(夢主視点)


港に降り立ったのは見知らぬ青年で、ノヴァというらしい。おかげで私の寿命は伸びたわけだが、不安なので彼に敵が気を取られている隙にルーラでノヴァのいる方に退避し瓦礫の後ろに身を隠した。これで足を治す時間くらいは稼げるだろうか。不安を抱えながら足を治していると、続いてダイとポップがやってきた。戦闘力なら私とはレベルが違う二人の登場に安堵する。

さん!!」
「遅れてすまねえっ!」
「ダイ、ポップ!…良かった間に合って…!」
「!あいつらよくも…!」

ポップが私の怪我を目にして、敵を睨みつけた。けれどすぐに飛び掛っていかないのは相手のレベルを理解しているからだ。二人の考えを理解していないノヴァという少年が突っ走って、ダイとポップが宥めるも言う事聞かず。

仲裁に入りたいけれど、自分の足を先に治さないと動けない。我慢して見守っているとノヴァが放ったマヒャドが跳ね返されて、ダイとポップの足元が凍り付いてしまった。慌ててメラミをいくつか放ってみたもののすぐには溶けない。ノヴァは体の表面が凍りついた状態で坊主頭の金属人間に担がれている。

坊主頭が少年の体を宙に放り投げて砕こうとした時、最高のタイミングでヒュンケルが最悪の結果を阻止してくれた。続いてクロコダインとマァムが到着して主戦力が全員揃った。ダイとポップの氷もクロコダインが溶かしてくれた。流石は獣王、機転が利く。

こっちの足の怪我も動ける程度にまでは回復できた。完治させるのはこの戦いが終わってからでいい。まずは怪我人を戦場から遠ざけなければならない。

「敵の注意を引き付けて。私は怪我人を退避させにいく」
「ウム、無茶はするな」
「危なくなったらさんも退避してね!」
「うん。皆も気をつけて」

戦いが始まり、双方が一斉にぶつかり合った。巨体をクロコダインが、馬をマァムが、月っぽいのをポップが、坊主をダイが、そして金属女をヒュンケルがそれぞれ相手をする。

こちらはルーラとトベルーラを併用しながら彼らの後ろで怪我人を抱えては退避させ、巻き込まれないように安全を確保。どう考えても今の私が入っていったところで足手纏いにしかならないし仕方ない。様子を見たところどうやら押されているのはこちらだ。何かした方がいいのかと思うものの、私に出来ることは皆の邪魔をしないことくらいしかない。黙って戦況を見守っていると、ポップが全員を呼び戻した。

作戦を変更したらしい。今度は巨体をマァムが、馬をクロコダインが、そして残りの3体をヒュンケルとダイが担当し、ポップが一人で何かをしようとしている。ポップは魔法使いだから、使うとすれば当然魔法だろう。大技だったらヤバイ。誰か巻き込まれないだろうか。急いで戦場に残っている怪我人がいないか確認すると、一人、巻き込まれそうな範囲内に気を失っている人がいた。

既にポップは光の矢のようなものを作り出している。急いでルーラで怪我人の所まで移動して、すぐに安全圏内まで飛んだところで、ポップから退避の指示が出た。怪我人を下ろして後ろを振り返ると巨大な光が金属人間達に向かって放たれた。オリハルコンって呪文は効かないんじゃなかったっけ、と思っていたら、理論は不明だが有効な呪文だったらしい。呪文は効かないと踏んで余裕をこいていた相手の居た場所が綺麗サッパリとくり抜かれたように掻き消されていた。

「…はあ…!?」

敵が跡形もなく消えてしまった。思わず怪我人の応急処置の手を止めて唖然としていると、ダイの喜ぶ声が聞こえた。もしかして今ので勝ったのか。いやいやまさか、でも本当なら喜ばしい、と思っていたのも束の間。

