(アバン視点) 「ずっと魔王軍で育ったそうです。アバンさんから離れて以降、ほんの数ヶ月前まで」 カールの砦の部屋で紡がれたヒュンケルの過去。 一番弟子が想いを寄せているらしい女性は、ティーカップを両手で支えながら静かに話してくれた。 彼女が出会った頃のヒュンケルはまるで傷ついて人間不信になった動物のようだったという。 怒りを抑える事も無く、当り散らして、イライラしていたと。彼女が彼に、アバン先生なんて会った事ない、いい人としか聞いてないと言ったら、“そら来た、これだよ!”とでも言うような顔で、自分の父を殺したのはアバンだと話したらしい。 その後、彼の父が遺した物のおかげで誤解は解けて、ダイ達に協力する事を決めたという。 細い手がティーカップを置いた拍子に、冷めた赤茶色の液体が揺れた。 「私、思うんです。身体は大きくなっても、彼の心はまだ貴方と別れた頃のままで止まってるんじゃないかって」 「止まっている…?」 「大好きだったお父さんヘの愛情を貴方への憎しみに変えて生きてた。けれどほんの数ヶ月前に何もかもが覆されて、今まで自分がしてきたことの意味とか考えとかが足元から崩れて、それを埋める為に罪を償うように戦って、 傷ついて……純粋すぎて危なっかしい子供のまま、大きくなっちゃったのかなって」 それも解っててあえて荒く扱ってる私は性格悪いんでしょうね。苦笑しながら話し終えた彼女に、言葉が出てこない。あの小さかった手が剣を握り締めて殺気を放ちながら斬りかかって来た時、何故受け止めてやれなかったのか 。もっと抱き締めてやるべきだった。憎しみで心を染めて生きる苦しみを味わわせてしまった。 緩やかな黒髪をしなやかな手で肩の後ろに退けて、押し黙った私に彼女が尋ねた。 「アバンさん。私も貴方が生きていたら聞きたかったんですけど、どうして貴方は……」 何故、彼を信頼できる人間に預けなかったのか。 自分だって成人もしてないような子供だったのに、傷ついた子供を連れて何故、旅に出たのか。 「個人的な意見で申し訳ないんですけど、心に傷を負った子供には、変わらず愛情を注いでくれる人間と落ち着ける場所、長い時間が必要だと思うんです。もちろんアバンさんにどんな事情があったのか知らないから、批判する つもりは無いです」 ただ、と彼女は続けた。 「ただ、貴方は…15年前って言うと、まだポップかマァムくらいの、子供だったわけですよね?確かにすごく頭が良かったんだと思うけど、だったら尚更、どうして誰の協力を得る事もなく彼を一人で育てようと考えたのか、不思議で」 私は答えられなかった。その問いはかつて自分自身が己に問いかけたものであり、答えは情けないほどに単純なものでしかない。深く溜息をついた私に、さんが困ったように微笑んだ。 「答えたくないことは答えないでいいです。その……ゆっくりでいいから、彼も擦れ違ってた気持ちを解いていけたらいいなって…すみません、部外者の私が言う事じゃないですね」 お茶とスコーン御馳走様でした、と軽く会釈して、彼女は椅子を引き静かに立って部屋を出た。踊り子と呼ばれる 女性と正面を切って話したことはそう多くない。内心、感情を剥き出しにしてぶつけてくるのではと考えていた自分が恥ずかしい。見た目の印象よりも遥かに思慮深く冷静で、心優しい女性だった。 「……本当に、素晴らしい人を見つけたものだ」 ヒュンケルの、あの幼かった彼の憎しみで染まった15年を癒せる人間がいるとしたら、それは間違いなく彼女をおいていないのだろう。 * (ラーハルト視点) 昨日まで滞在していたベンガーナはかつての同僚が飛竜で攻撃をかけた国だ。止めなかった自分も加害者ではあるが、当時の主の意に沿うものとして理解していたので、弁明するつもりはない。とはいえ誰も知らない事なので、わざわざ口に出すつもりもない。 