(夢主視点) 目の前で知人が死ぬ。 バランとの戦いを終えた後、ベンガーナに待たせている対策チームのことも思い出して、一度帰って状況を掻い摘んで説明し、大まかな指示だけ飛ばして仕事に戻ってもらった。ついでに服やら何やら手に入れてテランのダイ達の援助をした。 休むとラーハルトの最期が思い出されて辛くて、ひたすらに動き回った。手の中で失われていく熱や、何もできずに死にゆく姿を見ている事しかできない絶望を思い出すのが怖かった。仲間を嫌いになんてなっていない。けれど傍に居ると生々しい記憶が蘇って精神的に参ってしまいそうだったから、「家主が厳しい」なんて適当にこじつけて、逃げるようにロンさんの家に戻った。 「ただいま帰りました……」 戻れば聞き慣れたロンさんの怒声。気遣われすらしないのが逆に気楽だった。泣く泣く食事を作り、食べ終えて、片づけまで終らせ、ベッドに倒れこんだところで私の意識は完全にブラックアウトした。眠りに落ちる前、左耳のピアスがランタンの明かりを乱反射してレンガの壁にゆらゆら揺れていたのが見えた。
パプニカの城下町は徐々に復旧しており人々が街に戻り始めている。かつて破壊した家々を眼下にして物思うように遠くを見つめているのは、ダイ達の兄弟子であるヒュンケルだ。 「溜息なんぞついてどうした」 この男の懸念といえば大きく考えて三つだろう。 「のことか」 心に想う女性のこと。この無口な戦士は、戦いの最中ともなれば鬼神の如き強さを発揮し、ダイ達の前でこそ感情を押し殺して冷静に振舞うのだが、こと意中の女性に関しては驚くほどわかりやすい。故にヤツの考えは大方読める。 「ウム、オレも気になっていた……無理をしているようだったな」 10日ほど前に一度は我々と別れただったが、何の因果か再びバランとの戦いの際に再会する事になり、共に激戦を潜り抜けることになった。話によると、ダイ達が襲撃を受けたというベンガーナで復興対策の仕事を任されてしまい、あの時も竜騎衆の一人を追いかけて様子を見に来た所ポップとヒュンケルに遭遇したという。 彼らから事情を聞いた彼女は、戦いの面は力及ばぬものの、深い愛情と強い意思を持ってバランの説得に協力してくれた。竜魔人と化したバランを前にして、涙を流しながらバランの妻の愛を説き、決然と向き合っていた姿は目に焼きついている。 ヒュンケルが傍に立てかけた魔槍を見つめて言った。 「――はこの鎧の持ち主と面識があったらしい」 心の優しい彼女のことだ。知り合いを目の前で失って深く傷ついただろう。ポップが死んだ際にも、涙を堪えて骸を揺らし蘇生を試みていた。あの後、オレ達の回復のためレオナ姫とメルルを手伝った彼女はまるで何かに追われる様に一度も休まず動いていた。休ませようと思い声をかけたらかけたで、「家主が厳しいから帰る」と言って風のように去ってしまったのだ。 聞くところによれば彼女はまだベンガーナで忙しく働いているという。三賢者の一人のマリンがベンガーナで彼女と関わることがあり、先日様子を伝えてくれたのだ。仕事ぶりは中々のもので、ベンガーナでは市民からも信頼を寄せられているとのことだ。但し、やはり働きすぎている印象も見受けられる。 「自分を追い詰めすぎないといいが……」 オレの言葉にヒュンケルは無言で目を逸らした。出来るものならそうしている、とでも言いたげだ。バランに情熱的に愛を説いた美しい踊り子は、仲間の男の心も知らず、離れた場所で今日も仕事に勤しんでいるのだろう。