そんな上手い話は無く、なんと敵も敵で力技で巨体が残りの4人を庇って回避したという事が判明した。せっかく仕留めたと思ったのに無茶苦茶な回避の仕方だ。ポップの言う悪には悪のチームワークってのが実に的を得た表現だ。これでまた戦況は戻ってしまったわけだけど、こっちは5人、あっちは4人。少なくとも一人減った分負担は楽になったはず。

熱くなった坊主頭が使えない腕を切り捨ててこちらに戦意を向け、再度戦闘を試みたものの見知らぬ誰かの声によって動きを止めた。何事かと思ってみていたら、空中に人影が突然現れた。角を生やしている黒衣の魔族だ。

「ハドラー!」

誰かが叫んだ。なるほどよく聞く名前だけど顔を見るのは初めてだ、あの男がダイ達の恩師の命を奪った男か。え、めっちゃ強そう。こんなトコに出てこられたらまずいんじゃないの、と思っていたら、ヒュンケルが何かをハドラーに向かって投げた。ブーメランだったらしいそれは男の体をすり抜けてヒュンケルの手に戻る。彼によるとあれは実像ではなく、ホログラム映像らしい。

そんな物あるの、この世界。テクノロジーっぽい用語を久しぶりに聞いた、投影機も何も見当たらない所を見るとあれも魔法か何かで映し出されているんだろうか。こんな高度なプロジェクションマッピングをここで見るとは思わなかった。うっかり、魔法って便利だなあ、なんてどうでもいい事考えちゃった。私の思考がずれている内にハドラーの映像は消え、ハドラー親衛隊なる金属人間達も「この場に自分の力で立っていない者は戦う資格がない」と言い残して姿を消した。

ご丁寧に言われなくても理解している。
私はあんな無茶な戦い方、ついていけない。



(ポップ視点)


戦いが終わって、マァムがさんの怪我人の応急処置を手伝いながら負傷者を回っている。港はあちこち焼けたり破壊されている上に、船まで1隻沈んだけれど、積荷も下ろし終えていたし、船長船員含め全員早い段階で退避できていたので、さん曰く損害としては船だけで済んだ。また怪我人は多いものの死者も出てはいない。人命第一、これだけの被害で済んだなら僥倖だ。

けれどほっとしたのも束の間、今度はチウの姿が見当たらない。方々を探したもののどこにも姿が無い。だめもとでさんにも聞いて見たが返答は皆と同じだった。

「チウ君?さあ見てないけど…どしたの?」
「何処にもいないんだよ。勝手に死の大地に向かっちまったかもしれねえ。あそこはマジでやべえってのに…!」

オレが頭を抱えていると、怪我人の回復を終わらせたさんが立ち上がって腰に手を当てて言った。

「んー…探しに行くなら私も行こうか。怪我してるかもしれないし、こっちの処置はあらかた終わったし…」
「それはできん」

さんの提案を蹴ったのはオレじゃなくてヒュンケルだった。

「危険な場所だ。まだ足の怪我も治っていないお前を連れて行くわけにはいかない…」

ヒュンケルがさんの肩に手を置いて首を振る。が、その目の甘ったるいことと言ったら、思わずクロコダインのおっさんにアイコンタクトで助けを求めてしまったほどだ。おっさんは微笑ましくヒュンケルを見ているけど、周りを巻き込まれちゃ堪らねえ。マァムは完全に温かく見守る姿勢に入っているから止めようともしない。

おいおい二人の世界になりかけてるって。自重してないのは主にヒュンケルの方だけど、さんもどうにかしてくれよ、あんたヒュンケル担当なんだからさ。エイミさんがこの場に居なくて本当に良かった、こんなん見せられたらきついわ。

「……わかった。怪我しないようにね」

さんは暫く何か考えていたみたいだが、あっさり引き下がってくれた。本当はルーラも使える回復要員が居た方が楽にはなるけど、確かに足がまだ完全に治っていないさんじゃ何かあった時に守りきれる自信はない。バラン戦の時は無茶もしてたけど、以降は不利だと判断したらすぐに戦場から退くようになってくれていて助かる。