それでなくとも現在訪れているリンガイアなど主君が竜を率いて壊滅させた国である上、次のカールも同様だ。後悔も恥もないが、無駄な恨みを買う必要もないため、極力人間とは関わらないよ うにしている。 「でもね、流石にどうかと思うんだよね」 その努力をぶち壊しにしてくるのがこの女だ。 「だってもう3回だよ?3回もチャンスがあったのに、ことごとく何かしらの邪魔が入るんだもん。ダイはしょうがないとしてもさー、2回目はチウが新技開発とか言って突っ込んできちゃうし、3回目はあっちが女の子に「キャー !」とか言われて。そりゃ女の子がキャーキャー言いたくなる気持ちはわかるよ?彼カワイイ顔してるし。でもさ 、タイミングってのがあると思わない?どうもそういう空気作りが苦手って言うのかな、上手くバリア張れてないっていうか、隙があるっていうかさー」 「……何故それをオレに言うのだ」 「遠回しにフォローをお願いしています」 「言っている意味がサッパリわからん」 「えーお願い!協力してよ友達でしょ?」 「思い違いだ。諦めるんだな」 「そこをなんとか!こんなに告白のタイミングを逃し続ける人初めてなんだもん、ヘルプお願いします!」 「くだらん」 露に濡れた花弁のような唇を尖らせてぶうぶうと文句を垂れている姿はヒュンケルの前で見せるものとは違い、いくらかあどけなく見える。惚れた男とそうでない男に対する態度の違いがわかりやすい女だ。加えて、戦いの折りのような踊り子らしい派手な装いをやめて清潔感のある露出の服装に変え、ヒュンケルに好かれそうな清楚なイメージにしているとあくまで本人は言うが、おそらくヒュンケルはそこには気付いていないと思われる。というか、女の服装の変化などに目が行く男なら彼女がよりによってオレにまでこのような馬鹿げた相談をする必要はないだろう。面倒な事この上ない。 というのは本当に不思議な女だ。ダイ様の仲間として出会う以前から魔族の容姿など気にも留めずに話しかけてきた。ロン・ベルクの下にいたのだから気にする方が不自然なのかもしれないが、地上の大多数の人間は魔 族の容姿を嫌うものだ。事実、ダイ様やポップ、ヒュンケル以外の人間は用が無い限りそれほど話しかけてはこない。少なくとも下らない色恋の相談などしてくることはありえない、が、この女はそれをやる。人選を間違っているとしか考えられない。 「他人の色恋の面倒なんぞ見れるか。無関係のものを巻き込むんじゃない」 「親友の恋路でしょ、関係あるある」 「無い。わかったら何処かへ行け、やかましい」 「……はーい。」 にべもなく言い返してやればようやく諦めたのか、 は肩を竦めて飛翔呪文でバルコニーから階下に降りた 。別の相手に愚痴を言いに行ったようだ。手持ち無沙汰になりバルコニーから中庭を見ていると、視線の先でが武闘家の女となにやら楽しげに話している。特段魔族だけに親しく接するわけでもなく、あの女の態度は基 本的に種族問わず平等に見える。唯一の例外はヒュンケルに対しての好意的な態度だが、これは愛情を抱いているが故の行動のためなので別とする。 ロン・ベルク曰く、あの女は初対面時も魔族というものに一切敵意がない様子だったという。驚きはしたが恐ろしがっては居なかったと。あの年であればハドラーが地上を侵攻した際に自分とほとんど変わらぬ年頃の子供だったはずだ。であれば、ヒュンケルという例外を抜きにして考えると、魔族には敵意を持つのが自然だ。よほど田舎の生まれか、はたまた運よく魔王軍の脅威から逃れて育ったか、身近に親しい魔族でも居たのか。考えられるのは最後の説だが、本人から一切その様な話は聞かない。 全く持って理解できない。理解できないものを放置するのは脅威を放置する事にも繋がるため、密かに観察していたが、新たな主の脅威になる存在とはとても思えない。あれはただの美しい人間の女だ。