(クロコダイン視点)

ピラァ・オブ・バーン――6つ目の柱が真下に落とされて、フローラ様達が居たはずの場所を直撃した。その場所にはも、ロン・ベルク殿も、多くの仲間が居るはずだ。そこに最後の空爆が落とされた。

冷や汗が滲む。 バーンの魔力が柱の上部を映し出すと、薄く光る機械のような黒い球状の物体が設置されている。それこそが黒の核晶、ハドラーの体内に埋め込まれていたものだという。あれが他に5発ある。それも、体内に埋め込めるようなサイズではなく、オレの巨体にすら入らないほどの大きさで、世界中に六芒星を描いて設置されている。

絶望、の二文字が脳裏に浮かんだ。
これではバーンを倒しても地上が吹き飛ばされる。オレ達が戦い守り抜いてきたものは奪われてしまうのだ。爆弾を止めにいく手立てはない。ここに地上の実力者たちが集結している以上、最早止める術はない。

「今度こそ理解したであろう。これ以上の戦いの無益さを…」

項垂れたダイにバーンが追い討ちをかけた。
その時だ。

「くっ…くくっ………!」
「…?」
「…ポップ…?」

ポップが俯いたまま、突然笑い始めた。絶望でついに頭がおかしくなったのか。クールなはずの魔法使いの少年の変貌振りにいよいよダメかと思いきや、ポップの口から出たのは予想外の言葉だった。

「大魔王サンよぉ……あんた人間を見くびりすぎだ」
「…なに……?」
「その黒の核晶なら、とっくに使い物にならなくなってんだよ!!うちのお姉様のおかげでなぁっ!!」
「………!」

バーンがポップの言葉で浮かび上がった映像を見る。映像に移りこんだ柱には人影があった。と、ロン・ベルク殿だ。柱の黒の核晶にが近づき、何かを押し当てて叫んだ。爆弾は強く輝き、爆発するかと思いきや光が霧散して消えた。

爆発を控えて薄く光っていたそれは今や何の光も放つことなく沈黙し、満足げに微笑んだは手の中の丸い物体に余裕の表情で口付けて隣のロン・ベルクに手渡す。そして片方の長い脚を停止した核晶の上に乗せ、立てた膝の上に両手を乗せた。見せ付けるような艶やかな太腿には何か書いてある。 目を凝らしてみるとそこには、桃色の文字。


SORRY!


見ているかヒュンケルよ。

お前本当に、とんでもない女性を愛してしまったようだぞ。



(夢主視点)


柱の天辺は風が強くて少し肌寒い。これが柱に仕掛けられている最後の爆弾だと思うと、感無量だ。ほんの数日前に見つけたときは本気で世界の終わりを覚悟したけど、今や手の中の道具一つでこの爆弾は脅威ではなくなる。ロンさんの傍にはノヴァ君がくっついている。見届けたいと言うので一緒に連れてきたのだ。

さん…!」
「…マジャスティス!」

手にした宝珠を黒の核晶に押し当て、呪文を唱える。一瞬強く光った後、溜め込まれた魔法力が霧散して消えた。もう爆発する危険性は無い。宝珠にキスしてロンさんに渡せば、私の仕事はこれにて完遂。

