(ポップ視点)

クロコダインのオッサンとヒムが来た後すぐに、ヒュンケルがミストバーンとの戦いに参戦した。その身体を包んでいたのは久しぶりに見た鎧だった。再起不能一歩手前だった怪我は全部、さんが頑張って治してくれたそうだ(何か腹立つ)。ヒムが闘気拳でミストバーンをぶっ飛ばして、ミストバーンが素顔を見せた後、腕をへし折られたヒムが腕を復元して、ヒュンケルとラーハルトとヒムの3人がミストバーンを抑えにいったものの足止めもできず、メドローアで決めようとしたものの弾き返された。

死んだと思った。だけどどうやら気絶した所をアバン先生に助けてもらっていたようで、目が覚めたら既にミストバーンはヒュンケルが倒して戦いは終わっていた。あのオバケ野郎は暗黒闘気のガス生命体みたいなもので、バーンの若い肉体に取り付いていたんだそうだ。

先生から経緯を聞きながら老師の回復呪文を受けていると、ヒュンケルが近づいて来てオレに細く巻いた紙を手渡した。

「?あんだよこれ」
から預かったものだ」
「お、おう」

何でまたオレに。
っていうか気になってたんだけど、こいつの魔剣ってバランとの戦いで砕けたんじゃなかったっけ?

「…おめーその鎧…」
「……彼女が届けてくれた」

ヒュンケルは、ほんのり青く光る銀の鎧を撫でて誇らしげに頷いた。曰くラーハルトに遭遇したさんは魔槍がヒュンケルの手からラーハルトに戻る事を考えて、ロン・ベルクに新しい魔剣を作ってもらったらしい。

なにその羨まし過ぎる気遣い。それってつまり、好きな人が自分のためだけに専用の武器を調達してくれたってコトだろ。道理でヒュンケルのヤツにミナカトール直前並みのやる気が漲ってたわけだ…そりゃ気合入るわ。

「んで、肝心のお姉様は?」
「地上で戦いの終わりを待っている」
「ちぇっ。オレもお姉様に回復してほしかったのによ〜…」

ぼやきながらさんから預かったという紙を広げて読んで、思考が停止した。

…え。いやいや。
お姉様何コレどういうことスか。


バーンが世界中に仕掛けた黒の核晶を発見したけど大魔宮にある分を残して全部解除済みって。

ハドラーの時に死の大地をふっ飛ばしたやつの10倍くらいの大きさだけど、全部無効化しちゃったって。

オレとポーカーフェイスが上手い人以外はこの事実を教えないようにって、戦局が動いてバーンが最後の一発を出した時に種明かししろって!!


「ポップ?」
「あっいや、なんでもねえ!急にいなくなってごめんねーって書いてあっただけだよ、はは…」


お姉様マジ何やってんだホントにーーー!!!





触れられた頬が少しだけ熱い。
本当は傍に居たかったし、できるなら私だって戦いに参加したかった。だけどパプニカでミストバーンと戦って、私の戦力でどうにかなる相手じゃない事が既にわかっている。バーンに至っては比較にすらならない。戦いの邪魔になるくらいなら、今度こそ大人しく帰りを待つべきだ。

告白までお預けにしたのは、単純にああした方がヒュンケルの生存率が上がる気がしたから。あいつ、告白しただけで満足しちゃって突っ走って自爆技とかやっちゃいそうなんだもの。だけどこっちは悲恋なんてごめんだ。だから都合よく吹いてくれた強風で、彼が最後の言葉を上手く繋げられずにいた時に思いついた。

続きを言ってスッキリしたかったら帰って来いって言おう。思わせぶりに誘って、私専用の手綱をつけて、もう一度引っ張っていてやろうって。生きて帰れる保証のない戦いに赴く男に対して、なんて残酷な女だと思ったかもしれない。けれど死なれるよりはいい。彼が生きようとしてくれるなら、私はどんな酷い手だろうといくらだって使う。ずるい女と呼ばれようと構わない。

好き。愛してる。望むならいくらでも伝えてあげたって良かった。私だってあんたを守りたいんだよって言いたかった。鎧を着た手で頬を撫でられた時、こっちから唇を奪ってやろうかとも思った。だけど彼は戦士で、手にした剣を振るうために力を使わなきゃいけない。だったらその力を最大限に引き出してやるのが、今の彼のためにできる唯一の事。

戦って、勝って、戦士の仕事を終えた時、一人の男になればいい。
私だってその時には、一人の女になっている。
この関係は始まってすらいない。
だから生きて帰ってきて欲しい。
そうしなきゃ何にも始められない。


ぶっ倒れる前にクロコダインに聞いていたとおり、下には仲間たちがみんなの帰りを待っていた。地上にロンさんの姿を確認してルーラで瞬間移動する。柱はまだ落ちていない。いつ使われるかヒヤヒヤするんだけど、移動しないのはバーンに怪しまれるからか。そろそろ退避すべきじゃないのかな。