よく泣き笑い、大戦後は 友と認めた男を見つめては切なげに瞳を揺らすだけの。 女というものは笑っている方が良いに決まっている。泣き顔は、自分が石を投げつけられる度に泣いた母の顔を連想するので好きではない。は既に自分の所為で二度泣いている。これ以上泣き顔を見せられては堪らない。ヒュンケルも無駄に悩ませたりなどせず早く貰ってやればいいのだ。ヒュンケルが強く惹かれ、女もまた同じ想いを抱いているのは明白だ。 早く一緒になってしまえばいい。そうすれば彼女は得体の知れない女ではなく、友が愛する女に変わる。脅威でないのならば放っておけばいい。見るからに幸運を自分で呼び寄せそうな性格をしている、あれならばヒュンケルも巻き込んで勝手に幸せな人生を送るだろう 。 不意にが振り返り、こちらを見る。観察していたことを悟られたかと思いきや、階下からヒュンケルが姿を現した。踊り子はヒュンケルに駆け寄って笑顔を向けている。気にも留めていない者からの視線など気付くはずもないのだ。あの女の目はいつも友を追いかけているのだから。鉛の塊を飲み込んだような気分が不愉快で、視線を外して室内に戻る。気付かれもしなかったことを不快に思う理由など、考えたくもない。 * (クロコダイン視点) カールでの凱旋も終わり、残る国はパプニカだけだ。仲間達は一度は壊滅状態になったサババ港からパプニカまでまとめて船に乗り、10日ほど海上で過ごす事になる。陸地の移動では好機の目に晒され続けて億劫だったので、時 間はかかるが限られた者達しかいない空間は楽でいい。 「うおー!こりゃまたデカイ船だなあ!」 「ほんとだ!早く探検しよう!」 「あっ、こら!もう、二人とも勝手に先に行っちゃだめよ」 「ちょっとぉズルイわよダイくん、あたしも一緒に探検するんだからね!」 年下の仲間達はわいわい騒ぎながら船の甲板に次々上がっていく。若いというのはいい。 さて、若いと言えばやはり今最も見ていて面白いのはこの二人だ。 「、手を貸そう」 「ん。ありがと」 船に上がる桟橋で甲斐甲斐しく想い人に手を貸しているヒュンケルだが、は桟橋から落ちても飛べる、という事を完全に忘れている。そしてもまた、ヒュンケルがが飛べる事を忘れている事を理解した上でちゃっかり差し伸べられた手を借りている。無自覚だがわかりやすすぎる精一杯の愛情表現を彼女は楽しみな がら受け入れている様子だ。 どう見ても恋人同士のように親密だが、実際の二人はまだ恋人関係ではないらしい。彼女曰く、「待機中」とのことである。何を待っているのかは言わずもがなで、が両腕を広げて待っていることを知らないのは彼女を想うヒュンケル本人だけだ。というのも、ヒュンケルは驚くほどわかりやすい態度でに接しており、もそれを全て好意的に受け止めて好意的な態度で返しているのに、この不器用な戦士は彼女の好意には気付いていないのである。おそらく彼女が主張している好意的な態度の理由を半分も理解していない。 「わっ!待ってヒュンケル、足引っかかった」 「……仕方がない。少し我慢してくれ」 「え?あ、」 ヒュンケルがをひょいと抱き上げて桟橋を上がっていく。抱き上げられたは驚きながらも嬉しそ うに微笑んで、はにかみながらも大人しくヒュンケルの行動を受け入れている。を抱き上げたヒュンケル は気恥ずかしそうに目を逸らしながら足早に桟橋を駆け上がる。ウム、青春しているな。 桃色の空間を作り上げて桟橋を上がっていく二人を、双方とそれなりに打ち解けているラーハルトが後ろから呆れた様子で見ているのがまた面白い。イチャついていないで早く上がれ、と言いたいのだろう。この男にはがよく愚痴を言っている。主にヒュンケルの決定打が来ないことについてだ。口を開けば毒しか吐かないラーハルトにすら鋼鉄の神経をしているは一切の気も使わないため、なんだかんだで最後まで愚痴を聞かされている様子を見ていると和む。