(マァム視点)

卒業のしるしが光らない。追い込まれて逃げ出そうとしたポップはザボエラから狙われた。メルルは身を挺してポップを庇って重症を負 い、瀕死の彼女の最後の願いで彼が口にしたのは、全く予想だにしていない言葉だった。

ポップは私を好きだと言った。

メルルのおかげでポップの胸にかけられたしるしは緑の美しい光の柱を作り、私達は無事に大魔宮に瞬間移動することができたけれど、私 の胸にはしこりが残ったままだった。
アルビナスを倒して、ヒュンケルと合流して、彼に問われて初めて気付いた。

私はポップを危なっかしい、面倒を見てあげなきゃいけない対象だと思っていた。だからポップは私のために強くなろうとしたんだ。

ヒュンケルは言った。戦いが終われば自分で誰かを愛するようになると。

「エイミさんが貴方を愛したように…貴方が さんを…愛するように…?」

私の問いに、ヒュンケルは微笑みで返してくれた。否定しないのは間違っていないから。ヒュンケルはやっぱり さんが好きなんだ。彼がエイミさんの想いに応えられないのは、彼女を想う気持ちが強いから。例え今は生死すらわからなくても、ヒュンケルの心にはいつ だってあの綺麗な踊り子さんがいる。もやもやがほんの少しだけ楽になった気がした。

「もしお前が今、わずかにでも言葉にできない想いをポップに抱いているのなら…心に溜め込まずにそれを確かめに行けばいい」

ヒュンケルは私の肩を叩いて、戸惑う私の気持ちを後押ししてくれた。
私の気持ち。ポップの気持ちへの答え。そう、伝えなければいけないんだわ。

「ポップも答えを待っているはずだ。あいつを…助けてやってくれ」
「…ありがとう、ヒュンケル!」

駆け出そうとしてふと足を止めた。
未来がどうなるかわからないなら、彼にも伝える事がある。

「ねえ!」
「…?」
「私、 さんは絶対に生きていると思うわ!だから貴方も彼女に再会したら、気持ちを伝えて!」

去り際の言葉にヒュンケルが驚いた表情をしていたなんて、背を向けていた私は知る由もなかった。


(夢主視点)

「ふう…ここも完了。」

パプニカ西部の黒の核晶も解除が終わった。今のところ順調に爆弾の解除は進んでいる。
時刻は既に正午過ぎ。ラーハルトもロモス分の解除を終えて向かっているだろうから、残るは本日使用される柱の分の解除だけだ。最後の 一つ分はバーンによって決戦の地に落とされることはわかっているから、柱を落としたらルーラで移動すれば阻止できる。このまま新しい 鎧の魔剣を持ってルーラでサババに飛び、サババからトベルーラで移動すれば、到着にさほど時間はかからない。

サババに飛んで即トベルーラで移動する。大魔宮は目視できる距離に浮遊しているけど、大きいから近く見えるだけで実際の距離は結構あ りそうだ。一種のUFOじゃないのアレ。いや、未確認じゃないからフライング・オブジェクト、FOか。そんなことはどうでもいいけ ど。

大魔宮の羽根らしき部分に降り立つと、視認できる距離に見知った魔族の青年を見つけた。

「ラーハルト!」

呼びかけに気付いた彼はこちらに来いというように腕を振ったので、指示されたとおりに走って近づく。本日初めて顔を合わせた彼は昨日 とは違った戦闘用の服に着替えていた。スカート…?魔族の人って結構斬新なファッションセンスなのかな。それとも、この世界じゃ普通 なの?まあいいや鎧が着易いのかも知れないし似合うし。深く考えないでおこう。

「守備は」
「問題なし。皆は…」

ラーハルトは表情を変えずに顎で先を示した。巨大な鳥型の建造物の首部分を真っ直ぐ行けば自然と戦地に辿り着くってことか。

「急ぐぞ」

駆け出した彼に続いて私も後ろを走る。魔剣が重いのでちょいちょいブーツの力で飛びつつである。これから全力で戦闘に集中する人に荷 物持ってほしいなんてとても言えないので我慢だ。鳥の首部分にある階段を駆け上り一直線に走っていると、前方に人影が見えた。髪の色 からして多分ヒュンケルだ。誰かの傍に膝をついている。

