(夢主視点)
一度ドワーフ探しを中断してラーハルトをロンさんの家に連れて行き、今度は何だと面倒臭そうな顔をしたロンさんを宥めすかして、適当に着替えさせて食事を出した。ラーハルトは最初こそ世話になるのを渋っていたけれど、ロンさんが魔槍を作った張本人だという事を知ると驚いた様子だった。わかるーこんな酒臭い飲んだくれが魔界の名工とか冗談にしか見えないよね。って言ったら地上に住んでたと思ってなかっただけらしい。え、そこ?
「んん。言わないでね今の」
「聞こえてんだよ馬鹿弟子がっ」
「いった!?」
ロンさんが問答無用で私の頭をしばいた。ほんと、この人いい加減に私をレディとして扱ってくれないかな。ぶすくれていたらラーハルトにまで呆れた顔をされた。納得行かない。
ところでラーハルトが蘇ってきたわけだから、魔槍は彼の手に戻る事になる。そうするとヒュンケルの武器が無くなる。これはまずいという事で、ヒュンケルに新しい鎧の魔剣作ってくれない?とロンさんにお願いしたら試作品ベースで改良なら今からでもギリギリ出来るけど材料が足りないといわれた。
「ひとっ走り鉱石を取って来い」
「……ウソでしょ」
「マジだ。材料ナシに作れるか」
「えええ…ちなみにどこ?」
ロンさんの使う鉱石は色々あって、それぞれ採石場が違う。いくつかは私も連れて行かれたが、全て面倒な洞窟だの滝の中だのでろくな目にあった例がない。場所によっては行けないかも知れないと思いながら尋ねると、ロンさんが人の悪い笑みを浮かべた。
「安心しろ。お前が初めて一人で行った場所だ」
「……え。あの山!?」
「中腹の洞窟の中にメタル魔鉱石があるのさ。ブルーメタルも採れたら持って来い、強化に使える」
「ドワーフ探しは!?」
「同時平行だ。今日明日中にドワーフ探して、メタル魔鉱石も砕石してこい。ブルーメタルも採れたら褒めてやる」
「一応きくけど本気で…」
「できなきゃオダブツだな。」
「鬼ーーー!!」
私とロンさんのやりとりを、パン食べてたラーハルトが微妙な顔で見ていたのは言うまでもない。
以上の経緯でドワーフ探しに鉱石採取の任務がプラスされ、TO
DO
リストの達成難度が軽くSSを超えてしまったわけだが達成しないと爆弾処理は出来ない。すなわち決戦に不安を残したままの状況で戦うことになるため、これらは完遂する必要があるわけだ。
キツイ。仲間の所には行けないし、ロンさんもマトリフさんも忙しいし、他に頼れる人も居ない。
というわけで再会して早々に申し訳ないが、ラーハルトに私達の計画を全部話して手伝ってもらうことになった。
すっごい面倒臭そうな顔をされたけど、ダイの為だと言ったら了承してくれたのでよしとする。
それにしても私、運悪すぎないかな。何でこんな役回りばっかり偏るんだろう。自分で首突っ込んで進めてる話だけに抜けられないのもあるけど、それにしたって踏んだり蹴ったりだ。もしかしてヒュンケルの運の悪さが移ったんじゃ…せめて運の悪さと一緒にあいつのチートな不死身スキルも移ってますように。
と、このように嘆いていた私だが、悪いニュースばかりではなかった。
一つ嬉しい情報が飛び込んできたのだ。
「まさか、この山に魔剣の材料があるとはな……」
「私もびっくりだよ。まさかこの周辺にドワーフが住んでるなんて」
私は今、かつてスライディング着地をかました場所で聳え立つ高い岩山を見上げている。ラーハルト曰く、この山にドワーフが住んでいるかもしれないというのだ。
「この地はドラゴンが住むゆえ人間は近づかん。やつらのような存在にとってはちょうどいい住処だ…数年前に一度姿を見かけたことがある」
ドワーフは地下に住むから洞窟を奥深く潜らないといけないとのこと。洞窟で地下かー。地底魔城と違って虫とか出てきそう。虫系は苦手だから追っ払ってねとお願いしたら、馬鹿?って顔をされた。
あの私、一応かよわい女子…だよね。ロンさんもそうだけど魔族系って人間の女をなんだと思ってんだろう。文句言っても無駄だから言わないけど、解せぬ。
「良かったの?魔槍使わなくて」
「…あれは一度あの男に託したものだ。やつと再会した時に返してもらう」