地面に降り立つと当然の事ながらロンさん以外の周囲がざわついた。行方不明で死んだも同然だったから仕方ないとはいえ、騙してた事については心が痛む。兵士たちの中に一際目立つ女性を見つけた。彼女は私の姿を見つけると、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「えっと…」
「カール王国の女王・フローラ様です」

名前がわからずに反射的にロンさんを見ると、ロンさんの代わりに彼の隣にいたノヴァ君が教えてくれた。

「女王様…」
「あなたがね」

話しかけてきた声音は深く落ち着いている。対面しているだけなのに威厳やカリスマ性が伝わってくるような女性だ。ロンさんは人間側のボスにだけは私の事を伝えると言っていたから、私のことも含めて裏で何をしていたのかは聞いているはずだ。

「はい。この度は無茶な要望を聞いてくださり、ありがとうございます」
「そちらの計画はどうなったの」

急に抜けて迷惑をかけたことについて申し訳ないとは思っていたので頭を下げたら、フローラ様はそこには触れず報告を優先させてきたので、状況説明をする。

「計画は問題なく進みました。後は最後の一発が落とされる前に退避して、即座に解除できれば問題ありません。また現在の戦況ですが、私が大魔宮に着いた頃にはダイ達は随分と先に進んでいる様子でした。クロコダイン達も後を追って突入したことをこの目で確認しています」
「…空爆の可能性が、まだあると?」
「もちろんです」
「我々は勇者達が中枢部に類した場所を破壊したものと見ているけど…」
「あの巨大な建造物を作り上げられるような相手です。予備の動力が残っている可能性も捨てきれないと思います」
「…わかりました。少し休みなさい。直に退避命令を出します」

フローラ様に報告を終えて、指示通りに少し休憩しようと思って岩場に足を向けたら、メルルを治療しているエイミちゃんと目が合った。彼女がここにいるって事は、ヒュンケルとも話をしたのだろうか。エイミちゃんはメルルをそっと地面に横たえてすっと立ち上がると、私の左頬に気合の入ったビンタをお見舞いしてくれた。

「……!」

心当たりしかない。
素直に怒られる姿勢に入ったわけだが、周囲はすわ修羅場かとばかりに騒然とした。

「エ、エイミ…!」
「いいんです。これは完全に私が悪い」

ひっぱたかれた頬がじんじんと熱く痛むけど、私の痛み以上に彼女は彼のことで心を痛めていただろうし、好き勝手に動く私についても思うところはあっただろう。それに私も、ヒュンケルの気持ちを理解していたくせに生存を明かさずに彼を傷つけた事については酷いことしてる自覚はあった。

「……ごめん。」
「…二度とやらないで…!」
「うん」
「今度やったら許さないから!!」
「やんないよ。ごめんね」

半泣きで怒る彼女にぎゅっと抱きついて謝り倒したら、エイミちゃんは赤い顔を隠すように私から離れてメルルの身体を抱き上げた。あの子も怪我をしたんだろうか。手を貸したいけど、私も今は魔法力がほとんど空っぽでキツイ。魔法の聖水はとうに底をついている。サババの倉庫に行けばいくつかあるだろうけど、いつ柱が落とされるかわからない今はこの場を離れるわけにはいかないから休憩するだけに留めよう。

空高く浮かんでいる大魔宮を見上げると、大きな砂埃が上がったのが見えた。あれだけの威力なら戦っているのはダイ以外にない。あの小さな子が戦っているんだ。ミストバーンはもう倒したんだろうか。マァムやポップは。レオナも上に上がっていると聞いたけど大丈夫かな。ラーハルトやクロコダイン達は間に合った?ヒュンケルはまだ立っているだろうか。目を閉じて戦場に居るみんなの顔を思い出す。どうか皆生きて帰ってきますように。





姫やマァム、おっさん達は、バーンの眼光で一瞬にして瞳と呼ばれる球体にされてしまった。残ったのはダイとオレ、先生、ヒュンケル、そしてヒムとラーハルト。
ダイの回復をしている間に、他の4人が攻撃を仕掛けたが、結局アバン先生まで瞳になってしまった。ダイを行かせてやりたかったし、先生がやられるのを見ていたくはなかった。けど我慢するしかねえのは大魔王を倒すために、少しでも勝機を探さなきゃいけないって、嫌になるほどわかってるから。

「力を合わせて…勝利をっ…!」

傷ついたアバン先生の身体が光って、瞳が床に落ちる。硬い音が広間に響いた。

「先生っ…!…見ててくださいよ…!必ずオレ達で大魔王に一発かましてやりますからね!!」
「ふ…笑わせよるわ」

戦士の三人が攻撃に備えろと声をかけてくる。けどわかった。あの構えはカウンター攻撃だ。天地魔闘の構えを取っている限り、バーンは自分から攻撃してくる事はない。
オレの指摘したとおり、バーンは天地魔闘の構えがカウンター攻撃だと認めた。

