(ヒュンケル視点)
アバンの書を読み込んだ後、パプニカの周辺で修行を始めた。魔王軍の襲撃に備えて街に残るべきなのだろうが、自身の槍術を磨かなければ誰も守れない。バランとの戦いでオレは力なき者は何も守れないのだと痛感した。
真の平和を得るためには、あのバランすら止められるほどにまで己を磨き上げなければならない。
オレは結局、自分一人の力ではラーハルトの最後の願いを叶えてやれなかった。戦士として十分な働きが出来なかった無力な自分が歯痒い。
オレに力があれば、逝った友も止めることが出来たかもしれない。オレを庇ってラーハルトと対峙したの姿を思い出す。彼女にあれほどの動きが出来るとは思っていなかったが、力の差は歴然としており、戦いはラーハルトの勝利以外に無かった。しかし彼女は判っていても挑むのをやめなかった。オレ達を助けるために戦うことを選んだのだ。結果、は傷つき泣いた。
知り合いだった男を目の前で喪って悲しみにくれた。正々堂々と勝負したことに悔いはないが、オレは彼女の心までは守ってやれなかった。巻き込みたくない、笑顔で居てほしいと願っておきながら。
オレとラーハルトの決着が付いた時、は地に伏したあの男のもとに駆け寄った。その事に少なからず衝撃を受け、悲しむ彼女につい酷い言葉をかけてしまった事は後悔している。誇り高く散った男に嫉妬などすべきではないと頭では理解していたのに、オレは彼女を傷つけてばかりだ。
もし命を落としたのが自分だったら、彼女は同じ様に泣いてくれただろうか。
死ぬなと言って、この手を握ってくれるだろうか。
この先の戦いの中でオレが死んだとしたら、この手をあの男にしたように握って泣くだろうか。
「…………」
は本当はあの男を愛していたのではないのか。
だとすれば、あの男を殺したオレを憎んでいないだろうか。
今、何を想っているだろう。
罪人のオレには想う事すら許されるべきではないのに、胸に疼く感情は膨らんでしまう。
愛せもしない人を愛することなど不毛だと理解はしている。
だが、止められないのだ。
一度認識してしまった以上、分不相応だと何度自分自身に言い聞かせてもどうしようもなかった。
想いを伝えようとは思わない。
オレの身勝手な感情で彼女を不幸にしたくない―――けれど。
槍の一閃で砕けた岩が砂煙を舞い上がらせて散った。
まだ足りない。アバン流槍殺法を習得するだけでは十分な力を得たとは言えない。
人々に安然を齎すために戦う力が必要だ。これ以上誰も傷つけぬようにしなければ。
せめて愛しい人の笑顔が曇らずに済むように、力を、この手に。
*
(夢主視点)
ベンガーナの町の復興とロンさんの修行で寝る間も惜しんで自分をいじめ倒していたところ、仕事の面で思いの他高評価を得てしまい、サミットについていくことになった。面倒だしギリギリまで仕事をしていたので船を逃したら、政務官のおじさんからルーラでパプニカに現地集合しろとまで言われたので諦めて来た。
どうやらドラゴンに破壊された区画の整備が予想以上に早く終わったことでベンガーナ王の目に留まってしまったらしい。
優先順にやる事リストアップして行動マニュアル作って段取りやってだけなんだけどな。ベンガーナの文官様方はどうも腰が重いのか、動きが遅くてイライラしたからやる事全部チームで分担してガンガン商人の伝使って勝手に回したら、区画の瓦礫撤去や復旧がたまたま早く進んだだけだ。
数週間ぶりに訪れたパプニカは復興作業が進んでいて、最初に訪れた時には見られなかった白い漆喰の壁が美しい。サミットの会場である大礼拝堂に続く坂道を降りていくと、下から上がってきた軍人――アキームさんというカタブツキャラの人だ――に声をかけられた。
「失礼、殿。陛下はどちらに?」