直線の道だから距離感が狂っているのか、いくら走っても中々辿り着かない。大魔宮の巨大さを肌で感じていたら、白の外壁部分から光が 飛んでヒュンケルらしき人物の周りに落下した。

「なにあれ…何か降って来た」
「敵だ」
「…!」

降り立ったものが変形して見覚えのある姿がずらりと並んだ。あの形は知っている、オリハルコンの兵士だ。あんなものに囲まれたらヒュ ンケルだって無事じゃすまない、ていうかよく見りゃあいつまた鎧脱いでるし!!

「持ってて」
「おい!」

気付けば身体が勝手に動いて、魔剣をラーハルトに預けて上空に飛んでいた。頬に当たる風の冷たさはブーツの真空呪文が防いでくれる。 やっちまいな、と言わんばかりに輝いた爪先のオレンジの魔法石は、ブーツのヒールをブレードに変形させて酸素を圧縮して点火を待つ。

火炎呪文を纏えば、ジェットのように噴射した発火エネルギーで身体は垂直に敵に向かって加速する。パプニカでミストバーンを吹っ飛ば すことに成功した、今の自分が使える最高の技。
縦回転で威力を増した鮮やかな赤のブレードが、今にもヒュンケルに飛びかかろうとする兵士の頭上にクリーンヒットした。



(ヒュンケル視点)

「ゆけいっ!我が駒!!」

大魔宮の掃除屋を自称する、キング・マキシマム。11対の駒を率いて現れた敵は全てオリハルコンの戦士だった。

この戦いでオレはおそらく力尽きるだろう。ヒムだけでも救う事ができるだろうか。覚悟を決めて立ち上がり、敵を睨む。王の駒の合図で 兵士が一斉に飛び掛ってくる。

カウンターの構えを取った瞬間だった。
キン、と風を裂く音が聞こえ、赤く燃える何かが、オレに攻撃を加えようとした兵士の駒の上に衝撃音と共に墜落した。

「な…!?」
「なにぃっ!?」

王が怯んだためか、飛び掛ってきた兵士が動きを止める。
目を凝らすと駒の一つが地面にめり込んでいた。
砂煙を上げる地面から立ち上がったそれは、地面にめり込んだ兵士を蹴り上げて宙に浮かせて爆発させた。爆風に乗って鼻腔を擽る甘い香 りと、揺らめく長い黒髪を、オレはよく知っている。

氷と炎を操って風に舞う最愛の女性。


「うちの身内に何してくれてんの」


「…………!!」


風に靡く髪を鬱陶しげにかきあげて、しゃなりと首を斜めにしてみせる美しき踊り子。死の大地で別れてから生死不明のまま、生存を信じ 続けていた誰よりも愛しい人がそこにいる。

…!勇者の仲間の踊り子…魔翔脚なる鎧の武具を纏い戦闘補助を主とする…!死の大地で死神に息の根を止められたはずだが…」
「死神…!?」

マキシマムの言葉を聞いて牢での死神の嘲笑が蘇る。やはり死の大地でオレと別れた後、彼女はあの死神の手で危機に瀕していたのだ。オ レのせいで命を落としかけていた。

「生きていたとは…美しい薔薇には棘があるということかな…?」
「へえ、私のデータもあるんだ。何処まで詳しいの?」
「無論スリーサイズまでよ!」
「ふーん…」

はマキシマムに向き合ったまま妖艶に笑ってみせると、胸元を腕で寄せるようにして押し上げ、マキシマムに見せ付けるように髪をかきあげた。初めて見た彼 女の行動に驚く。これは敵を魅了する踊り子の能力なのだろうか。

「……そのデータ…更新してくれない?最近バストサイズが変わって大きくなったの…」
「ウ、ウム…いいだろう!も〜ちょっと近くに来いっ!よく見えん!」
「見るだけでわかるの?」
「ももももちろんだあっ!このスーパースキャンで…!」