「だが!わかったところで何ができる!?どうやって戦うつもりだっ!!余がこの構えを取ったら最期何人たりとも崩せんっ!!」

バーンは続ける。時間稼ぎも無意味、暗黒闘気で受けた傷は回復呪文では治らない。その問題はオレにもわかってる。さっきから全然ダイが回復しないからだ。天地魔闘の構えで繰り出される3発の攻撃を全部耐え凌いで直後の僅かな隙を突けば、一太刀浴びせる事が可能なはず。だけど、大魔王だっていつまでもじっと待っててくれるわけじゃない。

「いつでも余の方から攻撃できるという事も…」

バーンの手がピクリと動く。

「忘れてもらっては困るぞ!!」
「かっ…構えをといたっ!」
「来るぞ!!」
「ポップ!」
「ヒュンケル!ラーハルト!ヒム!お前らにこんな事頼むのは気が引けるけどよっ!!」

もうこれしかない!

「お前らの命!!オレにくれっ!!」





大魔宮が強く輝いて、ビリビリと腹の底まで振動が伝わってくる。空が叫ぶようだ。フローラ様の言うように、天上の神々の争いという表現が相応しい。神にも匹敵する強大な力を持った相手、それが大魔王なのだ。

「今、間違いなく大魔王バーンがダイ達と戦っているんですね…!」

ノヴァ君がロンさんに声をかけた。ロンさんは何も言う事はない様子で、黙って空を見上げている。
そろそろ避難した方がいいと思うけど、フローラ様からの号令はまだない。緊張した状態が続く。

ダイ。酷い怪我をしていないだろうか。例え子供でも勇者が相手なら手加減なんてされないはず。
ポップはまだ立ってる?あのコならきっとギリギリまでダイの傍にいると思ってあのメモを渡したけど、倒れてはいないだろうか。
マァム、レオナ姫。女の子でも戦わなきゃいけない、そんな場所に残してしまって本当にごめん。レオナ姫まで上にいるなんて聞いてなかった。安全な場所に避難できているだろうか。
クロコダインは大丈夫かな。いくら頑丈でも大魔王相手にどこまで耐えられるか、無茶なことをしてないといいけど。
チウとあのオバケみたいな人は、流石に戦場には突っ込んでないだろうけど、不安で仕方ない。
新しく仲間になったヒムは突っ走ってやられていないだろうか。
ラーハルトは、ダイを守って戦えているだろうか。命を投げ出したりしてないだろうか。
ヒュンケルは。

『一人の男として……お前を守る者になりたい』

彼は私を守りたいと言ってくれた。ただ守りたいだけじゃなくて、男として。つまり私が女であることを求めているということ。けれどあんたがお空の上じゃ、私はいつまで経っても後方支援の踊り子さんだ。

ねえヒュンケル。あんたは私を捕まえようだなんてしないと思ってた。罪を悔いて後ろばっかり見て、誰かを好きだなんて言えない人だと思ってた。だけど雨の中で手を握ってきただけの初心な戦士は気付けば居なくて、知らない間に線を越えて、自分の足でこっちに近づいて、捕まえようと手を伸ばしてくれた。だから私もあんたの帰りを待ちたい。その手がもう一度私に向けて伸ばされる日を、信じたいから。

劈くような激しい光と恐ろしい地鳴りのような衝撃が続く。両手を組んで目を閉じる。

神様に祈ったりなんかしない。祈ったって神様は何もしてくれないし誰かを幸せにしてくれるわけじゃない。愛は永遠でないと思い知った時も、母の愛を得られずに泣いていたあの頃も、祈ったところで何一つ変わらなかった。

それでもこうして両手を組んで眼を閉じれば、すぐそこに彼が居る気がする。剣を振るって、大魔王に立ち向かう姿が見えるような気がする。ロンさんが言っていた、彼は剣術ならロンさんに引けを取らないレベルだと。それだけの強さを持つ彼が死んだりするはずない。

「勝って…お願い…!!」

両手に力を込めて呟いた時、メルルちゃんが飛び起きた。





無敵の構えに苦しめられながらダイが放った一撃は、ついに大魔王の腕を切り飛ばした。天地魔闘の構えをついに打ち破った。

「ダ…ダイーーーッ!!」

腕が飛んだ衝撃で生まれたほんの一瞬の隙をついて、今度はダイが剣を大魔王の胸に突き刺し、すかさずダイがライデインを唱える。電撃が二人の身体に命中し、電光がバチバチと激しくスパークした。