彼が手にしているのは、ロンさんが魔槍のプロトタイプとして昔に作った槍だ。腕に装着できる仕組みになっていて装飾も特にないシンプルなものだが、材料が同じだから槍本体は魔槍と変わらない。元々強い彼が使えば更に強力な武器になるのだから、使い手の実力に拘るロンさんの気持ちもわかる気がした。あの頑固なアル中鍛冶屋は、要するに武器に正しく向き合える使い手が好きなのだ。
洞窟の中はひんやりと冷たくて肌寒い。真っ暗闇だから松明だけでは足元がおぼつかない。
マトリフさんに魔導書を借りて新しく覚えたレミーラを活用して洞窟の中を歩きやすいように照らしながら進んでいると、前を歩くラーハルトが不意に尋ねてきた。
「……一つ聞きたい」
「なに?」
「お前は何のために戦う」
後ろを振り返った彼の視線が射るように私を貫く。協力するに値する人間かどうかを見定めようとしている。
「ダイ様の目的はわかる。ヒュンケルやあの魔法使いも、戦う目的は地上のため……言い換えれば人間のためだ」
「……」
「お前の目的も同じか」
同じ、といえば同じだろう。でも私の場合は根本的な部分が違う。ダイ達のような自己犠牲は全て、誰かのためにしていることだが、私が何故こうしているのかという理由はたった一つのことに帰結する。
「…………夢。」
「夢……?」
「そう。夢を叶えるため」
「人間のためではないのか」
「…自分のためだよ」
元の世界で夢を叶えるため。その為に自分が死んでは意味が無い。だから、自分を助けるためにダイ達の味方について、結果としてそれが地上を守る事に繋がっている。
私の行動原理はいつもそこにしかない。
「たまたま気に入った集団に人間が多くて、たまたま地上が滅亡しそうだって知ったから、腹立って阻止する側に回ってんの。地上更地にされちゃうと夢叶えるどころじゃないでしょ」
自己中心的とすら取られかねない理由だけど、下手な嘘や誤魔化しをしても簡単に見破られてしまう気がして、素直に考えを口にした。
「…不純だと思う?」
「……いや」
ラーハルトはそれ以上は何も追求してこなかった。彼にとって満足の行く答えだったのかどうかはわからないけれど、少なくとも今すぐ見捨てられなければ問題ない。
洞窟の道が開けて、大きな空洞に行き当たった。空洞は地下の奥深くまで続いていて、螺旋状の階段が暗い空洞の壁に沿って底まで伸びている。奈落と呼ぶに相応しい深さだ。
「今日中にクリアできるかな…」
「出来るかどうかではない。やるだけだ」
私の問いにラーハルトは感情もなく答えると足を進め、階段を下っていく。
「行くぞ」
言葉は少なくても、こういう時に頼りがいのあるところはヒュンケルと似ているかもしれない。安否不明なままの同い年の剣士を思い出して地上を見上げた。ここを出る頃には仲間たちの状況も掴めるだろうか。
僅かな期待を胸に抱いて、私もまた階段を一段一段下っていった。
*
(レオナ視点)
破邪の洞窟。古来からカールの森に存在する神秘的な迷宮は、多くの冒険者達を飲み込んできたと言われている。
暗いダンジョンの中を照らす蝋燭は1本目の半分ほどまでに減った。各階が意外と深くて、進むのに時間がかかる。
蝋燭の明かりを頼りに慎重に進んでいると、前を歩いているフローラ様が口を開いた。
「行方不明になっている女性についてだけど…」
「…の事ですか?」
尋ね返したら、フローラ様は微笑んで頷いた。
「ええ。どんな人物なのか聞かせてくれるかしら」
「うーん。ざっくり言うと見た目と中身が一致しない人よねえ?」
「いえっ、あの、私は…」
私に突然話を振られたメルルがおろおろと答え方を迷っている。まあ、今の言い方はちょっぴり語弊があるかも。確かには見た目と中身が一致しない人だけど、いい意味で裏切ってくれるという事で、彼女自身は有能だ。
「踊り子をやっている、とても美人で気さくな女性です。周りを見て動いてくれるので、色々と助けてもらっていました」
