく。元々後方支援型のこのブーツは、鎧と呼べるほどの防御面積は無い。急所と膝下以外は呪文もあんまり弾かない。機動力を最大限に優先したので仕方がないのだ。だから私の基本的な戦闘スタイルはとにかく――

「そこだッ!!」

避けて避けて避けまくって相手を霍乱、間合いを詰めて攻撃。この一手しかない。

「ハッ!」
「っ!」

槍の柄が髪を数本ちぎった。一度でも判断を間違えれば攻撃を喰らって動けなくなるだろう。骨の1、2本は折られる覚悟した方が良さそう。今になってロンさんの特訓の有難さを感じる。アレが無ければもう死んでいる。

ラーハルトはバランとダイの悲しい過去を話してくれた。竜の騎士であるバランは一国の王女だった妻と駆け落ちしたものの、彼女を人間に殺され子供を奪われて復讐に燃えた。そのバランがキルバーンの話していた超竜軍団長だ。ラーハルトは言った、この話は彼だけにバランが打ち明けてくれたのだと。バランはラーハルトを信頼しているってことになる。ラーハルトにとっても、バランは尊敬している人物のようだ。強い絆のようなものが見えた気がした。

けれど、こちらにも譲れないものがある。

「一部の人間に酷いことをされたから全ての人間を憎むなんて滅茶苦茶な理論、通すわけにはいかない」

昔を思い出す。
私の母親は飲んだくれの男好きの育児放棄で、私が4歳の頃に児童養護施設に私を残して失踪した。
親権を取るときはあれだけ一生懸命だったのに。
地面が無くなるような絶望を覚えている。
結局父親に引き取られたけど、母親は事故で亡くなるまで私を娘とは呼んでくれなかった。
だから私だって、一時は世界に絶望して全てを恨んだ、けれど。

「この世界は0と1では出来てない。良い悪いで割り切れる世界だったら、私もあんたもあんたの主人も、もっと楽に生きられる。だけどそうはいかないから、苦しかったり憎んだりするの」

私が人を信じていられるのは、父が私を二人分愛してくれたから。
ダンサーになりたいって夢を見つけることが出来たから。
世界は捨てたもんじゃないって、理解出来たから。
たとえ愛が永遠でなくとも、幸せな時間に与えられる愛情に偽りはないのだと、理解したから。

人に裏切られた事なんて数え切れないくらいある。昨日友達だと思ってた人に蹴落とされた回数なら両手じゃ足りないくらいだし、謂れの無い中傷で傷つけられたことだってあった。歯ァ食いしばって生きる意味なんか綺麗事でしかないのも知ってる。踏ん張れない人間も、そこに付け込む人間もいる。

「誰もみんな、人様に大声で言える理由を持って生きてるわけじゃない。だけどね」

私個人の考え方が届かなくてもいい。ほんの少しでも、立ち止まってくれればいい。私を助けてくれた人の心が間違った憎しみで塗り潰されるのが、たまらなく我慢できない。
エゴだって、わかっていてもだ。

「だけど……ちっぽけな自分が惨めで悔しくて、諦めたくないから必死こいて前向いて生きてんの!!」

こちらを睨みつけるラーハルトは理解できないものを見る目をしている。彼と私の間には見えない壁が何重にもあって、壁の内側にも大きな箱があって、その箱も幾重にも鎖で巻かれていくつも鍵をかけてあるんだ。胸が苦しくてたまらない。

「そうやって踏ん張って生きてる人達の人生を身勝手な理論で奪うなんて…!絶対におかしい!!!」

ブーツに込める魔力を強める。飛竜に使った垂直降下は彼の速度なら避けられるだろうから通じない。通常の攻撃も避けられる。だったら、一撃ごとの魔法出力を上げて速さと攻撃力を高めるしかない。
退くべきだって事はわかっているけれど気持ちが治まらない。

「黙れッ!!」
「あう……っ……!」

槍の柄で横っ腹を思いっきり殴られて呼吸が一瞬止まった。
離れた場所からヒュンケルが私の名前を呼んでいる。

「諦めて武装を解け。女は殺さん」
「…うる、っさい…絶対に……一発、ビンタ入れてやる…っ……」

痛みで呼吸が上手くできない。地面に這い蹲ったまま彼を睨みつけると、ラーハルトの表情に明らかな苛立ちが見えた。

「強情な…何故諦めんのだッ!」
「…嫌だから…!」
「…なに…?」
「私を助けてくれた人が、私の友達を傷つけるのを見たくないから…間違いに気付いてほしいからだよ……!」

脇腹の打撲は酷く、骨は折れていないけれど痛くて堪らない。指先にも力が入らない。回復呪文をかけたいけれど、魔法の聖水を補給する時間はくれないだろう。咳き込みながら無理矢理膝を立てたら体がぐらついた。自分を支えるだけの力も出せないまま地面に倒れそうになった時、誰かが私の肩を支えた。

「…もういい…後はオレに任せていろ」
「ヒュンケル…」

支えてくれたのはヒュンケルだった。彼は私を背に庇いラーハルトに向き合った。鎧もなしに攻撃を食らったら今度こそ死ぬかもしれないのに。

「まだムダなあがきをするのか」
「だめ……そんな怪我で無理したら……!」

ついこの前まで前向きに生きろって声をかけたばかりなんだ。体中こんなに傷だらけなのに、何で戦おうなんて思えるんだろう。

「お前達の話を聞いて、このまま倒れているわけにもいかなくなった…」

ヒュンケルは剣を手にしてラーハルトを真っ直ぐに見据える。

「ダイのためにも…バランのためにもな!」

これ以上何を言っても、どうしたって止まらない。これが戦士、戦いを運命付けられた彼の生き方なのか。私にできることは二人がせめて死なずに戦いを終えることを祈るしかない。
説得は不可能と判断し、取り急ぎ安全圏内と思われる位置まで後退して回復に専念することにした。