「先ほど上に上がられましたよ。護衛の近衛兵が一緒です」
王様はもう会議室に入っている。私は王様が連れ回したいから連れて来られただけ。どこの世界でも女を装飾品にしたがる男ってのは権力者ばっかりだ。今だけなら許してやらんでもないけど、魔王軍との戦いが終わったら絶対逃げよう。誰がアクセサリーになんかなるかっつーの。
とは言うものの、外出ってのは悪い気分じゃあない。給金ががっぽり入ったので、欲しかったヘアオイルとボディオイルも購入できたし、少々のお洒落もできるようになった。ロンさんのブーツは万一のために履いて来ているけど、今日は生足じゃなくて黒タイツを下に履いて、上にはかっちりめのショートパンツ。トップスも魔法のビキニだけじゃなくて、百貨店のお気に入りのショップの新作ボレロを羽織っている。忙しい日が続いたからたまにはいいよね。鼻歌を歌いながら坂を下りていくと、ベンガーナの戦車兵の方々からひそひそ声が聞こえてきた。
「あれが白銀の踊り子か……」
「噂どおりの色っぺえ美人だな……へっ、王様に気に入られるわけだぜ」
「おい滅多な子というなよ。聞かれるぞ」
うん、好きに言ってくださって構わない。私も王様が私の実績ではなく見た目を気に入って連れ回しているのはよーくわかってる。目立つ役を得た時に自分の容姿がマイナスに働くことが多いのはこれまでに何度も経験してきた。そりゃ、ぽっと出の小娘が自分達より優遇されてりゃ陰口も叩きたくなるだろう。一々目くじら立てるほどでもないし、言わせとけばいい。
ただその中二病みたいな呼び名はやめてほしいけど。恥ずかしすぎて死にたくなる。ついでに訂正すると私はダンサーであって踊り子ではないつもりだ。ニュアンスの違いを誰か理解してほしい。
「!」
坂道の下から呼ぶ声に気付いて目を向けると、見慣れたピンクのリザードマンがこちらに手を振っていた。傍にはダイとポップ、そして久しぶりに見る顔も居る。
「皆!それにマァムも!」
「久しぶりね、さん!」
二人の下に駆け寄ると、マァムが嬉しそうに飛びついてきた。ああ癒される、女の子の癒し効果って絶大だ。最近知り合った人たちって工業系とガテン系なオッサンとか商人とかばっかりで華がなくてつまんなかったんだよね。
「ん?その格好…」
「あのね!私、武闘家になったのよ!」
「えっ、すごーい!!」
聞けばマァムはバルジ島の戦いの後から暫くロモスで一人で修行していたらしい。それでバランとの戦いの時にいなかったのか。おかしいなーとは思ってたけど、バタバタしてて聞いてる余裕が無かったから今まで知らなかった。それにしてもマァムが武闘家か。純粋に驚いていたらダイが私を見上げて話しかけてきた。
「さんは何してたの?」
「私?ベンガーナで働いてるよ。魔王軍の襲撃対策チームってとこ、なんかリーダーにされちゃってさ」
「リーダーって…さんいつの間にんなことしてたんだよ…」
「んー?2週間前からだけど」
「オレも知らなかったぞ。忙しいとは聞いていたが」
「あはは」
うんあんまり寝てなかった。余計な心配させたくないから言わないけどね。裏方はスケジュールがきついんだよ雑用ばっかだから。
「ところでさっきからネズミちゃんがこっち見てるんだけど、このコどうしたの?」
「ああ、紹介するわね。私の兄弟弟子で空手ねずみのチウよ」
「へえ!カワイイ〜!」
ミ●キーマ●スとはだいぶ見た目が違うけど、ネズミの魔物なのか。毛がもふもふしてそうで可愛い。ゴメちゃんとセットでマスコット的な感じだ。屈んで目線を合わせて挨拶してみた。
「初めまして。私は、よろしくねチウ君!」
「こっ、こちらこそっ!よろしくお願いしますっ!」
ん?なんかこのコさっきから視線が泳いでるし緊張してるのかな。私ってそんなに威圧的?