ロンさんとマトリフさんと私の3人で、バーンの目的が柱で六芒星だと判明した時のことを思い出す。
サーモンピンクの口紅で描かれた図形を見ながらマトリフさんが言った。

『…この予測だと地上には6発のドでかい爆弾が仕掛けられるってことになるぜ』

『極秘裏に対応するしかねえな。騒いでバーンに感づかれると爆弾を発動させられかねん』

『1日1発と仮定して、全てを設置するのにあと3日だ。3日以内に解除方法を見つけ爆発を食い止める。出来るか嬢ちゃん』

『……マトリフさん、最終落下地点の予想は?』

『残るはパプニカ西部、リンガイア、そしてカール……オレがヤツならカールを選ぶ。前勇者の出生地だからな』

『カールねえ…』

『既に落ちた分はどうする。凍結だけでもさせておくか』

『いや、やめたほうがいい。ヤツに感づかれたらそれこそ一巻の終わりだ。監視が無いとは言い切れねえ』

『大魔王の狡猾さなら、最後の一発は決戦まで念のために取っておくんじゃないの』

『なら作戦は一つだ。最終決戦時、バーンの意識が逸れている間に5つの爆弾を一斉に解除する。そして最後の一発が放たれた直後に、そいつも最速で解除する』

『うっわハードなミッションですこと』

『やるのはお前だ。この計画は絶対に敵に気づかれてはならん。慎重にやれ』

あの時はこんな計画無謀だって思った。その後ドワーフの情報をロンさんがくれたけど、探しても探しても彼らを見つけられなかった。

でもラーハルトが生き返って協力してくれて、ロンさんが黒魔晶の原料を精製してくれて、マトリフさんがドワーフに貰った手順を見ながら試作まで完成させて、それを基に解除のために術式を組み立てて、残った黒魔晶でこの宝珠を作ってくれて。

オーザムで出会ったまぞっほさんは、ずっとモシャスで敵の見張りに変装してくれて、その他資材の調達をお願いしたずるぼんは、ちゃんと注文通りの品を入手してくれて、でろりんとヘろへろは(結果的にはあんまり意味なかったけど)ドワーフ探しにも力を貸してくれた。

沢山の人が無謀と思えることを可能にしてくれた。だから私は今ここで、ざまあみろって笑っていられる。それだってダイ達に勝って欲しいから、みんなに生きて欲しいからだ。

みんな大丈夫、後ろは任せろって言ったじゃない。だから今もしバーンが地上は終わりだなんて言ってたら、鼻で笑い飛ばしてやればいい。その話題、終わってますよ?って言ってやんな。

片足をガラクタと化した黒の核晶にガツンと乗せてヒールを立てる。
毎日手入れを欠かさない自分の脚のラインはイイ線いってる自覚がある。
びびってる姿なんて見せやしない。
大魔王サマ、どうぞ御覧あれ。
ちゃんと口紅で謝罪の言葉も書きました。

21歳ピッチピチのダンサーが磨き上げた自慢の美脚、お詫びにお見せいたします。



(ヒュンケル視点)


柱が落とされた瞬間、目の前が暗くなった。が、オレを待つと言ってくれた大切な人が無情にも再び死の危険に晒されてしまった。無力な己を殺してやりたいとすら思った。しかし彼女は変わらぬ姿で柱の爆弾に近づき、ロン・ベルクとノヴァと共に不思議な行動を取っていた。黒の核晶から光が放たれて霧散し、残ったのは光を失った超爆弾の姿だ。一体何が起きているのだろうか。

「何をした…!」
「全部解除しちゃったんだよ。オレ達の仲間がオーザムで発見したのさ」

ポップの言葉にハッとした。がオレに預けてポップに渡せといったメモの存在だ。あの紙切れにはこのことが書かれていたのだ。

「さ……最初から気付いてたなら、なんで教えてくれなかったんだよ!」
「そりゃバーンを警戒してたからだ。直接発動させられたら解除も何も、こっちの全滅が早まるだけだからな」
「何でポップがっ」
「ヒュンケルにさんから預かったメモを渡されたんだ。そこに全部書いてあったぜ」

ポップがズボンのポケットから取り出して小さな紙を広げ、バーンに突きつけた。小さなメモ書きは遠くて中身が読み取れない。バーンの企みに気づいた旨が書かれているのだろうが、生憎オレの位置から視認できるものは一つだった。

「キスマーク付きでなぁっ!」

紙切れに写された桃色の唇の形がなんとも憎らしい。 映像に映し出されたは完全に無効化された核晶に大胆にも腰掛けて、さっきまで見せ付けていた長い脚を組んで笑んでいる。してやったりと言わんばかりだ。最後の最後で敵の切り札を覆す逆転劇を魅せてくれた。今の彼女は正に、舞台で誰よりも美しく踊っている状態なのだろう。

戦場から離れようとも彼女の心は常にオレ達に寄り添っていてくれたのだ。ただ待つだけではなく、自分にできる限りの事をやっていてくれた。だからこそ彼女はポップにだけ、この壮大な作戦を伝えたのだろう。作戦を知らせる人数を絞り、他の仲間の気が緩むことなく戦えるようにした上で、バーンが勝利を確信した瞬間に奥の手として用意した最高の一撃を叩きつけてやれるようにと。 痛快極まりない。

この為に行方を晦まして、裏で戦況をひっくり返す策を企てていたのか。美しく可憐な見た目からは想像もつかない、渾身のカウンターをバーンに与えてくれた。何故か自分まで誇らしく思えてしまう。

