ドラクエ世界に来てしまってから半年が経った。毎日毎日ロンさんの手伝いと特訓と家事を繰り返す生活だが、意外にも居心地は良かったりする。

魔法の契約とやらも出来た。最初はホイミとヒャドとメラとバギしか覚えられなかったけど、ロンさん曰く賢者でもないのに変なヤツだとのこと。よくよく聞くと回復って僧侶か賢者か勇者しか使えないんだとか。じゃあ私賢者なんですかと聞いたら見た目的に無いと言われた。なんだ見た目的にって……ちょっとショックなんだけど。

覚えられるんだからいいよねと思って試しに契約を進めたら、氷と火と真空の最高位の呪文までは使えるようになった。不思議なことに他の攻撃呪文は一切ダメだった。なんでだろう。

回復はベホイミまではいけた。ベホマは契約できたけど上手く使えない。多分私の魔法力とかが関係していると思われる。あとキアリーも使えるようになった。これは私が森で変なもの食べて毒食らうといけないってことで、ホイミの次に覚えさせられた。拾い食いなんかしないですけど。ロンさんは私をなんだと思ってんだろう。

そんな感じで過ごしていた所、再びロンさんのムチャぶりが来た。

「ロモスにいいレアメタルショップがある。行っていくつか売ってこい」

え、私一人で……すか。



かくして、およそ3キロはあろう鉱石の詰まった袋を背負って、私はのんびり旅に出た。期間はおよそ3週間。荷物が重いので、ちょいちょいブーツの力で飛んで体力を温存しながらの旅になった。

「着いたー!」

森からカールの東にある港まで行って船に乗せてもらって海を越えて山を越えて、ようやく辿り着きました。
ロモス。この世界では西南に位置する国だ。一大陸分全部国土って、この世界の国の中では一番使える国土が広いんじゃないだろうか。オーザムも広いけど半分以上氷と雪原だし、この前ロンさんに鉱石採掘でくっついて行ったら死ぬほど寒くて住めない環境だったから、温暖で一番国土が広いのはやっぱりロモスだよね。

都もとても落ち着いていて、どっしりとした感じ。赤みがかった屋根の連なるレンガ造りの町並みは、昔訪れたローマに似ている。古くて暖かくて陽気な感じ。歴史が深い国なんだろうか。本を読む時間ができたら、この世界の歴史についても勉強してみよう。

「遠かったー。ここまで来るだけで1週間って、どんだけ高く売るつもりよ……元取れんのかな?この鉱石」

長距離の一人旅は初めてで楽しい。
途中で出会ったオオカミやらモンスターやらは、ロンさんの特訓?のおかげでブーツを使って簡単に迎撃できたし、覚えた魔法も役に立つし。難点はお風呂に入れないことだけど、宿で盥を借りて、ヒャドからのメラミで沸かしたお湯で髪を洗ったり体を拭いたりして何とかなった。

女一人旅のその他の弊害は酔っ払いにお尻や足触られたりすることだけど、適当にあしらって切り抜けた。面倒だったけど事を荒立てないように済ませるには明るくスマートにやり過ごすのが一番楽だ。

町を歩いて教えられたレアメタルショップを目指して歩く。女1人で初めての場所を歩く時は真ん中を堂々と歩くのが変な連中に声をかけられないようにするコツ。いかにもこの辺よく知ってるんですって顔していれば目を付けられにくいものだ。ニューヨークに初めて行った頃、出来た友人に教えてもらった。

レンガ造りの町並みは本当にローマみたいで、石畳の歩き難さまでそっくりだ。民家の出窓には赤やピンクの鮮やかな花が鉢に植えられていて綺麗。重い荷物を背負いながら店を探すのは大変だったけど、店はどうにか見つかり、鉱石は予想以上の高値で買い取ってもらえた。店主曰く、危険な所にある石だから希少なんだとか。流石ロンさん、そんな希少な鉱石も余裕で採石ですか。

用事も終わり、後はのんびり帰るだけ。足も疲れたから休憩しようと、広場にあるカフェで水を貰って休んでいると、後ろから肩を叩かれた。

「はい?」
「美人のお嬢さん。一人?」

振り返ってみれば、赤毛のチャラそうな若い男が立っていた。ナンパだ。めんどくさ。さっさと追払おう。

「悪いけど忙しいんで」
「そう言わずにさぁ。オレも一人で寂しいんだよ。お茶に付き合ってくれない?」
「無理です」
「オレこの町詳しいんだ。お嬢さん旅人だろ?観光案内するからさあ」
「ちょっと……!」

こんなにあからさまに迷惑そうな顔をしているのに、男はずうずうしくも手首を掴んで無理矢理引っ張ろうとしてきた。ああ、ホンットめんどくさい!

