巨人がベンガーナの軍艦を鷲掴みにしている。目の前で起こっていることを頭で理解しても、飲み込むのに時間がかかった。なんだあれ、なんだあれなんだあれ!軍艦の中には船員たちがいた筈だ。どうなったかなんて想像したくない。けれど目の前では確かに惨劇が起きている。

アキームさんが王の命令を受けて軍隊を率いて出陣しようとする。正気じゃない。あんな巨人、戦車砲程度でどうにかなるわけない。この世界にアメリカンなSF映画に出てくる超巨大UFOとか吹っ飛ばせるくらいのミサイルがあるなら話は別だけど、そんなもの無いんだから。

「アキームさん!」
殿は陛下をお守りください。我々は砲撃を!」
「!……気をつけて…!」

無理だ。この人も理解できてない。いや、理解できたとしても彼の性格じゃ聞かないだろう。故郷に家族がいるんだからもっと自分を大事にしてほしいけど、今そんなこと議論している場合じゃない。
無礼を承知で会議室に飛び込んで、自分の軍隊の強さを信じている王様に駆け寄った。砲台が火を噴いて、砲弾が巨人に当たるも、メルルちゃんが真っ青な顔で首を振った。彼女の言葉通り、吹き飛んだ岩はただの巨人の上っ面。岩で覆われた城の巨人が姿を現して、王様の顔から血の気が引いた。

「陛下、窓から離れてください。狙い撃ちされちゃいます」
!ワ…ワシの軍が!軍が!」

現実を受け入れられずに慌てふためく王様を宥めつつ、外を見れば魔物の大群が城の巨人から飛び出してきているのが見えた。まずい。ポップ達が戻ってきて食い止めようとしているけれど、あれじゃあまりにも数が多すぎる。

「仕方ない……陛下、私も周囲のモンスターを排除しに行きます」
「何を言っておる!お主のような踊り子に戦いなどできるかっ!」
「…あの。」

前々から思っていたが、よしこれを機にはっきり言おう。

「あんまり見くびらないでくださいます?」






ブーツで外に飛び立つと、下から後退中のベンガーナ兵の声が聞こえた。

殿!!」
「おい見ろ!白銀の踊り子だ!」
「マジかよ…あの子戦えるのか…!?」
「……はぁ…」

気が散るし恥ずかしいし、何度も言うがこういう中二病みたいな呼び名好きじゃないんだけど。が、それも今言ってる場合じゃあない、ポップに合流して敵の数と位置を把握する。

「よぉさん!また巻き込まれちまってるな!」
「んー。自分の運のなさを呪いたいわ…」
「ところで白銀の踊り子って何?」
「……その呼び名今度言ったらゲンコツだからね。」

足元で風が渦巻いている。何故このブーツが飛翔呪文ではなく真空呪文で浮いているのか。

答えは、飛翔呪文では飛行しかできないからだ。

ロンさんが言った、こいつは飛行用じゃない、飛行しながら風の威力で敵を攻撃できる武器だと。
だからコントロールが難しくてこれまで誰も履けなかった。体幹とバランス感覚を鍛えていなければ、風を操りながらブーツの浮力を制御できない。

誰かの言葉を思い出す。

“良い靴を履きなさい。良い靴は履き主を良い場所に連れて行ってくれる”

これが真実だとしたら、私にしか履けないこのブーツ…魔翔脚は、果たして私をどこまで連れて行くのだろう。

ドエス鍛冶屋曰く、魔翔脚は自分を美しく華麗に履きこなせる主にしか仕えないという。
人格があるとすれば絶対に女だ。私に“あたしは美しくてパワフル、誰にも負けない”って訴えてる。
踊れなくなったら、立っていられなくなったら、こいつは私を見放す。この靴に見捨てられたら女としても人間としてもダメってことだ。そんな恥ずかしいこと御免こうむる。


「――行くよベイビー。今日もよろしく」


魔法の聖水を一本飲み干して魔法力を回復し、ブーツに魔法力を込めた。オレンジの魔法石がきらきらと輝いて、“いいわ。あんたを運んであげる”って言われてるような気がする。ヒールと手甲が変形して刃になった。地力の低い私の攻撃力を底上げするためにロンさんが改良してくれたのだ。

