(夢主視点)

敗北後4日目。
マトリフさんの読みは当たった。翌日パプニカ西部に柱が落ちたからだ。これでバーンの目的は理解できた。ロンさん曰く、地上を丸ごと吹き飛ばすつもりだと言う。

けれど目的がわかったところで爆弾をどうにかしないと話にならない。解除方法を探すには現物を手に入れるしかないが、流石にそれをやるとバーンに多分ばれる。だから代替に黒の核晶を構成している黒魔晶を手に入れて類似したものを作り出す必要があるという。そんなもん何処にあるんですかとロンさんに聞いたら、魔界にしかないという。


詰んだ。


かのように思えたが、可能性は低いが宛がない事もない、と言うので問いただしたところ、ドワーフ達なら黒の核晶の製造法も原料となる黒魔晶も所有しているかもしれないというのだ。

ドワーフって何処に住んでんの、と尋ねたら、ロンさんもわからないらしい。人の少ないところになら居るかもしれない、と言うので仕方なく私は色んな伝承が一番多くて人口の少ないテランを探索して見ることにした。

一人で、だ。

絶対無理だから人海戦術を提案したら大事になってバレるからダメだと却下された。しょうがないから暇してるでろりんとへろへろさんを使って探させているが、あれは多分だめだろう。もう見つけられない気しかしない。無理だって。詰んだってコレ。と文句を言ったら、なら諦めろと言われて悔しかったので結局一人で探している。

しかしテランなんて山と森が9割の国のどこをどう探せっていうのか。端の岬周辺から上空を低めに飛んでみたものの、朝から3時間やっても成果は出ない。当たり前だ、こんな探し方じゃ無理に決まってる。

やり方を変えるか、せめて場所を絞ったほうがいいのかな。でもドワーフの住んでそうな所を聞きに回ってる時間と探すのに使う時間どっちを取ってもリスクしかない。


お昼になっても何の進展もなく、一旦頭を休めて方法を模索しようと思い、テランの森の中に降り立って携帯食で軽めの昼食を取ろうと水場を探していると、森の中から何かの気配がした。

魔物か、動物だろうか。木々の間を何かが動いている。
獣の類なら襲われないようにしなくてはと思い、いつでも動けるように体勢を整えて警戒していると、茂みの中からそれは姿を現した。

「………うそだ。」



(マァム視点)

さんが行方不明になった。爆発に巻き込まれた可能性まであるという。
ポップに励まされて少しだけ心が楽になったけれど、不安は消えたわけじゃない。
ヒュンケルは誰よりも彼女守りたかったはず。なのに彼は敵に囚われていて、彼女は生死すら不明になっている。

最後に彼女に会ったのがヒュンケルなら、さんの行方が解らないことを聞けば深く傷つくだろう。

彼女に何があったのか、誰も知る人はいない。

私達は彼女を巻き込むべきじゃなかった。戦いでは十分な戦力になれないからと言って補助的な部分を任せきりでいた。さんがいつも笑顔でサポートをこなしてしまうから、私達には彼女を危険な目に合わせている自覚が薄かったんだ。私は彼女に甘えていた。

キレイな年上のお姉さん。あんな風に余裕のある女の人になりたいと思った。どこに居ても常に女性として振舞う事を忘れない姿勢は同じ性別を持つものとして尊敬していた。羨ましいとすら、感じていた。憧れていた。

甘い匂いがする艶のある髪に、スベスベの手、優しい目元、潤んだきれいな唇、引き締まった長い脚。高いヒールのブーツを何でもないように履きこなして颯爽と歩く姿が素敵だった。女らしさを詰め込んだような容姿の彼女が、甘ったるく媚びることなく裏方仕事を牽引しているところがカッコよかった。少し派手でオシャレな見た目も、彼女なら許せた。皆と同じように忙しく走り回っているのに、身だしなみに手を抜かないところもすごいと思った。私にとってそれは、一番最初に二の次にしてしまうところだから。