「き…貴様ッ…余と…死ぬ気かっ!?」
「もう決め技を打つ体力が無い…かといっていくら天地魔闘の構えを破ってもまともに呪文を食らってくれるお前じゃないから…」

煙を上げながらバーンの身体にしがみついて、ダイが剣を強く握る。

「もう…一発あーーつ!!!」

ダイは小さい身体で剣を必死に掴んで、自分の身体が傷つくことも厭わずにライデインをバーンと一緒に食らい続けている。滅茶苦茶だけど確実に効果のある攻撃だ。剣を伝って電撃がバーンの体内を直接焼いているんだから、ダメージを受けないわけがないんだ。こんな戦い方を続けたらダイの体力だって一緒に削られるとわかっていても、オレには止められない。バーンより先にくたばらねえでくれって祈りながら、ライデインの電撃を食らい続ける姿を見守るしかないんだ。

電撃を食らいながらバーンが突然抵抗をやめて話しはじめた。

「……あきらめろ…ダイ」
「な…なにっ!?」
「おまえが信じ続けてきた“魂の絆”とやらが…仲間たちの流してきた血、味わってきた苦痛が全く無意味なものだったという事がすぐにわかる…」

バーンは落ち着き払った様子でダイに語りかける。

「だからもう…こんな無益な攻撃はやめ…あきらめるがいい………お前のためだ…!!」
「な、何を言ってるんだ…無意味な…無意味なわけないだろっ!!おれがここまでお前を追い詰められているのは…みんな…仲間のおかげだっ!!」
「“余を追いつめること”…それ自体が無意味なことだとしたら…?」
「えっ…!?」

バーンが手をかざすと、地鳴りのような振動が魔宮を揺らし始めた。





いい加減に避難しなきゃと思っていた矢先、エイミちゃんに治療を受けていたメルルちゃんが突然目を覚まして危険が迫っていると叫んだ。彼女の言葉が決め手となり、フローラ様の号令で魔法円を残して全員が一斉に退避。メルルちゃんが良いと言うまでとにかく遠くに走り続けた。2キロほど離れて全員が走り疲れ始めた時、それは遂に放たれた。

バーンが地上に落とした柱の最後の1本は大魔宮から射出され垂直に落下し、衝撃波と共に地面に突き立てられた。空爆の衝撃で強い風が周囲に吹き荒れる。ロンさんの指示で地面に伏せて衝撃が治まるのを待ち、数分じっと待ってから身体を起こすと、さっきまで居た谷は跡形も無く吹っ飛んでいた。地形が完全に変わっている。

この空爆だけで、これまでどれだけの人間が命を落としただろう。爆撃を受ける地点を予測した後、私達は避難を呼びかけることはしなかった。こちらの動きを察知されたら過程をすっ飛ばして黒の核晶を使われる恐れがあると、ロンさんとマトリフさんと考えて出した結論だった。地上の全ての命と、落下地点周辺で生きる者達の命を秤にかけて、少数の彼らを見捨てたのは紛れもない事実だ。胸が痛まなかったわけじゃない。助けられるものなら助けたかった。私が選択は本当に正しかったのだろうか。

「…

犠牲者の事を思わずにはいられなくて俯いていたら、フローラ様が肩を叩いて声をかけてきた。堪らなくなって拳を握る力が強くなる。

「一体…これで何人死んだんですか…」
「死者を数えるのはやめなさい」
「でも…!」

感情的になりかけた私の両肩をフローラ様の白い手が押さえ込んだ。落ち着き払って揺ぎ無い瞳で真っ直ぐに見つめられて言葉も涙も引っ込んでいく。カール王国の長として生きている女性の瞳だ。

「正解など探すべきではありません。重要なのは未来を拓く為に最良の選択であったかどうかよ」
「最良…」
「貴方達の決断は少なくとも犠牲者を最小限に留めることができた。次はこの結果をどう活かすか」

フローラ様は傍に立っていたロンさんに眼を向けた。

「ロン・ベルク。彼女と共に最後の一つの解除を」

柱を眺めていた彼は使えなくなった両腕なんて気にも留めていない様子で私の前にゆっくりと近づき、鋭い瞳で見下ろしてきた。その眼に険はなく、いつも私をしばき倒していた人とは思えないほどに穏やかだった。

「…ロンさん…」
「……シけたツラをするな」

ロンさんが顎で柱を指して視線だけをこちらに向ける。風が背の高い彼の黒い髪を靡かせた。汗の匂いが埃っぽい風に混じっている。広い背中が頼もしくて、私はいつだって文句を垂れながらもおんぶに抱っこで頼ってばかりだ。そして今も私の背中を押してくれている。この気難しい魔族の鍛冶屋が、全面的に信頼してくれている人間の一人として私を傍に置いているのだと自惚れてもいいのなら、期待に応えなければならない。

「片をつけるぞ」
「…はい!」