敵を誘惑している?何を考えているのだ。時間稼ぎだとしたら、一体何を待っている。兵士の動きを止めているのか。王の指示を待つ兵士 達は攻撃をしてこない。これが狙いなのか。理解不能な彼女の行動にオレが戸惑っていると、彼女に誘われて近づいていく王の頭に何かが 突き刺さった。

「ウッ…ウギョワァァァ〜〜!!」
「ハイご苦労様。」

王の頭に直撃したのは魔槍だった。叫ぶマキシマムを目にした は妖艶な笑みを消して普段どおりの笑顔で槍が飛んできた方向を振り向く。

「陸戦騎!ラーハルト推参!」
「…!」

視界に飛び込んできた闖入者はオレが奇跡を信じるに十分すぎる人物だった。

「あとお願い」
「言われるまでもない」

槍を投擲した男の参入に は驚いた様子もなく強気に笑いかける。立て続けに起こった奇跡の再会に説明を求めようと彼女を見る。

「びっくりするよね」
「…!……」

ラーハルトはオリハルコンの駒たちを必殺の一撃で一網打尽にし、鮮やかな高速の斬撃でマキシマムも始末した。オレが対峙した時も圧倒 的な強さを誇る男だったが、バランの血で目覚めて更なる強力な力を得たようだ。
戦い終わったラーハルトはオレに向き直り、改めて生還の経緯を話した。





「…済まん。お前が助けてくれなければ…オレは…」
「貴様などを助けた覚えはないぞヒュンケル」

一見すると険悪にも見えるラーハルトとのやり取りを は不安げに見守っている。ラーハルトの言及は続き、オレもまた反論はしなかった。この男の言葉は正しい。合理的に冷徹に、マシンのように敵を倒すのが戦 士ならば、オレには戦士として生きる資格はない。例え状況がどうあれ、オレには傷ついたヒムを見捨てられなかった。

「んー…言い過ぎじゃないかな…」
「黙っていろ」
「…はい…」

空気を和らげようとラーハルトした も鋭い一言を放たれて黙り込み、オレとラーハルトを交互に見遣る。ラーハルトはおもむろに槍を手にしてオレに向けた。

「この手で介錯してやるッ…!!」
「…!!」

様子を見ていた が青褪めて目を閉じる。
しかし目前に迫った槍はオレの頭ではなく後ろの壁に突き刺さった。

「ラ…ラーハルト…!!」
「…戦士・ヒュンケルは死んだ!」

槍を引き抜いたラーハルトを見て、 がほっとしたように息をつく。

「オレが今!この手で殺したのだ!…したがってオレがこの鎧の魔槍を持っていても誰も文句はあるまい…?」

不遜に微笑んで見せた男に、こちらも答えた。死体はもう鎧を使わない。死んだ男の代わりに戦ってくれるならば有り難い。
鎧を身に纏い戦地に駆けていく後姿を見送る。
ヒムは納得が行かないようだが、オレにはヤツの心遣いが嬉しかった。

「アッタマくる野郎だなッあの魔族ッ!!」
「そう言うな…あれもやつなりの思いやりなんだ…」

ラーハルトは、オレに代わってバランが天から遣わせてくれた救世主なのだろう。オレの使命を受け継ぎ、ダイのために全力で戦ってくれ るに違いない。互いの死に目を看取った仲とは、なんとも奇妙な縁だ。
やるだけのことはやった。ヒムも救う事ができた。

「……お前との……約束も……守れた……」
「ヒュンケル…?うそ、ちょっと!」
「…!!!」

力が抜けたオレを、 の優しい腕が抱きとめる。頬を擽る黒髪の甘やかな香りに包まれた安心感で心が満たされる。いつもオレを癒してくれる人の香りだ。

死の大地で交わした約束を思い出す。
オレが自分で戻ったわけではなくても、約束を守った事にはなるだろうか。
それともオレが自分で戦場から帰るまで、約束を守った事にはしてくれないだろうか。

