(ポップ視点)

「……知り合い……だったんだな……」

さんは死んだラーハルトの手を握ったまま俯いて、小さく頷いた。この人が泣いた所を見るのは初めてで気まずい。別にオレが泣かせたわけじゃねえけど、オ レ達が戦いに巻き込みさえしなければこの年上の綺麗な人は泣かずに済んだのかもしれない。声をかけられなくて居たたまれずにいると、 ヒュンケルが1人で歩き出した。

「行くぞ」
「お、おい!」
「……弔いは後だ」
「そりゃそうだけどよぉッ!」

お前、空気読めよ。 さん泣いてんだぞ。この人はオレ達ほど強くねえのに、オレ達を助けようとして知り合いだったやつと戦うことになっちまって、その上そいつを目の前で亡く しちまって、今一番傷ついてんだ。言いたいことが浮かんでは消えて、ぶん殴ってやりたいのに体力が無くて、どうにもできずにオレが睨 みつけるだけに留めていると、ヒュンケルは さんに声をかけた。

「ここで待っていろ…足手纏いになる」
「んな言い方……!」
「――いいの。ポップ」
「けどよぉっ!」

さんは大きく一つ深呼吸をして、涙を拭ってゆっくりと立ち上がった。

「……大丈夫。行くよ、私もダイのことが心配」

涙の跡の残る頬は少し赤くて声も鼻声だけど、 さんは微笑んでいた。オレとヒュンケルに回復呪文をかけて、回復がある程度終わった頃には、 さんの頬の赤みも引いていた。

自分だって結構ラーハルトの野郎にやられた傷があるはずなのに、 さんは一切そんな素振りを見せない。さっきまで泣いてたくせに切り替えの早さは大人の女の人のそれだ。
さりげなく自分の回復を済ませた さんは、行こう、とオレの背中を押した。

わかった。この人、ポーカーフェイスが得意なだけの、優しい女の人だ。
頼りになるし、すげえ安定感あるけど、多分周囲が思ってる以上に我慢しちゃうタイプってやつ。

ヒュンケルが木々を掻き分けて道を作って、オレと さんがそれに続く。
テランの城にはほんの十数分で着く。

「…… さんさ」
「んー?」
「こっから先は危険度10倍以上だ。ほんとに待っててもいいんだぜ?」

ていうかもう来なくていいよ。これ以上あんたに悲しい思いして欲しくねえんだよ。今だって泣きたいの我慢して笑ってるくせに、これ 以上誰かが死んだりしちまったら。
イヤな予感がしてオレが最後の確認のつもりで口にした提案を さんは拒否した。

「ううん。行かなきゃ……死んだ彼に申し訳ないと思うから」

さんははっきりと自分の意思を口にして、前を歩くヒュンケルを見る。正確にはヒュンケルの鎧を見たんだと思う。そして思い出したように左耳にピアスをつ けた。

「それ……」
「守ってくれるよ。きっと」

経緯は知らないけど、 さんの左耳で揺れるピアスはラーハルトが拾って さんに返したものらしい。なら、守ってくれるってのは、ついさっき逝ったラーハルトの魂なんだろう。前を見据えた さんの横顔は、泣いていた事なんてわからないくらい凛としていた。


ダイをバランの手に渡さない。


その為に、この人は傷ついた心を癒す間もなくオレ達に協力してくれるんだ。
だったらオレ達は、何がなんでもバランの野郎を止めなきゃならない。
ダイのためにも、オレ達自身のためにも、そして、この年上の綺麗な人のためにも。



(夢主視点)

テラン城に到着すると、レオナ姫に向かって雷が落ちそうになっていた。ヒュンケルが素早く槍を投げて阻止し、ポップがバランに竜騎衆 を倒したことと、ラーハルトの鎧を継いだ経緯も伝えた。クロコダインは何故か私が増えていることに驚いていたけど、説明できる状況 じゃない。バランの攻撃はよほど凄まじかったらしい、鋼鉄以上に硬いクロコダインの身体が既にボロボロだ。

バランは自分自身の抱える矛盾を指摘したヒュンケルに言った。人の心を捨てて、野獣になると。

「やめて……もう沢山……!!」

魔獣の姿に変異してポップの肩を打ち抜き、ヒュンケルに凄まじい攻撃を加えて、クロコダインの体を素手で貫いて、暴れ放題のバラン は正に野獣だ。慟哭が聞こえるようだ。魔人と成り果てた姿は大切なものを失くして彷徨い当り散らす獣そのものだった。怖いけれど哀し い。
狂うほど妻を愛していたのなら、どうして彼女が命を懸けてまで彼を守ったのか理解できないんだろう。

こちらを睨みつける眼光は殺気立ち、血走って怒りで空気が渦を巻くようだ。それなのに哀愁を感じてしまうのは彼の過去をラーハルト から聞いたから。強大で恐ろしい力を奮っているのになんて哀れな人だろう。かつてのヒュンケルがそうだった様に、心の傷が膿んで腫れ 上がってしまっているんだ。

「ほんとはわかってるんでしょ?こんな事を続けたってソアラさんは戻ってこない…」
「黙れ女…!!」
「ソアラさんが誰の幸せを願って死んだのか、誰よりも彼女を愛してたならわからない筈がない!」
「貴様如きがソアラの名を口にするなァッ!!」
「あうっ!」