「……余の手札は見破られていたというわけか……」

苦々しい表情で呟いたバーンに、映像に映し出されたロン・ベルクが言い放つ。

「運が悪かったな。バーン」
「愚かなりロン・ベルクよ…よもや人間どもの悪あがきに手を貸していようとは…魔界の名工の名が泣くぞ!!」
「……確かに爆弾を全部止めたからといってお前を倒せるわけじゃないだろう」

冷静なロン・ベルクの回答に、バーンがにやりと笑う。

「その通り…なんなら今からでもこの大魔宮へ招待してやろうか?今ならばまだ許してやらんでもない」
「冗談じゃない。お断りだ」

ロン・ベルクは言う。バーンの下にいた時が尤も恵まれており裕福だったが、一番退屈で自分が腐っていくのを実感できた時だった。その日々に比べれば、ダイ達に出会ってからの数週間は短いが本当に充実していたと。今までの生涯に匹敵する輝きがあった、と。

「同じ過ちを二度繰り返すくらいなら…オレは多少なりとも気に入ったこいつらと運命を共にするさ…!!」
「……先生っ!!」

ノヴァが嬉しそうに表情を輝かせ、が満足げに笑う。その様子を眼にしたバーンは鋭い眼光で彼らを見つめ、問いかけた。

「いい度胸だ。しかし余がまだ切り札を持っているとは考えぬのかな…」
「…!」

尋ねられたロン・ベルクとノヴァが言葉を失う。バーンの視線は更に動く。

「そなたはどうだ女。余がまだ切り札を持っていると思わぬか」

問いかけられて、は黒の核晶に膝を立てて座ったままで答えた。

「――私はあんたが黒の核晶以上に人数と時間が必要になるような策は持ってないと考えてる」
「……根拠をお聞かせ願おう」

バーンの言葉には笑みを消して立ち上がり、黒の核晶から降りて空を見上げた。視線の先にはこの大魔宮があるようだ。

「…この柱には、誰かに爆弾が仕掛けられていると気付かれた時に対処できる見張りは居なかった……相手の力を一箇所に集結させて動きを封じる戦略は少ない人員で問題に対処するのには効率がいいけれど、人間には想像も及ばない力を持っている大魔王が罠を確実にするための見張りすら集められないほど人員不足とは考えにくい。つまりあんたは、初めから人間がここまでやるなんて思っていなかった…柱に仕掛けた爆弾に問題が起こった場合なんて想定すらしていなかったんでしょ」

バーンはじっとの推論を聞いている。静けさが異様で緊張する。彼女がバーンの怒りに触れて殺されやしないか気が気でない。心臓に悪い。回復してもらって生き永らえた寿命が、彼女の手でガリガリと削り取られている気分だ。

「この戦略から見えてくるそちらの事情…それは、元々黒の核晶は戦いの中で奥の手として使うのではなく、本来私達が全員死んだ後に使うつもりだったということ」
「…!」
「だからオーザムにいた凍結防止の見張り以外は監視が無かったんでしょ?最初から地上の実力者を全員まとめて始末してから爆弾を使うつもりなんだから、爆弾が見つかろうが見つかるまいが見張りなんか要らないもの」

オレの緊張など露知らず、は推察を述べていく。よくぞ少ない情報からここまで読み取ったものだと感心するが、彼女の頭脳がバーンに目を付けられる原因にならないか、オレにとって今の問題はそこだ。静かに待っていて欲しい。

「そしてあんたがこのカードを切るタイミング。時間と労力のかかる黒の核晶の仕掛けをわざわざ引っ張り出して奥の手として使ったのなら、勝利を得る方法が戦いの意味そのものを失くすしか無いと結論付けたって事……あんたは追い詰められている」

天高く聳え立つ柱の上で、踊り子は悪戯っぽく微笑んだ。

「間違ってます?大魔王サマ」
「…小娘が…ッ!」

様々な事実を基に推論を進めて真実を見抜く洞察力と、小さな証拠を見逃さない力。戦闘能力の低い彼女の頭脳がバーンに勝った瞬間だった。それは同時に彼女がバーンに敵視されたことを感じさせる瞬間でもある。不安と焦燥感に駆られる。しかしそんな男の心など気にも留めていないは小首を傾げて言った。

「そ、小娘だから許して?」

隣のロン・ベルクが噴き出した。