もう、好きに飛び出して生きて帰れる保証のない戦いになってきているんだ。自分の力を過信しないでサポートに専念してくれる方が回復呪文の使えないオレ達には正直ありがたい。今回だってすぐに帰ってくるとはいえ、敵の本拠地じゃ何があるかわかったもんじゃない。

3人で行くことに決まると、さんはさりげなくおっさんに回復薬を持たせていた。いつの間に用意したのかほんとに周到だ。この年で現場監督じみた仕事まで任されるんだから元々要領が良くて頭の回転が速いんだろう。見た目は派手そうに見えるけど、中身はしっかりしてるし、何より働き者で世話焼きだからヒュンケルもこのギャップにやられちまったのかも。色っぽい小悪魔系美人で仕事も料理も出来て優しいお姉様って男のロマンだもんな。おまけに踊り子って最強だよな、わかるわかる。

に、してもだ。

「オメーな…ちったあ自重しろよな」
「?何の話だ」
「……いいけどよぉ」

とっとと、くっつくのかくっつかないのかハッキリしろよ、じれってえ!
もしかしてさんに男として意識されてないんじゃねーの?
……あれ、それだとオレとこいつって立場一緒……?



(クロコダイン視点)


死の大地でバランと接触し、ヒュンケルが全身全霊をかけてバランを止めてくれた。おかげでバランはオレ達と共闘してくれることになったものの、肝心のヒュンケルは生きているのが不思議な状態にまで激しく傷つき、意識不明の重体になってしまった。止めようが無かった事が悔やまれる。しかしオレの力ではどうにも出来なかった。

とにかく早く手当をしなければ命が危ない。その一心で、バランを連れて砦に戻った。皆の視線がバランに集中している中で、場に居合わせたがポツリと呟いた。

「……誰がやったの。」

静まり返った会議室に質問は良く響いた。

「―――私だ」

対する返答もまた、然り。

何かが切れた音がした。


「……ざッけんなッ!!!」


気がついたらがバランの頬に右ストレートを叩き込んでいた。一気に周囲が慌しくなり、拳を食らったバランは彼女の行動を予測しかねていたのか呆然としている。

殴った拳が真っ赤になっているというのに、は痛む素振りすら見せずに拳を堅く握り締めてバランを睨みつけた。いつもは穏やかに流れている髪が揺らめく様が、今は燃え盛る焔のようだ。正に怒髪天を衝くとはこの事か。彼女がこれほど怒りを顕にした姿を見たことが無かったので対応が遅れた。は完全に我を忘れてブチ切れている。夜叉の如くだ。

「いかん、落ち着け!!」
「やめなさい!!」

オレと姫の制止に、はキッ、とバランを再び睨むと、オレに視線を向けて怒りを含んだ声で叫んだ。

「クロコダイン!!」
「おお、おう」
「ヒュンケルを医務室に連れてって。手も借りるよ、全身治療になるから男手がいる」
「無論だ」
「エイミちゃんとマァム、メルルは水と包帯とタオルを大量に準備して」
「えっ、はいっ!」
「わかったわ!」
さん……」

矢継ぎ早に指示を飛ばしたは、オレがヒュンケルを抱えて医務室に走るのを横目で見送り、初めて聞く低い声で呟いた。

「あいつが死んだら一発じゃ済まさない……!」

殴られたバランはもちろん、誰一人として彼女の指示に反論しなかった。その場にいた全員がとにかくこの場から立ち去ろうと思ってしまうほどの威圧感が非力な女性から発せられていたのだ。渦巻く怒りを溢れさせながら医務室に向かう細い背を追いながら、腕の中で意識を失っている男を見て、思う。
これはこの男にとって喜ばしい反応なのか、と。