マァムが私の代わりにの特徴をあげて説明すると、フローラ様は彼女の「踊り子」という部分に驚いて目を丸くした。彼女の気持ちはわかる。私にとっても踊り子というのは、彼女のように何でもかんでも仕事をやっちゃう人間の事じゃない。そういう意味でもは変わったタイプの踊り子だ。個人的には、ああいう要領が良くて頭のいい女の人はすごく好き。自分ってもの強く持ってるし。
「でもどうして彼女の事を…?」
「貴方達が頼りにしていたみたいだから気になったの。面白そうな人ね」
「ついでに言うと、敵に捕まっているヒュンケルが恋してる相手でもあるわよねえ〜?」
「レ、レオナ!そんなことまで…!」
「まあ」
私が付け加えたゴシップ要素に、フローラ様はマァムに対して、本当なの、と言いたげな目を向けた。
「あの……当人同士はまだそういう関係にはなっていないんですけど、多分…」
「そうだったのね……マァム、それで貴方はあんなに…」
マァムは彼女が行方不明だと聞いた時、誰よりもショックを受けていた。この武闘家のボーイッシュな子は、仲間の中でも特に彼女に懐いていたし、彼女にもらったというハンドクリームを大切に使っていた。の女性らしさに一種の憧れを抱いているところがある。だから彼女の悪い知らせに、ポップよりも強いショックを受けたんだろう。
「もしも彼女が無事なら、一度会って話してみたいわ」
「きっと気に入られますよ。キレイな顔して中身は男っぽいんだから、彼女」
「いいわね。好きよ、そういう子」
フローラ様は悪戯っぽく微笑むと蝋燭を翳した。狭い通路が開けて、大きな階段が見えてくる。
「…11階ね」
「ええ」
私も、とはもっと色んな話をしたい。ヒュンケルとどうなの、とか。ヒュンケルの事ぶっちゃけ好き?とか。彼女はきっとはぐらかすだろうけど、私は誤魔化されやしないわよ。しっかり聞き出してあげるわ!
だから。
どうか、貴方も無事でいて。
*
(夢主視点)
「お疲れーーーー!!」
「うるさい叫ぶな」
「だっておかげさまで今日の最高難度の任務完遂だもの!ありがとー!」
「やかましい…」
「ごめん色々ありすぎて気分がハイなの!」
テンション高めの私をラーハルトがウザそうにあしらう。失礼、でも理解して頂きたい。地上がガチで危機に瀕していることを仲間にも言わずに黙って対処する心労を。難度の高い事ばっかりやらなきゃいけなかったからさん疲れちゃったの。誰か褒めて優しくしてくれないかなーロンさん1ミリも優しくないからな。クロコダインが無事だったら頭撫でてもらおう。私は今すごく年上の包容力に飢えている。
結論から言うと、ドワーフはどうにか見つける事ができた。侵入者だとばかりに警戒して攻撃しようとした彼らを宥めるのには時間がかかったけど、半日粘って誠意を見せたら説得に応じてくれた。どう説得したのかはあんまり思い出したくないが、簡潔に言うと文字通り一肌脱いだ。結果的に、勝手に彼らの住処に人間の立入を禁ずるよう求められたのを了承してしまったので、テランの国王には後でレオナ経由で話を通そう。地上の危機なんだから国の事情とかに構ってる暇は無い。
黒魔晶と黒の核晶の製造方法、ついでにブルーメタルまでちゃっかり貰えたので、これにて本日のミッションコンプリート。偶然だったけどラーハルトが生き返ったところに居合わせて本当に良かった。彼の情報が無ければ無理だった。後はここからロンさんとマトリフさんが解除方法を何処まで見つけられるかにかかっている。
リレミトで洞窟の外に出たら既に夜中だった。洞窟に入ったのが朝だから、丸一日洞窟の中に居たわけだ。ラーハルトが一度自分の家にもどると言うので、彼と別れてロンさんの家から少し離れた場所にルーラで着地する。こんな所に誰も来ないだろうけど、一応私は生存を知られてはまずいので念には念をというわけだ。
そっとロンさんの家に近づくと、家の中から話し声が聞こえてきた。聞き覚えのある、少し年老いた話し方と声。裏口に回って聞き耳を立てていると、誰かが家を出て行った。後姿を盗み見ると、パプニカのバダックさんらしい。
彼の気配が完全に消えた事を確認して、裏口の戸を開けて中に入ると、ロンさんは既に私がいることに気付いていたらしい。汗の滲む顔でこっちを見てにやりと笑った。足元には手甲らしき武具が転がっていて、作業台には斧が置かれている。魔槍とダイの剣は既に完成しているのか、壁に立てかけられている。
