(夢主視点)

天を突く巨大な高い柱は、私を保護する前に巨大な鳥のような建造物から降って来たらしい。
鳥が何かは判らないけれど、明らかに攻撃だろうから魔王軍か。この攻撃を許してしまっているという事は、皆は負けたか、戦場から離脱したか。どちらにせよ戦況が有利になったとは思えない。

柱の天辺には何があるんだろうか。というか、これもしかして中に魔物とか、いないだろうな。一旦脅威の確認だけしてしまおうと思い、ブーツの真空呪文の風で寒さをガードして近寄る。特に何かが出てくる様子はない。とすれば、上に上るには飛ぶしかなさそうだ。

上昇してぐんぐん天辺に近づくと、赤い魔物が1匹居るのが見えた。幸いこちらには気付いていない様子だ。身を隠すように静かに近づいて、柱の上に少しだけ顔を出すと、背を向けた魔物と、中央に何か光るものが見えた。

「……?」

じっと目を凝らして、ぎょっとした。

「!!」

あれって、死の大地で爆発した爆弾じゃないのか。機械の死神の顔にも仕掛けられていたもの。
しかもこっちはバスケットボール位の大きさがある。慌てて下に戻って柱から距離を取る。
マジか。こんな所で爆発させる気なのか、あれを。

「えげつなっ……大魔王ってえげつなすぎるんじゃないの!?」

急いで皆に知らせに行こうかと思いすぐに方向転換したが、ふと違和感を感じて足を止めた。
ちょっと待て。冷静になれ。見張りはアレをまったく警戒していないじゃないか。つまりアレはまだ爆発しないのではなかろうか。

こんなものを仕掛けておいて、すぐ爆発させない理由はなんだ。もしかして、まだ使う予定がないってことじゃないのか?あの柱は鳥の羽?から降ってきたらしい。一つじゃない可能性もある。

だとすれば、他にもあれを落とすつもりか。そうなるとオーザムなんて氷しかない場所に何のために落としたのか不明だ。大魔王を名乗るくらいの相手なら馬鹿じゃないはずだ、意味のない事はしないだろう。

「……一人で判断しない方が良いか……」

これは最後のカードになるかもしれない。今すぐ皆に知らせても余計な混乱を招いて動きが鈍るだけだ。下手に騒いでこっちの動きが感づかれたら大魔王がこいつを使ってくる危険性がある。まずはロンさんの所に戻って状況を説明して、判れば現在の戦況も聞こう。次にマトリフさんの所に行き見解を聞いて、対策を練るんだ。

幸い私は意識を取り戻したばかりで、誰にも動きを知られていない。このまま生還を隠しておいて爆弾の処理に回ったほうが有利になるだろう。元々私は戦いではほとんど役に立てないんだから、それなら何もしないで待っているよりも爆弾の解除方法を探す方が効率がいい。

ふと年下の仲間たちの顔が脳裏をよぎる。
このまま私が身を隠したままでは心配するだろう。もしかしたら死んだと思って泣かれるかもしれない。
それにヒュンケルも…彼の心も傷つけてしまう。一時的にとはいえ手綱を放してしまう。また無茶なことをやるかもしれない、だけど。


それでも今はこの方法が最善だ。文句は後でいくらでも聞く。なんなら殴っていただいてもいい。

私のやるべき事は決まった。

この爆弾に最速で対処する。


偽勇者達の元に戻ると、魔法使い(まぞっほさんだって。変な名前だなー)の人に話しかけた。

「まぞっほさん。ルーラ使える?」
「へえっ?」
「答えて。ルーラは使える?」
「つ、使えねえよ…なんだってんだよ一体」
「じゃモシャスは」
「それなら、まあ…」

まぞっほさんが頷いた事を確認すると、その手を引いて外に出る。

「じゃあ一緒に来て。手伝って欲しいことがある」
「はあ!?」
「ちょ、ちょっと!アンタそもそも、一体何者なのよぉっ!」

いきなりの展開に戸惑ったずるぼん(僧侶服の人。こっちも変な名前だなー)が私の手を取り引き止めた。
そう言えば自分の身分を明かすのを忘れていた。

「私は。勇者ダイの仲間だよ」



(ポップ視点)


