(マァム視点)

私を含むフローラ様、レオナ、メルルの4人は破邪の洞窟から無事にマホカトールを手に入れて戻る事ができた。
ダイの特訓も上手く行っているようで、後は武器があれば一番だけど、ダイの剣は折れちゃったし、今ある戦力でどうにかするしかない。そう考えていた矢先、バダックさんを伴ってロン・ベルクさんがやってきた。それも、ダイの剣と魔槍だけでなく、私やポップ、クロコダインの武器まで作って。

私が槍と杖に手を伸ばした時、それは起こった。

ヒュンケルを愛している。
エイミさんはそう宣言した。

居た堪れなくて、頭が混乱して、森の中まで走って逃げてしまった。
エイミさんがヒュンケルを好きだなんて知らなかった。さん以外に彼を受け止められる人はいないと思っていたし、彼を見ていればさん以外の人に目が向く事なんて無いってわかるのに、どうして。
誰かを好きになる気持ち。激しく愛する心。私にはわからない。そんな風に男の人と向き合ったことなんて一度も無かった。

ポップに相談したものの怒鳴られてしまった。確かにこんな時に相談する内容じゃなかったけど、胸の奥がざわついてしまう。ヒュンケルはどうするんだろう。エイミさんの気持ちに応えるのかしら。さんを好きなままで?でも、さんがヒュンケルの方を振り向かなかったら、彼はエイミさんの気持ちを優先するだろうか。

私は、ヒュンケルが幸せになれるとしたらさん以外とは有り得ないと思っていた。
だけどエイミさんは自分からヒュンケルについて行こうとしている。
じゃあさんは?
彼女はヒュンケルを好き?
私は誰に、どうなって欲しいんだろう。

もし彼女がヒュンケルを好きなら、こういう時どうするのかしら。
微笑んで躱す?
挑戦を受ける?
それとも、諦める?

私なら。

もしも自分が誰かを好きになった時、その人を別の誰かが好きだったら。

わからない。

さんに会いたい、このモヤモヤを聞いて欲しい。



(夢主視点)


時間は決戦前日の昼過ぎに遡る。

「―――できたぜ」

額に滲んだ汗を拭って、マトリフさんが地面にどっかりと座り込んだ。その脇には黒い球体が転がっている。倒れそうな体を支えようと肩を貸すと、疲労困憊したマトリフさんが球体のうちの一つを手に取り、私に翳して見せた。

「こいつが黒の核晶無効化アイテム……“沈黙の宝珠”だ」
「沈黙の…宝珠…」

「黒魔晶を研磨した宝玉に魔法力を無効化させる古代呪文を込めた。こいつを爆弾に当ててマジャスティスと唱えれば呪文が発動し、核晶内部の魔法力が宝珠に移り、破邪のエネルギーとなって霧散する」

つまり爆弾に込められた魔法力をこの球体で抜き取ってしまうってことか。どうやって実現したのか私には全く理解できなかったけど、とにかく希望が見えてきたことは確かだ。マトリフさんに相談して本当に良かった。この人がダメなら世界は終わってたんだから。

「複雑な呪法だったんでな…あとはちゃんに任せる」
「え…ぱふぱふは?」
「戦いが終わるまで取っとくぜ。とびっきりのを頼むわ」

にやりと笑ったマトリフさんは、一刻も早く休まなければいけないのにいつも通りの軽口だ。
感謝してもしきれない。私の無茶な作戦で、寿命を縮めてしまっただろうに。

「……ありがとうございますっ!!」

深く頭を下げてお礼を言い、老いて軽い大魔導師をベッドに寝かせて、取るものもとりあえず宝珠をザックに詰め込んでロンさんの家に立ち寄って魔剣を回収、そのままラーハルトの家にルーラで飛ぶ。ロンさんの情報では明日の正午がヒュンケルとクロコダインの処刑時間だというから、黒の核晶が使われるのはその時間以降と考えていい。

既に夕刻だ。早く動かないと明日の正午には間に合わない。

「ラーハルト!いる!?」

簡潔に解除方法を説明して次にやるべきことを伝えると、ラーハルトは首を縦に振った。

「でね、悪いんだけどロモスだけお願い。残りは私がやるから」
「四箇所を…一人でか?」
「だってオーザムとバルジ島はルーラで行けるもの。今日中にリンガイアまで行ってスタンバイして、朝一でリンガイアで、オーザム、バルジ島でパプニカ西部って最短コースで回れるでしょ?ロモスを任せちゃうのも申し訳ないくらいなんだから」