ロモスで同じ船に乗った時、私は彼女に聞いた。
どうしてそんなにキレイでいようとするのかと。
彼女の答えはシンプルだった。

『女なら誰だってキレイでいたいものじゃない?』

さんは言った。ただ自分がそうしていたいから手抜きせずに身だしなみを整えて、いつも自分をキレイに保っていたいんだって。

男の人に注目されたいわけじゃなくて、単純に自分自身が満足を得るためにやっているんだって。そうする事で気持ちが前向きになって余裕が出て、なんでもやれるような気持ちになるって。女を楽しめるうちにやらなきゃ損だって。

美を磨く事をそんな風に捉えている人を初めて知った。

私はいままで、自分を着飾る女性はお金持ちか、好きな男性の気を引きたいんだと思っていた。
事実周囲に居るほとんどの人たちはそうだった。夫が居る人は身だしなみは整えても磨き上げるほどではなく地味にして、未婚の若い女性が着飾って将来の夫を探して。既婚で着飾っている人は貴族だけで、彼女たちは自分で自分を美しくしているのではなく、全部召使さんにやってもらっているだけだ。さんのように自分の為だけに美しさを磨く人は少なかった。目から鱗が落ちるようだった。

彼女は私のように力も強くないし、魔法もポップほどは使えない。それでも私達をいつも支えてくれた大切な仲間だ。私が女としての自分を少し意識できるようになったのも、さんの影響が強い。だからもっと沢山話を聞きたい。私の求めている答えを彼女がくれるかどうかは解らないけれど、彼女なら私が成長できる切欠くれる気がする。

戦いが終わったらこれまで話してみたかった事がいっぱいある。
まだまだ聞いてみたいことがある。

だからどうか、無事でいて。
そして必ず帰ってきて。
貴方の無事を祈っているのはヒュンケルだけじゃないんだから。



(夢主視点)


森の中で佇んでいたのは、確かに死んだはずの男。この世界に来て初めて悔いて嘆いた原因。
もしかして魔法か何かによる幻だろうか。彼は死んだんだ、生き返るはずが無い。
だって私が最期を看取った。

佇んでこちらを見ている男に、一歩近づく。

「…疲れて頭おかしくなっちゃったのかな」

もう一歩。やはり幻覚だろう。彼は動かない。

「じゃなきゃ、こんな、」

更に一歩。手を伸ばせば、届く距離まで近づいた。

「こんなこと……!」

ラーハルトはじっとこちらを見つめて何も言わずにいる。
伸ばした指先が肩に触れ、存在を確かなものにした。

実在している、体温もある。これは幻覚じゃない。
胸が熱くなって込上げるものを止められず衝動的に抱きついたら、男が初めて戸惑ったように息を止めた。

埋葬されたんだと思っていた。
どこかで静かに眠っていて、天国から見守ってくれていると信じていた、信じ込もうとした。
彼の死に恥じないようにと振り返れないまま前進し続けた。ヒュンケルだって想いは同じだったはずだ。

「……お前の頭については知らんが……」

久しぶりだけどよく覚えている声。戻ってきてくれた。ポップみたいにもう一度生き返ったんだ。我慢できなくなって泣き出したら、今度は頭を遠慮がちに撫でられた。子供をあやすみたいな扱いに、不思議とほっとする。

「泣くな…」
「…だって……!」
「……詳しいことは後で話す」

身体を離して呼吸を落ち着けると、ラーハルトが硬い声で尋ねてきた。

「戦いはどうなっている」
「………負けた」
「…バラン様は…!?」

ラーハルトが私の肩を強く掴んだ。指先に込められた力の強さに彼の主への敬愛が感じられる。
しかし答えてあげようにも私にもバランがどうなったのかまでわからない。あの爆発からダイとバランの二人が無事に生き延びたとして、もし助かっていたとしても動ける状態かどうかは不明だ。