海を漂流していたオレとマァムは、波打ち際で倒れているところを発見されて保護された。姫さんによると、この砦に皆を迎え入れてくれたのはカール王国女王のフローラ様だという。オレ達は4日も漂流していたらしい。ダイやヒュンケルたちの安否については不明。その上さんの行方までわからないそうだ。
最後に彼女の姿を見たのはメルルだった。

「わ、私が見たのはさんがヒュンケルさんを連れて死の大地に向かうところでした。その後は…」

あの日さんはヒュンケルを連れて死の大地に向かった。しかし彼女が砦に戻った姿を誰も見ていない。本来なら持ち場に戻っているはずが、どこを探しても見つからないという。

「…まさか…爆発に巻き込まれて…!」
「可能性はあるわ。こっちに戻る前に敵に捕まったのかもしれないし…」

両手で口元を覆ったマァムに、姫さんが硬い表情で呟いた。
フローラ様は捜索の報告を確認すると目を伏せて告げた。

「仕方ありません。地道に捜索を続けるしかないわ」

オレ達にできることは何も無いと言われた気がした。





病室に戻ると、マァムが不安げに項垂れて深い溜息をついた。

「もし彼女が見つからなかったら…私達、ヒュンケルになんて説明すればいいの…!?」
「マァム」
「彼女の事を聞いたら、ヒュンケルは自分を責めるわ!」

すかした顔の兄弟子を思い出す。さんが自分を死の大地に送った所為で巻き込まれたと知れば、マァムの言うとおり、あいつは間違いなく自責の念に駆られる。死にたいとすら思うかもしれない。オレだって自分の所為でマァムが危険な目に遭ったら同じ事を考える。
だけど、オレにはどうしてもさんが死んだとは考えられない。

「…大丈夫だ。さんなら」
「でも…!」
「見かけによらず、しぶといしよ!前にも似たようなことあったけど無事だったろ?今回だって…必ず生きてるさ」

あの人は同じ過ちを二度繰り返すタイプじゃない。転んでもタダでは起きない人だ。簡単に死ぬとは思えねえ。マァムやヒュンケルほど腕っ節も強くないし魔法だってオレほど使えないが、したたかさだけなら仲間の中でもトップレベルだ。
美人で色っぽい見た目に惑わされて忘れがちだけど(オレも基本は美尻と美脚を見てたから人の事言えねえ)、さんの中身は根性ある男前なお姉様だし。

「ポップ……」
「あの人が何も言わずにいなくなるわけねえ。ダイのように、信じて待とう」
「…うん…!」

マァムは大きく頷いて涙の滲んだ目を拭った。
ダイが発見されたというニュースが飛び込んできたのは、それから3時間後だった。



(夢主視点)

時間は爆発後3日目に遡る。

ずるぼんに指摘されて気付いたが、私のピアスはどういうわけか2つとも不自然に割れ、気に入っていたオレンジの石が砕け散ってしまっていた。せっかくラーハルトが拾ってくれた左耳の分まで割れてしまってショックだ。爆発に巻き込まれた時に衝撃で壊れたんだろうか。残念でならない。

ピアスの件はさておき、あれから私はまぞっほさんを連れて夜中にロンさんの家を尋ねて事情を説明しに行った。ロンさんは皆の敗北を戻ってきたダイの剣と鎧の魔槍から知っていたが、その後の皆の安否については情報を掴んでいなかった。取り急ぎ知っている限りの情報を伝えると、「そいつは厄介だな」と言ってマトリフさんの所に一緒について来てくれた。居心地悪そうなまぞっほさんも強制連行した。