私の説明にラーハルトは何かを考えるように腕を組んだが、それ以上尋ねては来なかった。無言のまま宝珠を受け取ると頷いた。オーケイ、同意を得たなら作戦開始だ。

「それじゃ、ロモスだけよろしく!」
「待て」

呼び止められて振り向いたら、何かをいきなり投げられた。

「わっ、とっ」

反射的に受け取ったそれは以前クロコダインが使っている筒と同じもの。

「…魔法の筒?」
「飛竜だ。貸してやる」

貸してやるって言われましても。

「私ドラゴン乗れないんだけど…」
「筒から出した者に無条件で従うよう調教してある」
「えっ」

ラーハルトの口から出た言葉に驚いて固まる。まさか、気を遣ってくれているのか?なに、この人ツンデレさんなの?確かに一緒に洞窟に入った時もさりげなく手を貸してくれてたから面倒見は良い方だとは感じてたけど、そうか彼はツンデレだったのか。魔族って基本、俺様自己中なのかと思った。ロンさんの100倍優しい。いや倍じゃないか、あの人は優しさゼロだ。

これってレアな体験じゃない?ヒュンケルが懐いた時の、小学校で弱って世話してたウサギが後くっついてくるようになったような感動とは別で、警戒心の強い野良猫が初めて自分の手から餌を食べてくれた時のような感動だ。

そう思うとちょっと元気が出た。良かった、ほんの少しでも私に優しさをくれる人が居ましたよロンさん。

「……なんだその顔は」
「んー?なんでもないよ」
「…ちっ」

嬉しくなって笑っていたらラーハルトはそっぽを向いてしまった。あれ、これはツンの状態?難しいなーツンデレさんって。でもヒュンケルも最初はそうだったし、徐々に慣れれば普通に話せるようになるのか。まだ加減がよくわからない。

「ありがと!実はちょっぴり疲れてたから助かった」
「早く行け」
「はーい。それじゃ明日、大魔宮でねー!」

ラーハルトは面倒臭そうに私をあしらって、自分も飛竜を出して空高く飛び去ってしまった。ロモスに向かうんだろう。うっかり待ち合わせ場所みたいに敵地の名前を叫んでしまったけど、もういいや。私も疲れてる。

魔法の筒から出した飛竜は大人しく、私を乗せてぐんぐん空に昇っていく。
リンガイアの方向わかるのかな。手綱を握って引っ張ってみたら、飛竜が手綱が引かれた方向に向きを変えた。
なるほどこうして乗るのか。

「ちょっと遠いけど…お願いできる?」

ひんやりとした鱗を撫でて声をかけたら、飛竜は任せろと言わんばかりに一鳴きして、風を切って飛んだ。
肌に当たる風が少し寒いけど一人で飛ぶよりよっぽど楽だ。束の間でも休息出来て良かった。

決戦は明日だ。
しくじったら終わり。
気を引き締めていこう。



(エイミ視点)


決戦当日、周囲を敵に囲まれた状態でヒュンケルとクロコダインの救出作戦が始まった。
一時はどうなる事かと思ったけれど、ミストバーンに手渡された闇の力を押さえ込んだ彼は強力な力を手に入れて敵の手から逃れた。それが意味するのは、彼が再び戦いに赴かなければならないということ。休む間もなく戦場に戻ってしまう。クロコダインの救出も無事に終わり、彼らはミナカトールの準備に入らなければならない。

「エイミ…」

槍を手にした私を見て、ヒュンケルの目が誰かを探すように動いた。誰を探しているのかなんて聞くまでもない。
手が震える。

さんは……まだ見つかっていないの。でも、これ以上彼女を待つことは出来なかった……」

告げられた残酷な現実に、私の手から槍を受け取ったヒュンケルが微かに息を呑んだ。

「……大丈夫だ。きっと生きている…」

強がっていてもわかる。この人は彼女を守れなかったことを悔いている。

そう、わかってる。

ヒュンケルが愛している人はさんだけ。彼が彼女を愛していることくらいすぐに気付いた。私が見つめていた彼は、いつだって彼女しか見つめていなかった。私に同じ眼を向けてくれた事なんて一度も無かった。
あの日の砂浜で、私が愛を告げた時でさえも。

美人で気さくで、呪文も使えて戦えるし、料理も出来て、頭の回転も速くて。ベンガーナでは魔王軍の侵攻を受けた町の復興支持や人命救助で活躍して、パプニカの巨人襲撃でも存分に力を発揮していた。いつも笑顔で奢らず砕けた物腰は皆に人気で、こんなの反則だと思うくらいに素敵な女性。私自身、彼女に気遣ってもらって助けられたことが沢山ある。

女としても人間としても、土台敵う相手じゃないってことくらいすぐにわかった。それでも希望があると思えたのは、彼女がヒュンケルの方を向いていなかったから。どんなに見つめられても彼女は前しか見ていなくて、彼の想いに応える素振りを見せたことがなかったから。

彼女は貴方のこと、仲間としか思っていない。どうして私じゃだめなの。あの時聞かせてくれた言葉が嘘じゃないなら、何故そんなに彼女を見つめるの。

大丈夫じゃないなら、大丈夫だなんて言わないで。
私が貴方の無事を願って眠れなかったように、貴方だってそうだったんでしょう。
彼女の生還を願って祈って、心を痛めていたんでしょう?