「さん気をつけろよ。そいつ色目使ってきやがるから」
「キッ、キミッ!なんて事を言うんだっ!」
「そうなの?ぱふぱふしてあげよっか?」
「ぱふっ!!?」
「ぶはっ!!?」
面白くなって言ってみたらチウ君と何故かポップが鼻血を噴いた。ワオ、漫画みたい。
「さんっ!何言ってるのよ!?」
「あっはは冗談に決まってんじゃーん」
「なっなんちゅう小悪魔っ…!!」
「なんでポップまで動揺してるんだよ〜………あ、ところでさん、おれ達これから出かけるんだ」
ダイが鼻を押さえているポップを呆れた様子でじっとり見て、話を切り替えた。ダイの方がポップよりこういう時しっかりしてる。
「どこ行くの?」
「ランカークス村ってところ。ポップの故郷なんだって」
「ダイが探している剣の手がかりがあるみたいなの」
「へえ、ランカークスに?私近くに住んでるよ」
「ええっ!?」
なんだ、ランカークスってポップの故郷だったのか。ならもっと早くに話しちゃえば良かった。
「武器探してるならジャンクさんのトコでしょ。ほら武器屋の…」
「なッ、なんでさんがオレのオヤジの名前知ってんだよぉっ!」
「何でって……え、ポップってジャンクさんとこの家出息子なの!?」
「なっそこまでっ」
「いやあ、うん………」
もういいや、名前出してもこの状況なら許してもらえるだろう。
「ダイが探してる人ってのも、多分うちの家主のことだと思うな」
「えっ…さんの家主さんって…?」
「んー?」
何て言えばいいのか。魔族のシブい飲んだくれ鍛冶屋…違うな。わかり易くいこう。
「鎧の魔剣とか魔槍とか作った鍛冶屋。」
「ま、まさか……ロン・ベルク…!?」
「うん」
早く教えてよー!と何故か怒られた。
えええ私悪くない、ロンさんがオレの名前出すなって言ったんだし!
*
ロンさんはダイの剣を作ってくれる気になったらしい。仕事があるから私は行けなかったけど、代わりに紹介状とパプニカの上物の地酒を一瓶持たせから機嫌は悪くなかったとの事。やっぱあの人は酒で釣るのが一番だ。
ポップ曰くオリハルコン持って行ったらすごいやる気出してくれたそうだ。えええマジでそんなレアなロンさん初めてだよ仕事無かったら行ったのに。王様もなんだよ急に三賢者と連携して会議手伝いって、雑用じゃないか!しかもめっちゃ忙しいし!ベンガーナの商人の伝をうっかりレオナに紹介したのが間違いだった、私これバカンスのつもりだったんですけど…!
「くっ、このまま擦り切れた仕事女で終わるのか私…!」
「だめよ!!気を確かに、あと少しだから!」
「マリン…!そうだね、もう少しだよね!」
両手いっぱいの会議資料を会議室に運んでいると、マリンが同じく両手いっぱいの資料を持って私を励ました。
「これ終わったら二人で一緒にショッピング行こうね!」
「もちろんよ!今の私達に必要なのは男ではなく睡眠時間とストレス発散の場だわ…!!」
互いに彼氏無しで恋人作ってるヒマすらない私達は同志だ。見た目でいらん所から妬まれたり、どうでもいい噂やらを立てられる所も似ていて、ぶっちゃけマリンはダイ達よりずっと私と状況も性格も近い。彼女とは仕事が被るようになってから、忙しい時のスキンケアについて情報交換したりオススメのアクセサリーショップを教え合ったり、久しぶりにガールズトークで盛り上がれた。妹のエイミちゃんはあんまり仕事が被らないからそんなに話せてないけど、年が近いとやっぱり慣れるの早いよね。いい友人が出来た。
そんなこんなで会議も無事始まって、会議室は中々白熱なさっているらしい。うちの王様あんまり現実が見えてないから引っ掻き回しちゃいそうだな。まあその時はその時で、経済的支援だけでもやればいいだろう。ドラゴンの襲撃でも思い知ってくれなかったんだから一度痛い目見ればいい、どうせ上の尻拭いが下の仕事だ。犠牲者が出るかもしれないってこともわかってくれてないんだから、これはもう私個人の力でどうこうできるレベルじゃないし。
本当はちゃんと目を開いて魔王軍に向き合ってほしいって思ってる。だってドラゴンの襲撃で亡くなった人達をあの王様は知らないままだ。でもそれを言える発言力がない以上、口に出すことは出来ない。
会議室の外でふと海を見ると、随分と濃い霧が出ている。陸上の天気は晴れていて気持ちが良いのに、海上は変な天候だ。
休憩に散歩でも行こうかと思って礼拝堂の階段を下りようとした時、突然轟音が港から響いてきた。
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