「!それ…」
「あの爺さんが他の連中の武器も作ってやってくれというんでな。後は斧と…極秘で改造中の魔剣だけだ」
流石はロンさん、(やれば)できる男。
「手ぶらで帰ってきたわけじゃないだろうな」
「まさか」
成果を見せろといわんばかりに顎をしゃくったロンさんに、ナップザックから取り出した鉱石とブルーメタル、そして黒魔晶を差し出す。それからドワーフに貰った黒魔晶の取扱方法を書いた紙もだ。
「!……でかした。この手順なら半日ありゃあ黒の核晶の試作が出来る」
「ほんと!?」
「多少精製が必要になるが…先にこいつを片付けてやる」
ロンさんはそういうと斧を炉に突っ込んだまま黒魔晶の処理に取り掛かった。
「飯だけ作って待ってろ。精製が終わったらこいつを持ってあの爺さんのところに行きな」
「了解。あと、ラーハルトが明日の朝に服を返しに来るそうです」
「…律儀だなあいつ」
「ね。」
一仕事終えたので、私もロンさんのお言葉に甘えて食事だけ作って体力を回復する。ゆっくり寝る時間は無さそうだから、せめてお風呂に入ろう。短い時間でもお湯に浸かるだけで大分違うはず。徹夜二日目で肌と髪へのダメージは計り知れないけれど、地上が滅びるよりはマシだ。
お風呂から出て、食事をしたりロンさんの作業の手伝いをしていたら黒魔晶の精製が終わった。ロンさんは明日には全ての武器の鍛造・改造を終えて、魔剣だけ置いて砦に向かう手筈になっている。何故魔剣を持っていかないのかというと、魔剣を見られてラーハルトが生還した事がわかったら芋づる式に私のことまでばれそうで危険だからだ。だから魔剣は融通の効く私が運ぶことになっている。
待ったなしの時間との戦いだから、急いで私だけマトリフさんのところに黒の核晶の製造法と精製した材料を持っていき、作業の手伝いに取り掛かる。マトリフさんは身体が弱っているので、指示される事を私が代わりにやるという状態だけれど、魔法力のコントロールは魔翔脚で慣れているのでどうにか上手くできた。
手順通りにサポートをしてもらいながらまずは親指サイズの小さな擬似黒の核晶を造り、雀の涙ほどの魔法力を混めて外で爆発させると砂浜に2メートルはありそうな大穴が開いた。ホイミさえ使えないくらいの僅かな魔法力でコレなら、大魔王の絶大な魔力が詰まったあの爆弾は正に最終兵器に相応しい。
停止させるならヒャドで十分だけど、それでは何れ動き出してしまう問題点があるとか。そのため、解除の方法は破壊でも凍結でもなく、何らかの方法で爆弾に込められた魔法力を放出させてしまうこと。この方法が最も安全という結論に至り、マトリフさんは咳き込みながら本棚を指差した。
「マジャスティスって呪文を探してくれや」
「マジャス…?」
「呪文の効果を消し去る事ができる古代呪文だ。おそらくそいつで魔法力を散らすことができる」
マトリフさんは昔手に入れた魔道書が本棚のどこかにあるはずだと言うので、手当たり次第にソレっぽいものを見つけては抜き出して探すこと三時間。うず高く積まれた本の山からソレは発見された。
「ちゃんが契約出来りゃあ一番いいんだがなあ」
皺の寄った細い手が開いたページには複雑に書き込まれた契約用の魔法陣がある。こんな複雑なものを準備しなきゃいけないのか。マトリフさんは身体が弱っているのに、今以上に無理をさせていいのだろうか。
「私、試してみます」
「いや……オレがやる」
マトリフさんはベッドからゆっくりと体を起こし、上着を羽織って魔道書を持って外に出た。不安ながらもついていくと、マトリフさんは魔道書に描かれた魔法陣を地面に書き始めた。
「ちゃん」
「はい」
「成功したらぱふぱふしてくれ」
魔法陣を書きながら悪い顔でこちらを振り返ったマトリフさんは、相変わらずのスケベジジイだけれど。
「私の胸で良ければ」
「…言質は取ったぜ?」
世界を救えるなら、ぱふぱふくらい安いもんだ。
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