「このっ……!」

頭にきて蹴りをぶちかましてやろうと私が足をあげようとした時、男の手を誰かが掴んで捻りあげた。

「いてえっ!!」

男の手の力が弱まったので手を振り払って一歩下がる。仲裁してくれたのは、これまた見知らぬ若い男性だった。逆立った黒髪に、冠みたいな装飾具をつけている。いかにも勇者っぽい格好だ。彼は、不服そうに睨んでいる若い男を一瞥して口を開いた。

「嫌がってる女の子を無理に連れて行くなんてかっこ悪いぜ」
「う、うるせえ!あんたに関係ないだろ!?」
「あぁ?」

勇者っぽい青年はいかにも雑魚っぽい台詞を口にした男を睨んで、私を見た。

「こいつ、あんたの恋人?」
「ううん初対面。しつこくて困ってたの」
「だそうだが、他に言う事はあるか?」
「ちっくしょう……覚えてやがれ!」

負け犬らしいて台詞を置いて、赤毛のちゃらい男は去った。暴力沙汰にならずに済んでほっとした。

「ありがとう。お陰で大事にならずに済んだよ」
「いいんだ。あんたみたいな美人が困っているのを放っておけなかっただけさ」
「……あ、そう……」

あれ、おかしいな。嫌な予感しかしない。こいつ今すごいクサイ台詞吐いたよね。

「えっと……じゃあ、私、これで……」
「!待ってくれ」

がしっと腕を掴まれた。

「あの……」
「オレはでろりんって言うんだ。あんたの名前も教えてくれよ、美人さん」

ガッデム!ナンパ2連コンボってどうなの!?



「ついて来ないで!」
「そうツンツンしなくてもいいだろ?オレもこっちなんだよ」
「一人で観光したいの」
「さっきみたいなのに声かけられちゃうぜ?」
「自分で追っ払うし!他の女の子に声かけなさいよ」
「あんた以上の美人なんてこの辺じゃ見た事ねえよ」
「私もあんたみたいにしつこい男は初めて」
「熱烈って言ってくれ」

クソ、こいつ鬱陶しい。ヘタに借りが出来ちゃった分、調子に乗っているのが見え見えだ。こうなったら観光は後回しにして、まずはこいつを撒こう。そうと決まれば話は早い。ブーツに魔法力を込めてふわりと身体を浮かび上がらせる。

「なっ……はあっ!?」

予想通り驚愕して口をあんぐり開けているでろりんとやらを見下ろして身体を屋根の上まで上昇させる。

「バーイ。」
「!」

ひょいと屋根を飛び越えて姿を消した私は、気づかなかった。

「Tバック……美女…!?」

下からスカートの中身が見えていたことに。



ロモス観光も終わり、宿も取ってようやく一息つけると思ってベッドに入ったところ、お腹の中まで響くような獣の声のようなものが響き渡って、私は飛び起きた。
外を見ると魔物の大群が押し寄せてきている。どういうこと?何これ、魔物が攻めてきたのか?あちこちであっという間に火の手が上がって、町が破壊されていく。

「うそでしょ……!?」

急いで着替えて外に出ると、同じ宿から男の子が飛び出してきた。10歳くらいだろうか。あろうことか混乱の真っ只中に突っ込んで行こうとするので、慌てて制止する。

「ちょっと!!ぼく、何しようとしてるの、危ないって!」
「退いてお姉さん!おれ行かなきゃ!!」
「行かなきゃって、キミ一体いくつ!?中に入ってないと」
「ダメだ!あいつはおれを狙ってきてるんだ!!」

もどかしそうに私を振り解こうとする男の子は、城の方向をきっと睨んでいる。なにやら大きな事情がありそうだ。でもここで手を放してハイさようならって言うのは、大人としてどうなのか。

「……よくわかんないけど、それなら私も行く」
「えっ、なんで……」
「目の前で子供が頑張ろうとしてる時に見てみぬ振りするのは気分悪いもん」

男の子は私の言葉を聞いて、嬉しそうに大きく頷いた。

「おれ、ダイっていうんだ!お姉さんは?」
「私はでいいよ」

走りながら自己紹介していると今度は後ろから女の子が走ってきた。ピンクの髪の可愛い子だ。彼女はダイを見つけると、名前を呼びながら駆け寄ってきた。

「マァム!」
「!?ダイ、彼女は……?」
さんって言うんだ。協力してくれるって!」

マァム、と呼ばれた女の子は少し背の高い私を見上げると、ダイと同じように嬉しそうに頷いた。

「どうもありがとう!私はマァム。よろしくね」
だよ。こっちこそよろしく」

握手を交わして城の方向に向かう。魔物に襲われて逃げ惑う人々、中には既に命を落とした人の死体もあった。非日常の中に居るようで、悪い夢であればと願ってしまう。肉の焼ける匂い、誰かの叫び声。唸りを上げて人間を攻撃する魔物たちと、懸命に立ち向かう兵士達。怖い。でも、前を走るダイとマァムは私よりもずっと年下なのに、混沌の中を駆け抜けていく。ビビッてる場合じゃない。