この男は言えば聞いてくれる、とに目を付けられているのだ。 成人した男とはいえ、彼らもまだ若い。 年相応に振舞うのペースに振り回されている様子が平和を一層感じさせてくれる。 不穏なのはそんな彼女に対し、最近何も知らない女性たちの一部が邪推をして根も葉もない噂を立てようとしているところだが、こればかりは容姿に恵まれた女性の宿命なのだろう。直接的な害がない以上はどうにもしてやれない。ヒュンケルが気付いてやれればいいのだが。 それにしても、そろそろ気づけヒュンケルよ。 は桟橋から落ちても平気なのにお前の手をあえて借りているんだぞ。 ついでに言うと、はお前といる時間が長くなった上に、少しずつ距離を縮めているぞ。 そして更に言えば、お前以外の男にそんな愛らしい笑顔を向けることはない。 確かに彼女はいつも笑顔だから気付かないだろうが、何でもない男に向けているのはただの愛想笑いだ。 さばけて勝気な彼女に砂糖菓子のような甘い微笑を向けられているのは自分だけだってことに、いい加減気付いてやれ。 * (夢主視点) 「終わったーー!」 凱旋が終わった私達は、パプニカに行動拠点を落ち着ける事になった。大人数で様々な町を渡った疲れで、凱旋最終日に大部屋にまとめて戻ってきたみんなのテンションは明らかにおかしかった。 「ああ苦しい!早く衣装を脱ぎたいわ、さん手伝って!」 「待ってマァムここ男いるから。メルルちゃんもまとめてやるから、隣の部屋に行くよ」 「…はっ!待ってくださいさん、私…なんだかトランス状態になれている気が…」 「それ酸欠!!メルルちゃんだめだよ!飛んじゃだめだよ!」 「さん何でオレにはぱふぱふがないんスか!?師匠だけってどういうことスか!?」 「お黙りエロ魔導師!」 「…この服はどう脱げばいいんだ…?」 「ってこらあんたまで!半裸でいいのは戦場だけだよ!」 「さんおれ漏れちゃう!トイレどこかな!?」 「お待ちくださいダイ様。…おい、早く教えろ緊急事態だ」 「私が知るかーーー!!」 こんなだった。 幼稚園児かお前らは。私は引率の先生か。 急いでダイをトイレに連れて行って戻って隣の部屋でマァムとメルルのドレスを脱がせて着替えさせて、ポップをマァムにボコらせてヒュンケルの服の脱がせ方をラーハルトに教えて押し付けて、ようやく自分も着替えて大部屋に戻ったらいつの間にか増えていたアバンさんが優雅に紅茶を入れて寛いでいたのを見て全身から力が抜けた。アバンさん先生って呼ばれてんだから手伝ってくれてもいいじゃんよ。 「おや?どうしましたさん?」 「…不条理だ…うわーんクロコダインーー!!」 「うおっ!?」 とりあえずクロコダインに抱きついて癒されておいた。うん、包容力のある男性っていいよね。ちなみにポップ曰く私がクロコダインに抱きついてた間はヒュンケルからただならぬ暗黒闘気が放たれそうだったとかそうでなかっ たとか。知らんわそんなん。 「たく、何でも私に聞けばいいと思ってんだからあいつら…」 宛がわれた一人部屋には大きなふかふかのベッドがあり、バッタリ倒れこんでも全然痛くない。 王宮のベッドって最高。シモ●ズみたい。 残っている大きなイベントは2週間後の戦勝記念パーティーとその後にあるサミットだけだ。 サミットに関しては、魔王軍の攻撃で受けた被害を各国でどこまで協力し合うかという内容が主になる。アバンの使徒は全員参加(ダイがそろそろイヤになってきたらしくてごね始めたのが微笑ましい)、私はベンガーナの会議資料だけ準備して一応ベンガーナの人間として参加することになっている。 とはいえ、私はこれ以上復興関係の仕事をするつもりは無い。 私がベンガーナの復興や関連する仕事を頑張ったのは成り行きも大きいけど、一番の理由は勇者の仲間の中にベンガーナ王に顔が利いてフルサポートが可能な人間がいなかったからだ。