キン、と刃が煌く。

「メラゾーマ!」

片手から炎を噴射しながら空中を飛び回って、ガス系の魔物が逃げられないように火輪で封じ込めて一気に掻き消す。輪の中から脱出した敵はブレードに火を纏わせて切り裂き燃やし尽くしていく。敵の数が減らないのはあちらの絶対数が大きいからだ。

「キリがないなコレ……!」

魔物を放出してくる本陣を叩かないとどうにもならないのだが、私には流石にあの巨人……城人?をどうこうできる強さは無い。このままでは消耗するだけで、あちらの本陣は無傷のままだ。どうするか、と思案していたら、下で皆が鎧の兵士達に囲まれていた。

「やっば……!」

助けに行かないと、と思ったら、地面が割れて鎧の兵士達が割れ目に落ちて消えた。

「!」

地割れの元を目で辿れば、約二週間ぶりに見る男がいた。

「やかましくて修行に没頭できなくなったんでな……黙らせに来たのさ」

いやいやいや……そこの遅刻男、地割れなんか作るな!土木作業員にあやまれーーー!!





戦力だけならダイの次くらいのヒュンケルも来たし、巨人の動きも一旦止まったので、雑魚を片付けながら民間人の避難を優先していたら、ヒュンケルがミストバーンに高所から落とされた。
そこは猫のように体を回転させるなりしろ!なんて言ってる場合じゃないので文字通り飛んで助けに行く。成人男性の持ち方なんて知らないので、とりあえず背後から両脇を抱えるようにしてキャッチすると、仲間から安堵の声が聞こえた。

「あっぶな!」
「すまん…助かった…!」

こら安心しないでよ、あんた結構重いよ筋肉質だから。私そんなに腕力ないんだってば。
というわけで、キャッチして4秒くらいで急いで降下して勢いつけてクロコダインにぶん投げた。

「クロコダイン受け止めてー!」
「おおう!」

私の手を離れたヒュンケルはクロコダインの太くて逞しい腕ががっちり受け止めてくれた。流石腕力ナンバーワンの熱い男。頼りになるな。

「もうちょっと優しく投げんか…」
「ごめーん!

同い年とはいえヒュンケルと私では体重が違うし鎧と槍の重さもあるし、無理無理そんなリクエストには答えられません。あれ、もしかして怪我してた?なら後で謝っとこう。余裕無くて気遣ってあげられなかったんだよ。





空中の敵を再びやっつけていたら、下がまたごちゃごちゃやっていた。なんだもー、早くやっつけてよ、と思ってたら全員クモの巣にかかっていた。えええどういう状況?皆動けないの!?

「ああ、もう!」

ダイがいない以上、どうにかしないと全滅してしまう。手が空いてるの私しかいないなら私しか助けに行けないってことだよね。後方支援なので本当は前に出ないほうがいいんだけど、四の五の言ってる場合じゃあない。

高く高く上昇して、ブーツに纏わせる呪文を一度消し、真空呪文で周囲の酸素を凝縮、下降して落下速度に上乗せして加速をかける。続いて以前飛竜に一撃入れた時のように、火種をつけて更に加速。ここまでは飛竜に食らわせた技と同じだけど、ロンさんとの修行で完成させた技は改良を重ねてある。