腕を掴んで投げ飛ばされて城壁に背中から叩きつけられ、痛みで意識が飛びそうになる。

!!やめろ、これ以上ヤツを怒らせるんじゃない!」
「い、嫌…!」

クロコダインが私の言葉を止めようとする。でも見ていられないんだ。ラーハルトの時と同じ、弱いくせに馬鹿なことしてるって自覚は あるよ、ちくしょう。だけどこんな状況じゃあ、言いたいこと言ってやるって気分になる。

「…私も同じ女だからわかる。あんたの愛した人は、世界で一番惚れた男と子供のために、命懸けで愛を証明してみせた強い女だった。 親も国も捨ててあんたへの愛を示した。誰にでもできる事じゃない…!」
「……!」

人の悪口で盛り上がる意地悪な人、自分の利益のために生きる金持ち、脅威から目を背けて強い者に媚びうる臆病者、魔族を差別する人 も人間しか受け入られない人も沢山いる。魔物なんかいなくなっちゃえって思ってる人間だっているだろう。

でもヒュンケルがバランに言ったとおり、人間全てがそうではない。彼がしていることは大切な人を失った悲しみを周囲に当り散らして いるだけの暴力だ。

「人の心を捨てるって言ったよね……できてないじゃない。今だってあんたの行動原理は全部ソアラさんを奪ったもの達への憎しみで しょ。それを人の心でなくてなんだって言うの」
「ぐ…!」
「あんたなんかよりも、ソアラさんの方がずっと……!」
「やめろ !!」

形振り構わずに叫んで滑り出しそうになった言葉はヒュンケルに羽交い絞めにされて止まった。傷を負った腕に抱えられてバランから引 き離される。

「これ以上ヤツを刺激するんじゃない!殺されるぞ!!」
「って……だってこんなのおかしい…ッ!」

バランの怒りの根源とダイの問題は繋がっているようで別だ。バランはソアラさんを失くした悲しみから、人間全てを敵と見なしてい る。ダイがどうこう、ではない。彼の中で、ダイの存在はソアラさんの面影を繋ぐだけのものに過ぎない。だから無理矢理言う事を聞かせ ようとして記憶を奪ったりなんか出来るんだ。

じゃあダイは、何のために生まれてきた?ポップによるとバランは会うなりダイに魔王軍の仲間になれと言ったらしい。子供が初めて会 う自分の父親にいきなりそんな言葉をかけられて傷つかないわけがない。愛し合った二人の間に生まれたはずなのに、母親を失くして父親 からも優しくしてもらえないなんて酷すぎる。

皆ちゃんとそこをわかっているんだろうか。ダイとバランの問題は別なんだ。リンクしているけれど、根本的な問題はバランが悲しみを 受け止め切れなかった事。彼が悲しみに自分で折り合いをつけて前向きに歩もうとしていれば悲劇は起きなかった。ダイを連れて行く な、ってだけじゃ駄目だ。
このままじゃバランの中のダイの存在意義は変わらず平行線のまま、あの子はきっと不幸になる。

昔の、私のように。

ポップがバランにメガンテをかけて死んで、引き換えにダイの記憶が戻る。めちゃくちゃだ。最悪だ。

「ポップ!!ごめん!!ごめんよぉ〜〜〜っ!!」

涙を流して叫ぶダイを見ているのが辛くて顔を背けた。もう、涙も声も出ない。
ポップの死体は地面に力なく横たわっている。

人が死にすぎだ。こんなの悲劇どころか惨劇じゃないか。たった一人の女性の愛がこの惨状を生んでいるのだと思うと、やりきれなくて 堪らない。ヒュンケルの手を掴んで握り締めてホイミをかけた。

「!な…」
「ダイをお願い……私はポップのところに行く」

魔法力が尽きかけているので大した回復は出来なかったけど、動くことくらいならできるだろう。元々タフなヤツだから、戦いは彼とク ロコダインに任せるしかない。私は今できることをやる。

ポップの近くまで這いずって行き、自分に少しだけホイミをかけて起き上がり、ポップの心臓の音を聞く。認めたくなかったけれど、や はり彼の心臓は沈黙している。当然呼吸もない。ただ外傷はそれほど無いように思える。
うろ覚えの心配蘇生法でも試す価値はある。胸の真ん中に両手を当てて胸骨圧迫を繰り返す。確か2、30回押すはずだ。

「ポップ!!…起きて!…息しなさい…!!」

私が心肺蘇生術を行っていると、レオナがやってきて代わるように言った。彼女は蘇生魔法を試すという。但し、熟練の僧侶でも成功率 は50%以下しかないらしい。可能性があるのなら躊躇っている暇は無かった。レオナにポップの蘇生を任せてクロコダインの所に移動し て、ヒュンケルと同じくホイミをかけると、クロコダインがヒュンケルを上空高く飛ばして、武器を失ったダイに剣を渡した。

バランとダイの剣が激しくぶつかり合い、バランの剣が折れて、二人は地面に墜落した。再び立とうとしたダイの手から、握っていた剣 がぼろぼろと崩れていく。これでもう武器は無い。まだやる気なのかと思いきや、バランは
ポップに竜の血というものを与えて去っていった。

夕日に消えるバランを、ダイはじっと見つめていた。