(夢主視点)
修行最終日の夜、荷物をまとめてロンさんの家を出た。
私は元々裏方色が強いため主力メンバーより先に準備を進めることになっている。明日の朝にはサババ港にベンガーナからの物資が到着す
るので、夜の内にサババに行って明朝のコンテナの荷受けと検収の指揮を取らなきゃいけないのだ。その後皆と合流というスケジュール。
という説明を出発前にしたら、ダイはもちろんだけどヒュンケルが目に見えて寂しそうな顔をした。今までスルーしてたけど好意に気付い
てからは、こいつが駄々漏れだってことが判明した。隠してるつもりなのかなこれ。可愛いやつだなー。誰か言ってあげてよバレてるよっ
て。ちなみにロンさんは既に気付いていたようで、ヒュンケルの寂しそうな様子を見て呆れていた。
あんまりに寂しいオーラを出されても出発しづらいから、ふざけた振りしてダイのついでにヒュンケルの頭を撫でたら今度は照れられた。
うん、可愛いけど面倒臭いな!というのは心の中でのみ叫んでおいた。直接言うとハートが粉々になっちゃうからね。グダグダしてたら結
局どうでも良くなって、何か言いたそうなヒュンケルを放置して出発した。いつまでも待ってたら遅刻しちゃう。
サババ港には実は一度行ったことがある。初めての一人旅で最初にロモス行きの船に乗る時に使った港だ。なのでルーラで行ける。一度も
行ったことが無かったら前夜出発じゃ間に合わなくて、修行を諦めなければいけないところだった。
夜の港は暗闇に灯台とランタンの明かりがちらちらと揺れていて叙情的だ。民族系の歌にでも出てきそうな、まったりとしたいい雰囲気。
船着場の宿舎から漏れるオレンジの光にほっとする。宿舎からは賑やかな笑い声が聞こえた。世界中から集められた協力者達がこの港に泊
まっていると聞いている。確か、中にはマァムがロモスの武術会というのに出た時に勝ち上がってきた戦士達もいるらしい。顔を合わせた
ことは無いが協力してくれる人は大歓迎。裏方には人手が必要なのだ。
「おつかれでーす!ベンガーナの
ですー」
宿舎の扉を開けて中に入ると、屈強な男達の視線が一気に集まった。むさくるしい所ってのは知ってましたとも。
「おおっ!あんたが噂の踊り子かい!」
男衆の中からハゲ頭の天辺が星になっているレスラー系の男性が無駄に大きな声で叫んだ。うん、うるさい所だってのもわかってました。
レスラーさんが大声を出したので、酒を片手にワイワイやっていたオジサンお兄さん方がわっと盛り上がり、一気に取り囲まれた。年頃の
女の子を男で取り囲むのはやめて頂きたいんだけど、悪気はなさそうだから我慢しよう。変なことされたら躊躇い無く氷系呪文だけど。
口々に自己紹介をしてきたので対応していた所、金髪にお髭のダンディーな男性が声をかけてきた。
「勇者殿の仲間だと聞いたが……こんな場所に来ていて良いのか?」
「ええ、私は裏方と後方支援がメインなんで。主力メンバーは明日の朝に砦に集結することになってます」
私の答えに金髪の男性は言葉を詰まらせ、興味津々にこちらに目を向ける他の男性陣とは違い鋭い視線を投げてきた。
「…失礼ながら、私が尋ねたいのはお遊び感覚で首を突っ込まないほうがいいという事だ」
あらま、顔合わせ段階からこうくるか。
黙って話を聞く姿勢を見せると、男性は正直に質問をぶつけてきた。
「貴方は踊り子だと聞いている。職業に貴賎はないが、本当にここの仕事を任せられるのかね?」
なるほど、オーケイそういう事か。
つまりこの踊り子という名称に引っかかっていらっしゃるらしい。確かに踊り子って聞くだけなら賑やかしの女の子を連想するもんね。そ
れが現場監督じみた仕事を任されて派遣されたんだから困惑もする。よってこれは私にとっては予想の範囲内の反応だ。