ジェットのように降下しながら膝から下にメラゾーマを纏わせる。呪文を弾く鎧の力を最大限まで高めて肌を防御し、反発した魔法力で真っ赤に燃える魔翔脚。


最大限に攻撃力を上げたヒールの刃が空を走り、一筋の紅い線を描く。
頭から突っ込む前に体を回転させ、全ての威力をヒールに集中させて。

「ムッ…!」


ミストバーンが上空からの攻撃に気付いて伸ばした鋼鉄の指を回転しながら燃え盛るブレードが切り裂く。

「………………!?」

バラバラになった指が宙に舞う。
紅く紅く輝いた両足が、ミストバーンの胸元に見事ヒットする。

「ウオオオオオッッ!!?」
「っしゃアッ!!」

お化けのような体を吹っ飛ばして、私の体はブレーキをかけながら周辺の瓦礫に着地、と思ったら勢い余って突っ込んだ。くそ、足が熱で痺れて痛い。この技ヒットの時の衝撃がきついんだ。髪の毛も焦げたし。これやると風で散った火が髪に巻き込まれて嫌なんだよね、せっかく毎日苦労してケアしてんのに。だから足技にはあんまり使いたくないんだよ火炎系呪文って。

確かに氷系呪文は火事場の処理に役に立つことと、攻撃力が“少し”上がるから多用していた。でも、単純な攻撃力増強をしたいなら火炎系呪文の方が手っ取り早いってのは当然で、さっきだってブレードにはちょいちょい纏わせて使っていた。

ブーツの能力を最大限に利用して風で勢いを増した上、火炎呪文で威力を増したメテオグランデ(命名ロンさん)は、攻撃力ならお墨付きを貰っている。舐めて頂いては困る、私だってちゃあんとレベルアップしてるのだ。尤も、これが成功したのはあっちがこちらを過小評価してたからだけど。

さんっ!!」
「ひええ…ミストバーンをブッ飛ばしちまった…」
「いや、まぐれ。にしても…」

埃を叩き落としながら立ち上がり、改めて確認した惨状に目算で修繕費を見積もる。

「…ざっと見積もって造船に万とんで200、砲台引き上げに100、その他物資、運搬、人件費諸々合わせて800万Gってとこかな」

これ王様の宝物庫全部空けないと回らないんじゃないの。金策大丈夫かな。どうせ私も巻き込まれて仕事することになるんだろうな。知り合いの商人さんに頭下げに駆けずり回らないと。

「そっちのボスに報告上げといてよね。ベンガーナが賠償請求送って来ますって」
「……おのれ…踊り子風情が……!」

再び立ち上がってきたミストバーンは全然ダメージが無さそうだ。おいおいあれで吹っ飛んだだけってどういう事。結構な威力があるはずなんだけど。皆が再び臨戦態勢になったので、私はすぐに断りを入れて離脱して礼拝堂に向かった。

さっきの技が通用するのは奇襲だけ。あれでダメなら私が前線に出ても活躍の場はない。前線は皆に任せて礼拝堂の国王達を避難させるほうが確実だ。巨人が向かう方向の民間人を誘導して避難させながら国王達の所に向かう。

巨人が大礼拝堂の目前に迫り、いよいよダメかと思った時に、ようやくダイが到着した。


ダイの剣が眩い光を放ち巨人を真っ二つに切り裂いた。
轟音と共に崩れていく巨人を見て、ひとまず大きいのが止まったことに安堵する。周辺の民間人はちゃんと避難できていただろうか。ベンガーナの人間も何人か亡くなっているだろうから、後々遺体捜索班も組んでもらわないと。

惨状を見ながら戦闘が収拾したと思われる仲間の所に戻ると、そこにダイとポップの姿は無く、倒れたヒュンケルをクロコダインが抱えていた。

「大丈夫!?」
!」
「ポップが敵を追いかけて飛んでいってしまったの!ダイがそれを追いかけていって……ヒュンケルはダメージが大きすぎて……」

マァムがヒュンケルに回復呪文で応急処置をしながら状況を説明する。倒れたというヒュンケルは心配だけど、マグマの中でも生き延びたやつだし、手当てを受ければ直に動けるような気がする。私はこいつの体のタフさだけは誰よりも信じているつもりだ。

「……オーケイ。最優先で手当てだね。クロコダイン、彼を礼拝堂まで運んで」
「おう。お前はどうする」
「仕事にかかるよ。マァムは私と来て。人命救助を手伝ってほしい」
「わかったわ」

あーあ、バカンスは終わりか。

 

「この靴ちゃんと訴えてる?“私は美人パワフル、あんたには負けない”って」:SA●Cの靴に関する名言。