(夢主視点)

血で汚れた布を洗って熱湯消毒するようにメルルちゃんに指示をして、無くなった薬草や薬液、包帯の必要数をチェックする。1日目にして早速重傷者が出た。せっかくハドラーの手下との戦いを全員無事に乗り切ったと思ったらコレだ。クロコダインの説明によると、ヒュンケルは単身突入しようとしたバランを止めるために攻撃を受けたという。意味がわからない。おそらく何かのアクシデントが起こったのだろうけど、だからってあんな。

瀕死で帰ってきた姿を見た瞬間ブチ切れてしまった。怪我しないようにって言ったのに何で死にそうになってるんだ。そりゃあ戦地に行けば怪我もするだろうし、死の大地が超危険区域なのも承知している。自分の足で歩ける程度の怪我で済ませて欲しいなんてのが我儘だってこともわかる。だけど。

「……………なんなの、もぉ……!」

苛立ちが治まらない。自分は想像以上にショックを受けている。だめだ仕事に集中しろ、今の私の仕事は使ったアイテムの必要数を数えて手配すること。次は運び込まれた物資の検収、それに調理の指示出しして、手が空いたらヒュンケルの看病。後方支援にグダグダ悩んでるヒマはない。気持ちを切り替えて仕事に専念するんだ。

井戸まで行って洗面器に水を汲んで顔を洗うと、持ち場に戻る際にヒュンケルの病室の前に佇む人物を見つけた。

「……突っ立ってても彼の容態は良くならないけど」
「…………」
「ヒマなら会議に出て。責任の取り方を知らないわけじゃないでしょ」

バランは私の棘しかない言葉に何も言い返そうとはせずにこちらをじっと見返している。なるほど、言われても仕方ないことをやったというのは理解しているのか。

数秒の沈黙の後、バランが口を開いた。

「…私はディーノを愛している。今は息子を信じて力を貸すつもりだ」
「一々言うようなこと?当たり前でしょ、うちの主力の1人を戦線離脱させてくれてんだから」

バランにしてみれば小娘一人にここまで言われたくないと思っているかもしれないが、当然のことをさも重大であるかのように口にしたものだから頭に来てバッサリ切ってしまった。感情的になっているのは自分でもわかっているけど、この男に対して私の対応が辛辣なのはヒュンケルの件だけが原因じゃない。

「――ラーハルトは、」

私の口にした名前に、バランの目がはっとしたように開かれた。

「彼はあんたを誰よりも尊敬してた。彼の遺志を継いだヒュンケルの想いを無駄にしないでほしい」

そう。腹が立って堪らないのは、こんな事になるまで彼の遺志がバランに伝わらなかったことも起因している。私の脳裏には未だに彼の死に顔が焼き付いているのに、おかげで今でも時々夢に見て目が覚めるのに、バランを止めてほしいと願って逝った彼の想いがこんな形でしか伝わらなかったことが悔しいからだ。
彼はバランを尊敬して尊重していて、だからこそヒュンケルにあの鎧を託したのに。

左耳のピアスを触って心を落ち着ける。これ以上感情的になってはいけない。

「…自分の責任を果たして」

何かを言いたげなバランの隣をすり抜けて、下ろしていた髪を纏め上げながら持ち場に向かった。
気休めだけれど、胸の痞えが少しだけ軽くなった気がした。



(マァム視点)

さんがバランを思いっきり殴り飛ばした騒動の後、ヒュンケルの手当てが終わってなんとなくみんなで集まっていると、レオナが溜息をつきながら言った。

「それにしてもびっくりしたわ。乱闘になるかと思っちゃった」
「ほんとだよ。おれ最初にあの人が入ってきた時に色々思ったはずなんだけど、さんのパンチで全部吹っ飛んじゃったもん」
「オレなんてちびるかと思ったぜ…さんってキレると怖ええのな〜」
「治療中もすごかったわよ。静かだったけど全力で怒ってた。メルルなんかすっかり怯えてたんだから」

彼女があんなにも怒った理由は当然ヒュンケルが重傷を負ったことだけど、それにしたって物凄い怒り方だった。怒ってるなんてものじゃない。ポップの表現どおり、キレていたという表現が相応しい。

「ねえねえダイ君。ホントにアレであの二人、恋人同士じゃないわけ?」
「違うよ。修行中に聞いたけど違うってさ」
「はあ!?お前聞いたのかよっ!?」
「うん。ロン・ベルクさんが聞いてこいって言ったから」

ダイの返答に私も驚いた。だって二人は、恋愛に疎い私から見てもとても親密な関係にしか見えない。

「あんなに怒るくらいだから彼女も満更じゃないと思うんだけど…」
「ヒュンケルの野郎は絶対さんのこと好きだろ」
「でも彼女って倍率高いものねえ。兵士の中にもファンがいるみたいだし、男性に好意を寄せられるのには慣れてるんじゃない?」