「……お名前を伺っても?」
「失礼。ラーバだ」
「オーケイ、ラーバさん。貴方の言いたい事はよくわかります」
正面からしっかりと視線を合わせて、可能な限り落ち着いた口調でゆっくりと話す。毛ほどもショックは受けてないけど焦って早口になっ
てはいけない。
「しかし申し訳有りませんが、この場で貴方の満足する答えを返すことはできません。なので評価は明日の私の仕事を見てからにしてくだ
さい。私では力不足だと感じたら率直に言ってくださって結構です」
初対面から失礼とも言える質問をあえてぶつけられるんだから、この人は嘘つけなさそうだ。だからここは、こちらも正直にぶつかるのが
得策と考えて、相手の欲しがっている最低限の返答を出した。
どう出るか。
「………いや。十分だ」
たっぷり数秒間が空いたが、どうやらこの答えで正解だったようだ。彼は理解してくれたらしい。先ほどまでの訝しむような視線は消え、
仲間を迎え入れようとする人間の目になった。
「どうやら貴方という人物を勘違いしていたらしい。謝らせてくれ」
「こちらこそハッキリ言ってもらえて安心しました。明日は気持ちよく仕事できそうです」
差し伸べられた手を取り、硬く握手を交わした。周囲の緊張も解けて空気が良い方向に変わるのが感じられた。
「勇者の勝利のため、我々もできる限りの力を貸すつもりだ。何でも言ってくれ」
「はい!よろしくお願いしますね!」
*
(ポップ視点)
集合場所にダイとヒュンケルの他に一緒に来たのはロン・ベルクさんだけで、てっきり居るものと思っていた顔がいないことに拍子抜けし
た。マァムも同じ感想を抱いたらしく、気球に乗って暫くしてからダイに問いかけた。
「
さんは来ないの?」
「うん。昨日の夜に前夜入りしちゃったんだ」
「そう…」
ははあそれでか、こいつが妙にエイミさんにキツイのは。可哀想にエイミさんも好きでついて来たんだろうに、こりゃあ相手が悪かったと
諦めるしかねえよな。
さんは裏方がメインで、戦闘はどうしても参加せざるを得ない場合にのみ参加することになっている。戦うことは出来るけど、単体の戦力レベルはマァムより
低いからだ。
一撃必殺の大技も使い勝手が悪くて奇襲でしか使えない。それを理解しているから、
さんはベンガーナで出来たコネをフル活用してパプニカと連携し、裏方を全力でやってくれている。いくつもの役割をマルチにこなせる遊撃要員ってことだ。
無理言ってついてきちゃったヒュンケルラブなエイミさんは、あいつのために力になりたくて必死なんだろう。けど、恋敵のはずの
さんはそもそも忙しすぎてエイミさんを認識してないっぽい。それを考えるとエイミさんがちょっと可哀想な気もする。少し前までマァムがヒュンケルを好き
なんだと勘違いしてて焦っていたオレだから、気持ちはよく判る。
せめて
さんがヒュンケルの方を向いてくれてりゃエイミさんだって諦めもつくんだろう。けど話を聞いてる限り、どうもあのお姉様はヒュンケルとは友達以上恋人未
満で、しかも前しか見てない感じだ。仕事で手一杯なのかあえて見ないフリしてんのか。ポーカーフェイスの達人だから普段腹ん中で何考
えてるか判らない所がある。
さっさとくっついてもらった方がオレ的には楽なんだけど。
「砦に着いたら彼女も合流する事になってるわ。そうよね、エイミ」
「はい。それまではサババで積荷の仕分けを担当してくれています」
「仕分けねえ…そんなの他の人間にやらせりゃいいのに」
「あら、優秀だから任せたのよ?彼女が行くとベンガーナ側は何かと融通が利くしね」
「仕分けに?」
「結構大変なんです。積荷が多いと選り分けるのも一苦労ですし」
「ふーん」
エイミさんと姫さんの説明だけじゃダイは良くわかってないらしいけど、なるほどそうか。うちも客商売だったからわかる。荷ってのはそ