けれど今はほとんどの仕事を他の人に引き継いだし、自分の方向性も決まった。これ以上は勘弁して欲しい、どうしても叶えたい夢があるんですとベンガー ナ王には予め話して、渋々ながら了承もしてもらっている。だから会議の席では、私が抜ける旨を王様に話してもらう。 引き止められたら困るのでどこに行くかは誰にも話していない。ただしヒュンケルがどう動くかによって行動も変える。もし彼が私を必要としてくれるなら、彼の近くで夢を叶える方法を模索する。上手く行かないなら誰にも行き先を教えずに夢に向かって突っ走る。 ベンガーナでの街中デート(デートだよね、あれ)は久しぶりにドキドキした。 腕を掴まれるって、結構、クる。それに髪に使っている香油が変わった事に気づいてくれていた。 船に乗る時だって桟橋で抱き上げてくれたし。あれもときめいた。 ぶっちゃけ飛べるんだけど、好きな人にくっつけるなら甘えるよね普通。 「……素直に嬉しいよね、ああいうの。」 以前は気にならなかったけど、抱きとめられたり支えられたりしていると、最近はついつい彼の身体に目がいく。 回復を何度もしているから見慣れてしまったもののヒュンケルは細身に見えてがっちりした戦士らしい体格をしている。顔がキュートだし身長もあるからスレンダーに思われるけど、しっかり筋肉はついているのだ。無駄がない引き締まった体つきがセクシーですごくいい。自分の気持ちを自覚してからは尚更格好良く見える。 いい雰囲気になってもなかなか踏み切れないところがあるのは、天性のタイミングの悪さだけじゃなくて、やっぱりパプニカを滅ぼしちゃった罪の意識が強すぎるんだろうか。決戦の時は生きるか死ぬかだから、悔いを残したくなくて気持ちを伝えようとしたのかもしれないけど、生き延びた今、また迷い始めているのかもしれない。 でもそれを言うなら私だってバーンの空爆で被害が出るのを知ってて放置した人間だ。つまり間接的に人を殺しているわけで、勝ったから裁かれなかっただけでやったことの本質は同じだと思っている。実際あの6回の柱による空爆で数百人死んだ。パプニカの不死騎団侵攻で亡くなった人の数までは知らないけど、殺した人の人数で罪が決まるわけじゃないなら私も等しく地獄行きだ。ここからの人生でその事を忘れることはないだろうし、悔いずに生きることもできないだろう。 それでも私は前に進みたい。ヒュンケルの抱えた重い荷物を二人で支えながら歩きたい。 恋する相手は彼で終わりにしたいと本気で思っている。 けれど一人の男性からの言葉をこんなにもじっくり待つのは初めてで、どこまで待てるか不安もある。 ベッドに置いてある紙束を捲くる。 凱旋の途中で集めた踊り子募集のチラシだ。彼の心が決まるまで後どれくらいかかるか知らないけれど、近いうちにアクションを起こすと信じて待つしかない。できれば期待通りの結末になってくれると嬉しい。けれどそうならないなら、どんなに悲しくても自分の今後を優先したほうがいい。つまりは、彼を諦めて夢を追う道に進むという事だ。 腹の立つことに、この世界では20歳を過ぎた踊り子はギリギリらしいので、夢を追うならとにかく早く行動しなければいけない。白銀の踊り子なんて呼ばれているけど、実際踊りで評価された事はほとんどないのだ。個人的にはそれが一番許せない。私はダンサーだ。魔王軍の襲撃対策の仕事を頑張ったのは他にできる人がいなかったからであって、今は私じゃなくてもやれる。だったら踊りを優先したい。 「……んー。でも今日もなんもなかったしー……」 ベッドに顔を埋めて足をバタバタさせる。進みそうで進まない状態がもどかしい。 本当に、一体いつまで待てばいいんだろう。 今夜にでも言ってくれないかな。 余裕がどんどん無くなっていく。 |