レオナの言葉にはっとする。そうか、それは大いに有り得るわ。さんに嬉しそうに話しかけている男の人ならこれまでに何度も見た。もちろん彼女は不特定多数の相手に媚びたりしないで上手にかわしているみたいだけど、あれだけ沢山の男の人の目が集中していたらヒュンケルの視線もいつものことに分類されちゃうのかも。それはあまりにも可哀想だわ!ポップも考えは同じなのか、複雑そうな顔をしている。

「「「…………」」」
「決めた。私、ヒュンケルを応援するわ!」
「オレも……なんか哀れになってきた」
「上手くいかないもんよねえ」
「う〜ん…?」

ヒュンケル、大丈夫よ。望みはあるわ。
だから早く目を覚まして、さんは貴方のこと、すっごくすっごく心配しているんだから。



(夢主視点)

ヒュンケルの看護は私とエイミちゃんとメルルちゃんで交代で行っている。今はエイミちゃんが付きっ切りで見ているから、交代までは時間がある。薬液やらはヒュンケルの処置で大分減ったから多めに補充して、いくつか独自に調合した回復薬を作り直しておいた。あいつは回復呪文をほとんど受け付けない状態で動けるはずが無いとわかっているけれど、またやらかす予感がしなくもない。もうやめとけば?って時ほど無茶をする男だから。

「………なにやってんだろ」

私は夢のために生き抜くだけ。生きて帰る方法を探してダンサーになる夢を叶える、そのために戦っていたつもりだった。でも、いつの間にか大事なものが増えて、無くなって。

気を持たせるようなことはしたくないけれど今の彼を放置することは出来ない。すぐに死にそうになるまで走ってしまう危うい人だから、誰かが手綱を引いて、バカなことすんなって言ってあげないと止まらない。
きっと手綱は皆も握ってくれているけど、私が手綱を離したら本当に次こそ死ぬかもしれない。自棄を起こすタイプじゃないが不安がある以上は放り出せない。それに私も、今は彼に死なれたら立てなくなる気がする。

目の前で人が死ぬのはもうごめんだ。血の気が無くなった死に顔は瞼の裏に焼きついて、胸に空いた喪失感はぱっくり傷口が開いたまま、ずっと消えずに残っている。あんなの二度と見たくない。何度夜中に魘されて目が覚めたことだろう。

愛してるんじゃないと思う。でも少し依存している。良くない状態だというのは理解しているけれど、今はこのままが最良だ。やることは一つしかない。後方支援として出来ることを全部やる。皆が戦いたいなら背中を押して、最大限援助する。今の私に出来る事は、皆の勝利のためにとにかく動くことだけ。

集中して仕事を次々にこなしていたらあっという間に交代の時間になった。
病室のドアが少し開いていたので中を覗き込んだら、エイミちゃんが泣きそうな顔でヒュンケルを見つめている。
熱を含んだ眼差しに気付いてしまった。

なんだ。あの子こいつが好きなのか。パプニカに居た時から時々ヒュンケルをチラチラ見ていたからもしかしたらって思ってた。それなら私が相手にしなくてもいいじゃないか。上手く行くかどうかは彼ら次第だけど、私の方には今のところ恋愛感情は無い、はずだ。少なくとも私にその認識は無い。
あいつにとって初恋だとすればしょうがない、初恋ってのは叶わないもんだし。

恋愛なら好きな時にできる。
何もなければ友人のままでいられる。
ずっと優しくしてやれる。
男友達として大切にしていられる。
エイミちゃんならきっと優しく受け止められるだろう。
彼が自分で幸せになれれば、それが一番いい。

永遠の愛なんてもの、私は信じていない。

そうだ、信じてなんかいないもの。

無かったことにして今のままでいればいい。

きっとあいつは私を捕まえようだなんて、思いもしない男だから。



(ヒュンケル視点)

軋む様な体の痛みを押さえ込んで死の大地の対岸に立った。向こう岸までならばキメラの翼で行けるだろうか。場所を思い出すのが難しいが、どうにか合流できるだろう。
不意に背後の気配に気づいて振り向くと、エイミではない人物が岩陰に凭れてこちらを見ていた。

「やっぱ無理矢理出てきた」
「!……追ってきたのか……」
「エイミちゃんが血相変えて飛び出してったからさ」

は肩を竦めて、腕を組みながら親指で後ろを指差した。声が固いのは、彼女もオレが戦地に行くのを是としていないからか。だが仮令相手がであったとしても譲れないものがある。

「…止めないでくれ」

オレには戦いしかない。戦うことでしか、何も返せない男だ。槍を振るって敵を倒せば、その敵が平穏を脅かすことは無くなる。罪を清算できるとは思わないが、皆を守ることができる。大切な人を守れる。戦いでしかオレは自分の存在を勝ち得ないのだ。ならばわかってくれるだろう。