の場でしっかり仕分けないとどこかに行っちまったりして後々探すのが大変なんだ。今頃現場じゃ
さんの要領の良さが活かされてるんだろう。
横目でヒュンケルを見ると目が合った。話には入って来なかったけどすっげえ気になるんだろう、こっちの話に聞き耳立てていやがったん
だな。このスカした野郎が判りやすいくらいに
さんの話題になるとそわそわしだすんだから相当だ。まあヒュンケルのヤツはこれまでの人生のほとんどを魔王軍で過ごしたわけだから、下手すりゃこれが初
恋だろうし、こいつが振り回されてんのを見るのも面白いんだけど。
けど、もう恋敵ってんじゃあないんだから、応援してやってもいいかも。
あんまりにも
さんにスルーされすぎてて可哀想な気もするし。
*
(夢主視点)
「はいオッケーイ!それじゃあコンテナに書いてある記号別に格納庫に搬入してくださーい!」
まだ霧の残る早朝から始めた荷卸もようやく終わりを迎え、面倒な検収もあと少しでおしまいだ。積荷の明細を確認しながらリストに
チェックを入れていき、検収が終わった木製のコンテナを格納庫に入れる指示をする。すぐにでも砦に送るものは先出しして別の場所に移
動させてあるので、後は全部搬入するだけだ。
「えーコンテナに書いてある記号が、格納庫の床に書いてありまーす!間違えた所に置かないように気をつけてくださーい!」
声を張り上げないと広い港では指示が届かないので朝から大声を出しっぱなしで喉が痛い。この世界って喉飴とかないのかな、今すごく
欲しい。後で喉に効く薬か何か貰えないか聞いてみよう。
「搬入が終わった班の方ー、配ったリストに書いてある数量をもう一度確認してくださーい!後で私の方でダブルチェックしまーす!たま
にモノが別の所に混ざってますんで注意してー!」
山のように詰まれたコンテナも力自慢の男性達のおかげで次々に格納されていき、この調子だともう20分もあれば方が付きそうだ。昼ま
でかかるかなと思って長めに時間を取ったけど、1時間は短縮できただろうか。
物資を運んできた船の船長がなんとパプニカで全壊した船と同じ船長で、生き延びたからには打倒魔王軍と息巻いて荷下ろしにも協力して
くれたのがありがたかった。けど大丈夫かな、ここ結構危ないと思うんだけど。早めに帰航してもらった方がいい気がする。
作業を効率化するため記号別に分けた班ごとに数量確認のリストを回収し、後は私が漏れがないかチェックを入れておしまい。港の事務室
で書類を確認しているとラーバさんがやってきた。
「こんなに早く終わるとはな」
「ええ、皆さん頑張ってくれましたからね」
「いや君の段取りが良かったのだ。若いのによくやっている」
「ありがとうございます。ここひと月は似たような事ばっかりやってたんで慣れたんですよ」
ほのぼのした雰囲気と一仕事終わった安心感で談笑していると、突然外から轟音が響いてきた。
「!?」
ラーバさんと一緒に外に出ると、フォブスターさんという魔法使いの人が数人の作業員を引き連れて走ってきて叫んだ。
「
殿!埠頭から敵襲ですっ!!」
「…!船員は避難して、貴方は一緒に来てください!!」
ブーツを鎧化して、フォブスターさんを連れて攻撃を受けている方向に向かう。港にはまだ船が停泊している。ベンガーナの船って今年は
厄年なんだろうか、2回も魔王軍に沈められるなんて最悪だ。船長も運が悪すぎる。擦れ違う人たちに避難を呼びかけながら煙を上げてい
る埠頭に到着すると、土煙の中から輝くものが見えた。
「な……あれは……!」
全身銀色の人間……いや、生命体だろうか。だとすればダイを助けたというハドラーの部下で間違いないだろう。
パプニカで聞いたポップの話によると、こいつらは全員オリハルコンでできている。