「……わからない。まだ完全に情報を把握できてなくて…ごめん」

正直な状況を伝えると、ラーハルトは舌打ちして森の中を一人でずんずんと歩き始めた。

「……ま、待ってよ!」
「放せッ!!」

咄嗟に腕を掴んだが振り払われたので、負けじとこちらも正論をぶつける。

「丸腰で行ってどうすんの!武器がなきゃ戦えないでしょ!?」
「身一つでも構わん」
「バカ言わないで、今度こそ死んじゃう!!」
「はっ。どうせ一度死んだ身だ、死など恐れは……」

売り言葉に買い言葉で返って来た言葉を聞いて、頭に血が昇って、気付いたら右手が思いっきりビンタをぶちかましていた。静かな森に、ぱん、と乾いた音が響いた。

「……やめて」

不意を打たれて叩かれたラーハルトは一瞬唖然とした様子だったが、ヒュンケルよりは立ち直りが早く、ビンタをかました私を心外とばかりに睨んでいる。しかしこちらも退けない。

「一度死んだ身って、なにそれ。だったら何度でも死んでいいってこと!?ふざけないでよ!!」

似たような事を言ってた男はこいつの鎧を受け継いだあいつだ。私が聞きたくない言葉を平然と言ってしまう人。何で戦士ってこうなんだろう。

「みんな大事な人に生きてほしいから戦ってんだよ!それなのに死に急ぐような事言わないで!!」
「ッ…知ったような口を!」
「私はあんたが死んだ時叫びたいくらいショックだった…!!」
「!」

戦士なんて連中はすぐに命を掛けようとして、毎回死にかけて。そりゃ真剣勝負なら死んでしまうことだってあるんだろう。戦いがどういうものかってことくらい十分すぎるほど理解できている。それでも死んでもいいってことにはならない。

「無駄にしないでよ……頼むからもうちょっと、自分を大事にしなさいよ……!」

私は、これ以上友人や知り合いが死ぬのは嫌だ。死に顔を夢に見て真夜中に目覚めるのも、誰かの体温が失われるのを絶望しながら見守るのもごめんだ。叩いた右手はかつて、目の前の彼から消えゆく熱を感じていた。どうして解ってくれないんだろう。

「…………何日も眠れないくらい、キツかったんだから」

喉の奥が詰まったようになる。せっかく泣き止んだのにまた涙が出そうな自分が悔しい。俯いて恨み言をぶつけてやると、ラーハルトはばつの悪そうな表情で目を逸らして黙りこくった。

なんだよ、どいつもこいつも勝手に命を散らそうとして。言い分はわかる。行かないなんて選択肢が無いのもわかる。だけどせめて生還を目標にしてくれたっていいじゃないか。私はそんなに甘いのか。

「っ、行きたきゃ行けば!?」

ちょっとヤケクソになってきて、私の方も明後日の方向を向いて子供みたいな台詞を吐き捨てた。
どうせ何を言っても止まりやしない、こいつもヒュンケルと同じだ、そう思って、

「…………詳細な戦況を教えろ……それと武具を……調達する必要がある」
「……え、」

そう、思っていたけど。

「オレが蘇生した事を知っているのはお前だけだ」

ラーハルトは今度こそしっかりと目を合わせて、私の肩に手を置いた。

「頼む……!」

真剣な眼差しにはっとした。そうだ、言い争っている場合じゃない。今は彼の生還を喜ぶべきだ。自分も少し感情的になって取り乱していたことに気がついて、深呼吸を一つした。

「……私もちょっと言いすぎた…ごめん」

彼もバランのことが心配で神経質になっていただけだ。前に聞いた話によればラーハルトはバランに育てられたのだから、親同然の人の安否を心配するのは当然だ。

「武具なら伝がある。ひとまずそっちに連れてくから、準備が整い次第参戦してくれる?」

謝罪とこれからの方針を口にした私に、ラーハルトはゆっくりと頷いた。
瞳には変わらない強い光が宿っている。

「あとは……」

今更ながら彼の姿をよく見れば、蘇ったばかりだと言うのもあながち嘘ではないらしい。

「何か食べないとね。ひどい顔色してる」

苦笑した私に、彼はまた気まずそうに鼻を鳴らしたのだった。