「お前にとっての踊りが、オレにとっての戦いだ。行かせてくれ」
「……困った男だわ、ほんっと……」

は暫くオレの目をじっと見つめていたが、ややあって視線を外し、呆れた様子で腰のポケットから小さな瓶をいくつか取り出すとまとめてオレに手渡した。

「!これは……」
「回復薬。呪文があんまり効かない以上、こういうもので体力だけでも回復するしかないでしょ。ちょっと鎮痛剤と強壮剤も入れてある」

驚いて手の中の瓶を見つめるオレに、どうせ無茶やらかすんだから備えておかないと、とは苦笑した。
本当にどうしようもないオレの性格をわかってくれているのだ。胸が高揚した。

傍にいることは叶わなくとも、一度たりとて友情以外の感情を見せてくれたことはなくとも、オレの心を受け止めてくれる大切な存在。
このようにしか生きられない男なのだと解って背中を押してくれることが、ただ嬉しい。
オレに出来ることはいつだって一つしかないのだから。

「……
「なに」
「ありがとう」

この身が果てるその日まで、正義のために邁進し戦い続ける。
それこそがオレに出来る最大の返礼だ。



(夢主視点)

実は死の大地には休憩の間にトベルーラでこっそり行った。何かあった時にルーラで行けるようにしておくためだ。補充とか色々必要になるかもしれないしね。ちなみに経緯をヒュンケルに話したら嗜めるような視線を向けてきたので、結果オーライでしょと言って黙らせた。そりゃ危険区域ってのはわかってるけど、連れてってもらえるんだから文句言うな。

「すまんが頼む」
「運賃高くつくよ」
「…後で支払う」
「それ無事に戻ってくるって意味?」

半分冗談半分本気で問いかけたら、ヒュンケルは一瞬固まって、すぐにいつものような自信たっぷりの顔つきで私の目を真っ直ぐに見つめて頷いた。

「……必ずお前の元に戻る」

よろしい、信用してあげようじゃないか。今までだってこいつは約束守ってきたんだし。結局エイミちゃんの気持を無視して手を貸した私も同罪なんだし、それなら帰ってくるって言葉だけでもきっちり取ってやらないと。

「オーケイ」

ルーラで死の大地の海岸沿いにヒュンケルを運ぶと、すぐに戦場にヒュンケルが駆けていく。立ってるだけでも辛いはずなんだから歩いていけばいいのに。カッコつけちゃうんだから困ったもんだ。しかしのんびりしている場合じゃない、下手したらこっちにまで流れ弾ならぬ流れ魔法だのが飛んできそうだから、早くこの場を離れよう。どうか死者だけは出ないで欲しい。

ところでさっきの台詞って恋人向けなんだけど。さらっとアプローチして来るなーあいつ。台詞が死亡フラグっぽくてあんまり嬉しくない。黙って戻って来いとだけ言ってやれば良かった。っていうかそもそも恋人ですらないんだけど、どう反応したらよかったのか。嬉しくないわけじゃないけど、少し複雑だ。

「ったく、気障なんだから…」
「ホ〜ントだよねえ」
「!!!」

突如として背後から聞こえた声に咄嗟に距離を取る。

「機械男…!」
「……怖いねェ。勘が鋭すぎる女の子は嫌われるよ…?」
「お生憎様、女のカンってのは万国共通鋭いもんだよ」

ルーラを使おうとして足元の違和感に気付いた。枷が嵌っていた。

「そいつは呪文を封じる効果のある特別製でねェ」
「いつの間に…!」
「美人を殺すのは勿体ないけど…キミにはここで死んでもらう…」
「…っ」
「そうだ。冥土の土産に見せてあげようか」

足かせを外そうとしてもがく私に向かって、死神は仮面に手をかけて素顔をさらした。
グロテスクな機械仕掛けの素顔に背筋が寒くなる。

「…な…何、それ…!?」
「爆弾さ。大地が吹っ飛ぶくらいのね…同じものをハドラー君の体にも植えつけている」
「爆弾…!?」

そんなものをハドラーの身体に。ハドラーと戦っているダイとバランが危ない。鎖ごと断ち切ろうとした私の背に、死神の鎌の柄が容赦なく振り下ろされた。

「あうっ!」
「ダメダメ、これは冥土の土産と言っただろ?」
「……!」

地面に這い蹲った私の背中に死神の足がどっかりと乗る。ウジムシの様に踏まれて情けなくて堪らないのに、どうにもできない無力が悔しい。

「ちゃ〜んと死ななきゃ……ダァ〜メ。」

死刑宣告のような声に心臓が凍りつく。
地面が鳴動して、踏みつけられていた背中が軽くなる。
けれどそれは、見逃されたわけではなく。

凄まじい衝撃波が地面から天に向かって放たれて、私の意識は途切れた。