鎧がヒュンケルの全身を覆って、再び戦地に向かう。止められるとすればきっとそれは、私ではなく。そして彼女もまた、止めることはしないんだ。あの美しい人は死の大地に、彼の心も一緒に連れて行ってしまった。

さん。戻ってきなさいよ、彼はまた戦おうとしている。私じゃもう止められない。死地に頭から突っ込んでいくのよ。自分を愛する人が命をかけているのに、どうして貴方はここにいないの。ねえ。

「……帰ってきて……お願い……!」



(ラーハルト視点)


雲が早い。風が強く吹いている。
ドラゴンの背に乗って最速で敵地に向かう。ロモスの柱にあった爆弾は無事に解除できた。
あの女、も既にバルジ島の分まで解除して、残るパプニカ西部の柱に向かっているはずだ。

ドワーフの洞窟で、あの女は連中の要求に応じて、あられもない格好で踊ることになった。やらねば製造法も黒魔晶も渡さないと言われたからだ。卑劣で下品な要求に応えてやる義理などないと槍を手にしたオレを制し、女はあっさりと服を脱ぎ下着同然の姿になった。

仮にも嫁入り前の女ゆえ、せめて目を閉じてやるのが情けと思ったが、万一のためにオレにも見ていてほしいと言うので、なるべくドワーフを見るようにした。しかし女の後姿には恥らいも躊躇いもなく、暗い地下だというのに輝いているようだった。

松明の橙の光と照明呪文の青白い光の中で、女のしなやかな四肢が艶やかに舞った。
踊り子なのだと初めて知り、考えてみればあの女のことを知らな過ぎる自分に気づいた。妙に気にかかるがさほど重要だと思っていなかったからだ。オレにとっての優先すべきはバラン様の願いを聞き届け、ダイ様のために戦う事のみだと。

ドワーフの長は女の胆力に感嘆して黒魔晶だけでなくメタル魔鉱石とブルーメタルまで差し出してきた。結果として最良の形で入手難度の高い材料を手に入れることができたのは、女の人心掌握術がずば抜けていたからに他ならない。一介の踊り子がやれる範囲を超えている。魔族にもドワーフにも一切態度を変えないところも奇特の一言に尽きる。兎角ただの踊り子でない事は理解できた。

女は、人は大事な人に生きて欲しいから戦うのだと言った。
ならばあの女にも大事な人とやらがいるのだろう。あそこまでやれる理由が夢だけであるはずがない。
だとすれば思い当たるのは一人しかいなかった。

ヒュンケル。

以前、女を庇ったあの男の眼は愛する女を守ろうとする男のそれだった。

大魔宮にダイ様たちが突入しているのならばヤツも戦場にいるだろう。あの女がヒュンケルの想いを知っているのかどうかは不明だが、ロン・ベルクによれば彼女は自分の生存を仲間に隠してこの計画を動かしているという。つまりオレが鎧を託した男は彼女の生存を知らぬままに戦場に赴いたという事だ。愛する女の無事すら聞かされていないのは、あまりに不憫ではないだろうか。下手をすれば惚れた女の生存を知らぬまま戦場で散る可能性すらある。

あの女はオレの前で既に二度泣いている。一度目は死んだ時、二度目は先日。この上あの男を失えば、おそらく再び泣くだろう。三度も女に泣かれるのは御免だ。

戦場には数十分もあれば到着するだろう。逸る気持ちを抑えて竜を駆る。まだだ。焦って体力を無駄に消費するべきではない。

女が向かっているはずのパプニカ西部を振り返る。周到で頭の切れる女だ、おそらく最後の一つも問題なく解除できよう。彼女はヒュンケルのために武器を運ぶ役割もある。リンガイアを処理し、ルーラで飛んですぐにオーザムとバルジ島の分を処理していれば、最後の一つを解除しても戦地への到着はオレとほぼ変わらないはずだ。

だがもし、あの女より先にヤツに会えたなら、生存だけは伝えてやるべきだろう。自棄を起こす男ではなさそうだが可能性が無いとも言い切れん。


戦いに感情など無用。
女の事はあの男に任せればいい。

ただ敵を殲滅する事だけがオレの使命なのだから。