(夢主視点) とはいえ、最初の指示を細かくしてあったおかげで2日目には怪我人のダイやヒュンケルの顔を見るくらいの時間は出来た。ベンガーナで作った魔王軍の襲撃対策マニュアル持ってきといてよかった。 「ほんっと、あんたたち無茶しすぎ。いのちだいじに、復唱してみ?」 病室に見舞いに行き軽くお説教すると、ダイが申し訳なさそうに眉を下げた。まあこの子は反省しているみたいだしいいや。撫でてあげよう。 「あんまり心配させないでよね」 問題はこっちだ。 「うっ!?」 いきなりの攻撃に何も考えてなかったヒュンケルが驚いて頭を抑える。 「あんたも何で我関せずって顔して起きてんの。寝なきゃだめでしょ」 この野郎すかした顔して何をのたまうか。こちとら昨日から連日徹夜で死にそうに眠いって言うのに、休める時に休まないでどうすんだ。私のバカンスをどうしてくれる。主に魔王軍の所為だけど。 「大体、鎧貫通して胸に穴まで開けられて、なんで動けると思うわけ?普通死ぬって」 うっかりキツめに言ったら機嫌を損ねたような空気を感じたので、咄嗟にかつてモテテクを研究した際に効果が一番高かった必殺のお願いポーズ(商人のオッサンに特に良く効く。胸の前で両手合わせて首傾げるヤツ)をぶっ放してみたところ、流石のヒュンケルもばつが悪くなったのか素直にベッドに横になった。 あんまり抑えつけると意固地になるもんね男って。生い立ち云々を抜きにしてもこのテクは男性全般に対する汎用性が高いことを改めて思い知った。侮れないなー恋愛心理学。 「明後日にはロンさんのところに武器の修復お願いしに行くんだから、ゆっくり身体休めてて」 ったく、しょうがないやつめ。さて仕事仕事! 「ヒュ、ヒュンケル!おれヒュンケルの良い所もっと知ってるよ!」
気分転換に少し散歩でもしようと思い、ダイを起こさないように静かに外に出て、ふと外の倉庫の窓から光が漏れていることに気付いた。 がまだ起きているのか。彼女はオレ達のいる病院の空き倉庫を一時的に借りている。礼拝堂もパプニカ城も怪我人で溢れているため、現場で走り回る彼女にとっては病院の方が位置的に動きやすいのだ、というのは建前で、実際はレオナ姫が彼女のために城に部屋を空けようとしたところ、怪我人を優先して欲しいと彼女に固辞されたため仕方なく病院の空き倉庫を貸したという。我が身を省みず人の為に尽くす行為は美しいが、オレ達に散々寝ろと言っておきながら自分はちっとも休んでいないのだ。気付けば足が向き、倉庫の前に立っていた。 「…」 は倉庫の中でデスクに向き合って書類を読んでいるようだった。入り口から声をかけると、彼女もオレに気づいて羽ペンと書類を置き、中に入るように椅子を用意して促した。いつも緩やかに流れている黒髪は後ろに結わえられており、首筋がしなやかな曲線を描いている。服装も踊り子のものではなく、足首までのズボンにラフなシャツ姿だ。 「どしたの」 がオレに対する態度は何も変わっていない。 「仕事が片付いてからでいいんだが……話がある」 来客用の小さなソファに据わるように促され、言われるままに腰掛けた。室内にはが紙を捲る音とペンを走らせる音が響いている。ランプの光が彼女の頬を照らし、柔らかい光を受けて煌く瞳は真剣そのものだ。 「お待たせ」 デスクに向かっていた椅子をこちらに向けて座り、温かいマグカップをオレに渡しながらが尋ねた。いつの間にか茶を淹れてくれている、さりげない気遣いが嬉しい。だがその優しさを受けるだけの資格がオレにあるとは思えない。 「……ラーハルトのことだ」 マグを傾けたが一瞬動きを止めてこちらに視線を向けた。無言のままマグをテーブルに置き、両手を組んでじっとオレの言葉を待っている。声を出すのが怖いと思うのは初めてだ。永遠にも感じられる沈黙が深夜の倉庫に満ちている。はオレの言葉を促すことも無く静かに瞬きをしている。ランプの火に蛾が触れて燃え落ちた。 「……オレを――………恨んでいるか……?」 沈黙は十数秒だったはずだが、何時間も経った様に感じられた。ゆっくりと言葉を吐き出してを見る。彼女は哀しげに微笑み、首を振った。 「……ううん。一歩間違えばあんたが死んでた」 は再びマグを手に取り、中身を一口飲んで優しい声で話した。 「私だって彼とは深い知り合いじゃなかったよ。一度助けてもらったことがあっただけ…彼を止めたいって思ったのは、もちろんあんたが危なかったってのもあるけど、自分を助けてくれた人が憎しみに生きるのが悲しすぎるって思ったからだし……」 両手でマグを持って語るの目は穏やかで落ち着いている。瞳の向こうに映っているのはあの男の幻影だろうか。そうでないとしたら、何故そんなに哀しそうに微笑むのだろう。 「あんたに恨みなんかないからさ、安心してぐっすり寝てよ。戦士が不眠じゃ困るでしょ」 自分に言い聞かせるように笑顔を作る姿が痛々しい。悲しんでいたのはオレもその場にいたので知っている。何故今更取り繕うのだろう。愛しい人が強がる姿を目の前にして、肩に手を置いて言葉をかけることしかできない自分がもどかしい。 「――……私さ。踊りの仕事してたって話したっけ」 突然違う話を出されて面食らっていると、は勝気な笑みを浮かべてオレを真っ直ぐに見つめ話し始めた。 「ステージに立ってショーが始まれば、足の爪が割れようが親が死のうが誰よりも美しく踊りきるのがプロの仕事。私は自分の居る場所をステージだって思う事にした。だから、絶対に倒れない。ステージで倒れるなんてダンサーの恥だもん」 の細い右手が拳の形を作り、オレの胸にトンと押し付けられた。 「!」 首を傾げてにっこり笑って見せる様のなんと勇ましいことだろう。 「後ろはこっちが支えるから」 は強い。 「……必ず守ってみせる…!」 オレの答えを聞いて、は満足そうに微笑んだ。 |