マトリフさんは最初こそ何事かとロンさんを警戒したけれど、私が見たことを全て話すと、病床にいながらも水面下で動くことに賛成してくれた。ついでにここでまぞっほさんがマトリフさんの弟弟子という事実が判明した。え、まぞっほさん、あんたこんなすごい人と兄弟弟子ならもっと頑張れよ、と思ったけど、人生色々あるだろうから黙っておいた。

流石に朝まで話が出来るほど私も体力が残っていなかったので、一度ロンさんの家で寝て、翌朝方針を固めた。まずはまぞっほさんとロンさんを連れて一緒にオーザムに行く。そこでまぞっほさんはモシャスで魔物に化けて爆弾を監視することになっている。爆弾を監視している魔物はロンさんが処理してくれた。

ロンさんはその場で一度黒魔晶の仕組みについて調べてから武器作りに一度戻り、マトリフさんは解除方法を模索。そして私が一人で死の大地周辺を偵察しに行くことになった。まだ何か脅威があるかもしれないからだ。

ルーラで飛べば死の大地にはすぐに着いたが、残っているのは微々たる岩礁だけだった。
海上にあったはずの大地は吹き飛んでいた。ロンさんに確認したとおり、やはり黒の核晶だったらしい。
残骸のように残った岩山がいくつか見えるだけで原型は留めていない。ここにはもう何も無い。

この場所の脅威が無い事が確認できたなら、次に私がするべきことは、あの爆弾が何処に設置されているのかを確認することだ。オーザムで目撃したあの柱のような物体が他にも使用されているなら、最終的に何処にいくつの爆弾が使われるのか確認しなければ。もしかしたら各国の首都に落とされる可能性もある、それなら何も知らない人達を避難させる必要がある。いかん、やること多すぎなんですけど。

「…先に爆弾の場所確認で、解除方法探すか…」

一体いくつ落とすつもりだ。





「あのデカイ柱が落ちたのは現在わかっている場所だけでロモス北西、オーザム、そしてバルジ島だ」

ロンさんの家に戻って死の大地の状態を報告し、再びロンさんと二人でマトリフさんの住む洞窟に行くと、マトリフさんの目の前で、今朝方バルジ島に柱が落ちたとのこと。更に彼の情報によるとロモスにも落ちたらしい。

これで3つの爆弾を地上に仕掛けられたことになる。しかし妙なのは、落ちた柱のどれも人口密集地に落ちているわけではないという事だ。

「ますますわかんない。追い討ちかけてるってカンジが全くしないね…やる気あんのかな」
「やる気も何もねえ。本来大魔王一人居れば地上なんざほぼ壊滅できるんだ。それが面倒だから適当に更地にしちまおうとしているのさ」

地図を壁に広げて、私の手持ちの口紅で落下箇所にバツ印をつけて眺める。ロンさんは場所については特に気にならないのか、酒を煽っている。

「それにしたってわざわざ遠い所に1個ずつやる?だったら主要な都市に落とせば楽じゃない。こんなトライアングルにしなくてもさ。爆弾でお絵かきとかブラックジョークにしてもムカつく」
「―――……!」

両腕を組んで苛立ちながら吐き捨てた私に、横になったまま地図を見ていたマトリフさんが突然振り向いた。

「…ちゃん。今なんつった」
「え?お絵かきとか…」
「そうじゃねえ、その前だ」
「え…と、トライアングル……?」

マトリフさんはトライアングルか、と呟いて、私の手から口紅を取ると、地図に向かい合ってシニカルな笑みを浮かべた。

「………へ、本当にえげつねえよ」
「!あ…」

ベッドから起き上がったマトリフさんが、地図に口紅を滑らせて図形を描いていく。
サーモンピンクのルージュが地図の上を這う。

「――こういうこったろ。」

描き上がった図形を目にして、ロンさんの顔から余裕が消えた。

「!……ハ、…洒落にならんぜ爺さん」
「これって…」


口紅で描かれた図形は三角形を二つ合わせたもの。



六芒星―――ヘキサグラムと呼ばれる図形である。