道中、この襲撃の理由と首謀者の名を聞いた。ダイとマァム曰く、クロコダインという魔物のボスがダイに目をつけてて、彼をおびき寄せるためにロモスを襲っているのだとか。こんな小さい子襲うってどんだけ器小さいんだ、と思ったら、ダイは意外に強かった。力だけなら私よりありそう。マァムも重そうな武器をぶん回しているので大人の私としては情けない気持ちになり、道を塞ぐ魔物に向かってブーツに魔法力を込めて跳躍する。

「!」
「二人とも先に行って!!」

蹴り技を主体としたリズミカルな攻撃。多分現状私にしか出来ないオリジナルの戦い方だ。メラで獣達を怯ませて、真空呪文を纏わせた蹴りで魔物を追い払う。後退した魔物たちが道を開けて、隙間を二人が走り抜けるのを確認すると、魔物を一箇所に固めるようにヒャドを放ち、魔物の足元を氷で固めて動きを止めてから一体一体気絶させる。丸焦げにするのは簡単だけど、できればあまり生き物は殺したくない。特にふわふわした毛のやつとかは。

「うわーっ!」

近くで人の叫び声がした。すかさず助けに入り、大柄な魔物5体を蹴り飛ばして追い払うと、襲われていた人物がへたり込んでいる。よく見れば勇者っぽい格好をした、あのしつこいナンパ野郎だった。傍には、大きな袋から零れ落ちた宝石だの金貨だの。あ、こいつ、火事場泥棒か。引くわー。

「ふーん……そーゆーこと」
「あ、あんた、そんなに強かったのか……!」
「さっさと逃げたら?」
「いやっ、でも、あんた……」
「ビビってる男に興味ない。早く行きなよ」
「!」

ドン引きと同時にがっかりして立ち去ろうとすると、でろりんなる偽勇者は立ち上がって剣を抜いた。

「オ、オレがビビッてるって言うのかよ!」
「じゃなきゃこんなトコで油売ってないで、もっと剣を有効に使ってるんじゃないの」

ああ、ダサい男助けちゃった。でもこれで貸し借りなくなるならいいか。こいつは気に入らないけど、人命には変わりないのだし。

「じゃあね。せいぜい死なないように頑張れば」
「えっ、おい……!」

これ以上話している時間は無い。魔法力を温存するためにブーツで飛ぶことはせず、走って城に向かおうと踵を返したところ、先ほど蹴り飛ばした魔物の一体が起き上がって突進してきた。

「……!」
「イオラ!」

直後、私の後ろから飛んできた光の玉が爆発して、魔物が倒れた。振り向くと、偽勇者が金品を投げ出したまま剣を抜き、魔法を放っていた。

「ナメんなよ!オレだって呪文は使えるんだからな!」
「最初からそうしてよ」

カッコつけてせこい事するから偽者臭いんだよ、とは言わないでやろう。その場を彼に任せて、私は再び走り出した。当然ながら子供にバケモノのボスを倒せるなんて思っていないからだ。もちろん自分が倒せるとは露ほども思わないけど、放って逃げるとか絶対出来ない。

私が駆けつけたとき、眩しい光が戦場を包んで、魔物に拘束されていたマァムがちょうど倒れこむところだった。

「わっ、とっ!?」

マァムが地面とキスする前に抱き止めて、光の元を探す。強烈な光は立ち上がったダイの頭から発せられているようだ。正しくは額から。

「なにあれ……!?」
「……たとえどんな理由があったとしても、おれのじいちゃんに悪いことをさせ……おれの仲間を傷つけたアンタを……許すことはできないッ!!」

眩しくてよく見えないけど、ダイはボロボロの小さな体で立ち上がった。あの小さい体のどこにあんな力があるんだろう。

「ダイ!今こそぶちかませっ!オレ達の先生の……あの技を!!」

倒れているもう一人の男の子が叫んだ。

「アバンストラッシュ!!!」

閃光と共に、ダイが繰り出した一撃がクロコダインの胴を鎧ごと切り裂いた。
マジか。すごいなこの子。勝っちゃったよ。呆気にとられていると、クロコダインが血を噴きながら壁際によろめきながら向かっていく。

「目先の勝利に狂ったオレは馬鹿だった……」

巨体の怪物の目から涙が零れる。恐ろしげな姿だというのに何故か胸が震えた。この魔物はダイとの勝負に負けて、潔く散ろうとしているのか。

「負けるなよ……勇者は常に強くあれ……!」

最後の言葉を残して、クロコダインは敗退し、魔物の大群も去った。
へたり込んでしまったダイと、同じくぶっ倒れている少年と、怪我をしているお城の兵士さん達を回復し終わった頃には、私も床に延びていた。