「そうだ、ポップは…!?」

動けるくらいまで自分の回復をした後、魔法の聖水を少し飲んで魔法力を回復し、ぐったりしているポップに回復呪文をかけた。彼もまたヒュンケルに劣らずの酷い有様だ。アバンの使徒ってタフじゃないとなれないんじゃないかと思う。

「ううっ、さん…!何でここに…!」
「そこで丸焼きになってる鳥人間を追いかけてきたの。ねえ、これどういう状況…!?」
「ダ、ダイがっ…バランに記憶を奪われちまったんだっ…!」
「はあ!?なにそれ…!」

ポップの話では、ダイは竜の騎士と呼ばれる伝説の存在たるバランの子供で(そこはさっきラーハルトの話でわかってたけど)、バランは子供を取り返すためにダイの記憶を紋章の力で抹消、現在ダイを強奪するためにテラン城に向けて侵攻しているらしい。なるほど、そりゃチンタラやっている場合じゃない。

「私達がダイの所に行けるか、彼がバランの所に行けるか…ここでハッキリさせていくわけね」
「ああ…ッ!」

ポップは全快とまでは行かないまでも立てるくらいには回復できた。戦っている二人がどうなったのか視線を戦いに戻したら、バルジ島で目にしたのと同じ光が地面に倒れているヒュンケルから放たれた。お腹の中まで響くような轟音が周囲の空気を揺らす。

「ヒュンケル…!?」

またあの時のように気を失ったのかと思い心配になったけれど、今回は彼はちゃんと立ち上がった。良かった、生きている。ラーハルトの姿を探すと、彼はヒュンケルの攻撃をまともに食らって地面に叩きつけられていた。

「…!」

ここはヒュンケルに駆け寄るべきだ。頭では判っているけれど、体が勝手にラーハルトの方に向いてしまった。あんな物凄い衝撃を正面から食らったら、彼だってただでは済まない。私は彼に死んで欲しくて戦いを挑んだんじゃない、止めたかっただけだ。

うつ伏せに倒れた体を抱き起こすと、微かに息があるものの命に関わる重症なのは間違いないことが見て取れる。回復呪文をかけ始めた時、ヒュンケルがポップを呼ぶ声が聞こえた。

「!?」

振り返るとポップが倒れていたはずのトドっぽい巨体の魔物に頭を掴まれて人質にされ、ヒュンケルが脅されている。あのトド、体に風穴が空いて動けるような怪我じゃなかったのに、なんて生命力だ。どうにかしないとヒュンケルはもちろんポップも殺されてしまう。

幸いあのトドの視界から私は外れているようだ。後ろから襲い掛かれば隙くらいなら作れるかもしれない。でも瀕死のラーハルトを置いて助けに入ったら、二人は助けられるかもしれないけど代わりにラーハルトの方が手遅れになる。

どっちを選べばいい。

迷っていると、回復呪文をかけている私の腕を瀕死のはずのラーハルトが掴んだ。

「!」
「オ、オレの槍を…寄越せ…ッ」

ポップとヒュンケルがお互いを庇いあい、魔物が手にした巨大な武器をヒュンケルの頭に振り下ろそうとした瞬間、魔物の頭をラーハルトが放った魔槍が貫いた。今度こそ魔物が絶命して、巨体からポップの体が開放されて地面に倒れた。

けれど、槍を魔物の頭に投擲したラーハルトは残った力を全て武器に込めたらしい。回復呪文の効果は無くなった――彼には既に生命力が残っていないのだ。

「なんで……!?」
「人質を取るなど誇り高き竜騎衆の名を汚す愚行…許しがたいことだ……ましてや人間相手にな…!」
「どうしてお前はそれほどまでに人間を憎むんだ…ラーハルト…」

ヒュンケルの問いかけに、ラーハルトは自分の過去を口にした。自分もまた魔族と人間の間に生まれた混血児で、人間達に迫害された事。それが元で母親を亡くした後も辛い思いをしていて、バランに拾われて救われたこと。
ラーハルトの悲しい過去を耳にしたヒュンケルとポップの目に涙が浮かぶ。

彼自身も心に深い傷を負って、居場所を求めて苦しんでいた人だった。生きる理由を見つける方向をほんの少し間違えただけ。葛藤していたのかもしれない。それでも生き方を変えられないバランの心に同調することで、自分も真っ直ぐであろうとしたんだろう。もしそうなら、切なすぎる。

「ごめんなさい……私、あんたに酷いこと……!」
「……過ぎた事だ……手を……出せ……」

震える彼の手から私の掌に零れ落ちたのは、見覚えのある小さなアクセサリーだった。

「……!これ……!!」

初めて彼に出会ったあの日、崖から落ちた時に外れて失くしたものだと思っていた私のピアス。
二度と見つからないと思っていた。

「拾ってくれたの……?」

たった一度しか会ったことのない私なんかのために、こんな小さなものを。

「……フ……確かに……返したぞ……」
「やめてよ……こんな終り方なんていや……死なないで……!」

動く力も無い彼の手を取り両手で握る。折角知り合えて、ようやく分かり合えたのに、死んでしまうなんて辛すぎる。呼吸はどんどん細くなって、私の回復呪文なんかじゃ助けられない。自分の無力が悔しくて、彼が息絶えるまでずっと手を握ったまま泣いた。死んでほしくなかった。生きて欲しかった。

鎧をヒュンケルに託してラーハルトは逝った。

憎らしいくらいに、空は青く晴れていた。