まず、ここに居るメンバーでは勝ち目はない。一刻も早くダイ達を呼んで来なければみんな殺される。
私達では退却の他に選択肢はない。
「危ないッ!後ろだ!!」
「……!」
誰かの声が聞こえて咄嗟に横に飛び、顔を上げる。巨体の金属人間の腕が数人を巻き込んで跳ね飛ばしている。フォブスターさんが地面に
倒れるのが見えた。
「く…!」
「……おや。運のいいお嬢さんですこと」
マントのように丈の長い衣装に似た装飾の金属人間が口を開いた。声からして女性体らしい。けれどそこには女性らしい優しさは微塵もな
く、冷徹さしか感じられない。ヤバイ、と全身が警鐘を鳴らしている。
敵の動きを見ながらフォブスターさんに駆け寄ってベホイミで回復する。立てるようになればいい。連絡係が必要だ。
「フォブスターさんッ!!砦まで飛んで、ダイ達を呼んできて!!」
「ううっ…し、しかし貴方は…!!」
「回復呪文が使える私が離れたら命に関わる負傷者が出る。ルーラ使えるんでしょ!?早く!!」
「……ッ、すぐに戻る!持ちこたえてくれっ……!!」
フォブスターさんがルーラで飛んだのを確認して、傍に倒れていた人に片っ端からベホイミをかけて避難を促しながらじりじりと後退す
る。敵もこちらの意図を理解したようで、追随をかけてくる。
巨体の金属人間が手当たり次第に腕を振り回し、人も物もめちゃくちゃに破壊していく。
「ダメ!下がって、前に出ないで!!」
「時間稼ぎくらいにはなる!!」
「これ以上好きにはさせねえッ!!」
頑丈さは並以上のラーバさんとレスラーのゴメスさんが制止を振りきり前に出る。仕方ない。
「スクルト!!」
覚えたばっかりの呪文をここで使うことになるとは。けれど気休めでも守備を上げておかないと命を落としかねない。ラーバさんは既に
馬っぽい顔の金属人間の大きな槍で弾き飛ばされて樽に激突し、ゴメスさんも一番人間らしいシェイプの坊主頭の金属人間に殴り飛ばされ
た。もう、立っている人間は私しかいない。
「余所見をしている場合ですか?」
「!!」
突然後ろから聞こえた声に、本能的に左に飛んだ。体勢を立て直して私がいた場所を見ると地面から焼けたような煙が出ている。カンで咄
嗟に避けたけど、もしかして1分持てばいいくらいじゃないの。
「貴方のような女性まで戦闘員に加えるとは……よほど人員不足のようですね」
「生憎私は後方支援でね……今日は搬入作業だったの。仕事増やさないで欲しいんだけど…!」
「なに、仕事などしなくて済みますよ。大人しくしていればね」
「やっぱ、そうきちゃう?」
「……フ……」
金属女の身体の周囲が揺らめき、危険を感じて瓦礫に向かってルーラで飛ぶ。この距離ならトベルーラではなくルーラでないと間に合わな
いと判断したわけだが。
「ニードルサウザンド!!」
カッと強い光が放たれて、右足に強烈な熱を感じる。
かろうじて瓦礫の後ろに隠れることは出来たから体は無事だが、寿命のカウントダウンが一時停止しただけに過ぎないのはわかりきってい
る。
「……ハァッ、ハァッ……!」
「おやまあ、ちょこまかとよく逃げること……」
「くっ…!」
右足の大腿から下が間に合わずに熱傷を食らった。痛みで足が痺れて動かない。さっきですらギリギリだったのに、足を負傷したら次は避
けられない。
身を隠していた瓦礫が吹き飛ばされて、敵が目前に迫ってくる。足を引きずりながら後ずさっても、ゆったりと近づいてくる彼らには何の
意味もない。金属女が動けない私の前に立ち、陽光を反射する顔で冷酷に微笑んだ。
「さあ……今度こそおやすみなさい……!」
だめだ、焼かれる。
覚悟を決めてぎゅっと目を瞑る。
高熱は未だ私の体を焼こうとしない。
「…………?」
恐る恐る目を開けると、誰かが港に降り立っていた。