ベンガーナが最初に襲われた日に買った靴を履いて出かける。染色した革でできた、藍色が美しいメリージェーン…アンクルストラップのハイヒールだ。ベルトに一つ、水晶石がきらりと光っている。丸いラウンド・トゥの形が気に入って買ったんだった。12センチのヒールが気持ちを引き締めさせてくれる。 今日はいつものブーツは履かない。ただの人間として行きたい場所がある。 森の中の開けた場所、そこでヒュンケルと戦ってラーハルトは死んだ。あれから弔いにすら行けないままに時間が過ぎて、初日を逃してからは彼の遺体がどうなっているのか見に行くのも怖くて来られなかった。 「……消えてる…」 深呼吸して彼の死んだ場所に向かうも、そこに遺体は無かった。花束を持ったまま周囲を見回してみれば、他の2名の死体も消えている。獣にでも食べられたのかと嫌な想像が一瞬脳裏を過ぎって、頭を振る。きっとバランか他の誰かが埋葬したんだ。込み上げる吐き気を堪えて、彼を看取った場所に立った。 花束を置いて目を閉じる。 滲んだ涙を拭って息を深く吸い込む。涙が数滴、地面に落ちて土の中に吸い込まれていく。ごめんね泣き虫で。私の涙の数よりずっと、貴方は苦しい思いをして沢山涙を流して、辛い過去を乗り越えたんだろうに。でも強くなるから。意地でも生き延びてみせるから見守ってて欲しい。 「貴方ほどは強くなれないかもしれないけど…頑張るから」 3歩下がって、後ろの地面をバギでならして平坦にする。バレエのポーズをとって、3秒。踊るのはレクイエム、死者に捧げる舞のソロパート。高校最後のオーディションで踊った曲だ。私にとっても思い入れの深い振り付けだった。踊りじゃ彼の魂は鎮まらないだろうけれど、私には自分の感情を表現するのに涙と言葉だけじゃ足りない。 くるくるくるくる、世界が回る。私はまだ生きている。 強くなる。なってみせる。骨が何本折れようと、心だけは折らせやしない。 青いハイヒールがターンにあわせて弧を描いた。ピアスがしゃらりと揺れて鳴る。静かな森にはオーディエンスは居ない。自己満足だという事もわかっている。だけど今だけ、自分の気持ちを全部爆発させて踊りたい。 世界は残酷で、綺麗で、意地悪で、女一人が意地張っても大して影響なんか無い。 だからこそ、美しくいてみせてやる。 悲しみはここに全部置いて、すべきことは前に進む事だけ。
「……もう一遍言ってみろ。」 家に帰った私の言葉を聞いて、ロンさんが眉を顰めた。2割増で機嫌が悪いのは食事の時間が遅くなったからじゃない。さきほど私の口から出た言葉に、明らかにイラついている。 「私をもっと強くしてください」 そう、彼は手加減している。無慈悲に無情にハードな修行をつけてはいるけれど、ロンさんは私に大いなる手加減をしている。ラーハルトと戦ってわかった、彼が私をただ動けなくするだけの攻撃に留めていたこと。槍という武器を使う彼なのに、刃だけは最後まで向けてこなかった。あの時負わされた怪我は全部打撲だけだった。殺意が無い攻撃を食らって理解できた。甘やかされていたってことに。 「はん。こんな辺鄙な田舎で強くなってどうするつもりだ」 酒瓶をテーブルにゴン、と置いて足を組み、ロンさんが挑発的に見返してくる。炉の火に照らされた鋭い眼光の中に、こちらの本心を探るような威圧感がある。 「この靴に恥じない主になりたいんです。もっと綺麗に、誰にも負けない強さを持って」 小さな木の台にブーツを履いた片足を立ててロンさんの眼をじっと見つめ返す。ブーツの魔法石が私の意思に呼応するように光った。私とブーツを交互に見ると、ロンさんは鼻を鳴らした。 「…………ガキが一丁前に吼えやがる」 憎まれ口を叩きながら酒を一口飲んでニヤリと笑ったロンさんは、うっかり惚れそうなくらい渋くて悪そうな男の顔をしている。 「鼻の骨くらいは覚悟しておけ」 翌日朝イチで鎖骨を折って仕事中までベホイミで治療するハメになった。 |