「やだ…ねえ起きて、起きてよ!」

が頭を抱きしめている。抱きしめ返せないのは無念だ。オレの所為で危険な目に合わせてしまったが、生きていてくれた、それだけでも死力を尽くした甲斐は あった。愛する女性に抱かれて尽きるならば、戦士としてこれ以上の幸せはない。オレの役目は終ったのだ。ラーハルトなら、あの男なら ばダイ達の力になってくれるだろう。

「…まだ眠っちゃだめ……!」

ああ。そうだな。起きていたいさ。けれど身体が動かない。もっとお前を見ていたいのに、残念だ。
伝えたい言葉は沢山あったんだが、力が残っていない。
だから少しだけ休ませてくれないか。

「ヒュンケル…!!!」

柔らかくて優しい光に包まれて、温もりの中でオレは意識を手放した。



(夢主視点)

呼びかけても呼びかけても、ヒュンケルはぴくりとも動かない。体の熱は失われていないし呼吸もあるけれど、安心なんて微塵も出来な い。眠っているように見えるから余計にそのまま死んでしまいそうで怖い。

「っ…この、バカ…!」

ラーハルトの時の記憶がフラッシュバックした。
あの時だって最初は効いていた回復呪文が効かなくなってしまった。

嫌だ。
あれを繰り返すのは嫌、もう自分の目の前で誰かがいなくなる瞬間を見たくない。何日も何日も絶望に打ちのめされて無力な自分を立て直 すのに何度泣いたかわからない。弱っている自分が嫌いで誰にもそんな姿見せなかったけど、ラーハルトだって生き返ってくれはしたけ ど、傷は確かに残っている。戻ってきてくれたからって無かった事になんかならない。小さくなりかけていた心の穴が広がりそうな恐怖に 背筋が凍る。

「起きて……お願いだから…!」

魔法力を全て回復呪文に充てる。契約してもずっと使えなかったはずのベホマが使えているのは、必要だと心から思えたからだろうか。判 らないままにヒュンケルの体を強く抱いた。白い光がヒュンケルの体を包んでいく。魔法力をありったけ注ぎ込んでやる。あの絶望を再び 繰り返すくらいなら、ここで魔法力を使い果たしたって構わない。

意識を失っている身体は重い。呼吸が止まれば、そのまま死体の重さだ。手を放したら目覚めてくれない気がして力を込めた。この腕は緩 めない。完全に回復できたと安心できるまで、絶対に。

ヒムが心配そうに様子を伺っているけど話をする余裕は無かった。ヒュンケルの頬に赤みが戻る。少しずつだけど確実に呪文の効果はあ る。何処がどう治っているのかまでわからないけど、強行突破が売りの男だから全身ボロボロなのは間違いない。これまで回復を何度もし てきたからわかっている。

何回無茶やるなって言わせるんだ本当に。死んだら何にも残らないんだよ。あんたのやってきた事無駄になるんだよ。無駄になんかさせて たまるかよ。何のために追いかけてきたと思ってんの。誰のために武器まで運んできたと思ってんの。私の頑張りまで無駄にさせないで よ。私こないだモロ下着で踊る羽目になったんだよ。あんたの鎧の材料取るためにさ。せっかく持ってきたんだから、使う前にこんなとこ で死なないでよ、ねえ。

「立ちなさいよ…戦士でしょ…!」

手がかかりすぎなんだよ。
あんた私と同い年でしょ。
死ぬには早すぎるよ。
生きて帰って社会貢献しなよ。
パプニカでただ働きさせられちゃえよ。
文句一つ言わずにきりきり頑張りなよ。
そんでエイミちゃんと、さあ。
エイミちゃんと、

……ううん、違う。

違う、違うの。

エイミちゃんじゃなくって、

他のどんな女でもなくって、



――いいから私のところにとっとと戻って来いって言ってんの、わかれ寝てんな起きろ!!!


心の中で叫んだ言葉は、眩い光になって弾けた。

魔法力が全部切れて、身体が重くて動けない。
ヒュンケルは腕の中で静かに寝息を立てていた。
呼吸も、鼓動も、はっきりとしている。

…もう、大丈夫かな。

ふらついた私の体を大きな手が支えた。