(夢主視点)
サミットを明日に控えて準備も全て整えた。夕方からのパーティーには各国の王と官僚が参加する予定になっている。無論ドレスアップが必要になるので、凱旋とはまた違うナイトドレスをレオナが準備してくれた。自分で買うつもりだったのに用意してあると言われたので、仕方なく着ることになったわけだけど。
「……すっごいなこれ。」
背中モロ出し、スリットがっつり、胸元もぱっくり開いた黒のドレスだった。横乳が完全に見えてる。
身体を絞って本当に良かったと、これほど安堵したことがあろうか。気を抜いてたら背肉が目立って大惨事になっていた。鏡で入念にチェックして目立ちそうな傷をホイミで消して小奇麗にして、やっと見られる後姿になった。このデザインは着る以上恥らうと余計にいやらしくなるので、堂々と行くしかない。
黒にあわせて大人びたメイクにルージュはヌーディーなピンク。髪は緩い天然パーマの髪を綺麗に巻いてヘアオイルを塗り、アレンジして纏める。寂しくなった耳元には真珠の小さめなピアスをつけた。パーティーがあると聞いてベンガーナの百貨店でフォーマル用に新しく買ったのだ。揃いの真珠のネックレスは小ぶりな真珠が連なったシックなデザイン。最後に銀細工の髪飾りを差せば完了。悪くない。
レオナは私が以前ハイヒールが一番好きと言っていたことを覚えていてくれたようだ。用意された靴は私の大好きな10センチの、これまた黒のハイヒールだった。カーブラインも美しい。お洒落は大好き。いい機会だから楽しんだほうが得するよね。
「きゃー!いい!すっごくいいわ!」
「ありがと。レオナの見立てが良かったんだよ」
「でしょう!絶対に貴方なら着こなせると思ったのよ」
「けど、コレ背中開き過ぎじゃない?胸もポロリ注意だし」
「いいのよそれで……ムフフフ…」
「ちょっと女王様、ダメその顔。女王様らしくない顔ダメ」
レオナは女王に相応しく煌びやかで緻密なレース刺繍の入ったドレス姿だ。気合の入れようが伝わってくる。
マァムとメルルちゃん、それにポップは数日実家で休んでからパプニカに来る事になっていた。私もロンさんのところに帰ろうかと思ったけど、サミットの準備をしていたら帰る時間がなくなった。善い人が服着て歩いてるようなアポロさんに親が心配するんじゃないかと聞かれて困った。
私が着替え終わった頃、ちょうどポップがマァムとメルルちゃんをルーラでピックアップしてパプニカまで連れてきたので、二人のヘアメイクをしてドレスを着せると、凱旋とはまた違ってなんとも可愛らしい美少女二人の出来上がりだ。いやーなんだか色々教え込みたくなっちゃうな。
「うふふ……このまま女3人で私の部屋で遊ばない……?」
「あ、遊ぶって…」
「何をするんですか?」
「そりゃあもちろん…イイコ「大人の階段阻止ィィィッ!!!」」
あんまり初心な女の子二人が可愛いのでからかっていたら顔を真っ赤にしたポップがすっ飛んできた。
「あっはは!冗談だってばー相変わらず反応がかーわいい!」
「うおおお耐えろオレ!!さんの“かーわいい!”に惑わされるなーー!」
うむ、やっぱポップはからかうと面白い。
*
(ヒュンケル視点)
サミットの前夜、各国の王やパプニカ中の貴族が集まる戦勝記念の宴が催された。凱旋の途中で何度も宴に駆り出されていたので煌びやかな舞台にはやや飽きている。気疲れする人の多い場所は好きではない。これでも表情には出さないだけマシで、辟易とした素振りを隠そうともしないラーハルトなどは乾杯すら待たずに外に出ている。
とラーハルトが水をかけられてから3日経過している。あれから頭を冷やして考えたが、あの場で二人を気遣いもせずに立ち去ったのはどう考えてもオレの八つ当たりだった。あの後タイミングが合わずに二人には謝罪できないでいたが、長引かせるべきではない。大広間の外庭にある東屋の柱に凭れて会場を警戒した様子で見つめている男に近づいて声をかける。ラーハルトは視線だけをこちらに向けた。
「…先日は不快な思いをさせて悪かった。水を被るべきだったのはオレの方だ」
ラーハルトは軽く溜息をつき、終わった事だ、と呟いた。話すことも特に無いため互いに暫く無言で広間を見つめていると、視線を大広間に向けたままラーハルトがおもむろに口を開いた。
「欲しいならさっさと手を伸ばせ」
「!」
「あまり待たせてやるな」
「お前は……どうなんだ」
「質問の意味が解らん」
「……すまん。このところ、オレはどうかしている」
そう、どうかしているのだ。地上を救った勇者の仲間と呼ばれようとも、罪が消えることは無い。こんな簡単な事すら忘れるほどに彼女しか見ていなかった。
大広間ではドレスに身を包んだが優雅に歩いている。何処となく普段よりも大人びて妖艶に見えるのは気のせいだろうか。漆黒の滑らかな生地でできたドレスは胸元も背中も大きく露出しており、彼女の自慢の長い手足が一層美しく見える。高いヒールを無駄に鳴らすこともなく颯爽と歩いていく後姿は優美で、動きに合わせて会場の男の目が移動する。すぐに幾人もの貴族の男たちに囲まれているのが見て取れる。と、一人の男の手が彼女の腰元に伸びた。
「行ってやれ」
「いや、大丈夫だ」
「なに?」
「見ていろ」
の太腿をどさくさに紛れて触った男が動きを止めた。彼女の細い手が、無遠慮に触っていた男の指を一本掴んで捻り上げているのだ。戦いでは完全な禁じ手であるこれをは微笑みながらやってのける。マァムのポップに対する制裁よりもスマートで優雅だが、ダメージはビンタ数発とは比べ物にならない。あれはヘタをすると、折れる。彼女の鮮やかな撃退方法を目にしたラーハルトが引き攣った表情になった。
「邪魔をしたら間違って指をへし折られかねん」
「……」
無言でこちらを見るラーハルトの言いたいことはなんとなくわかる気がする。自分でも彼女のあれを目にした時は流石に驚いた。しかしは美しい容姿をしているだけに厄介な男に声をかけられやすい。何しろ同性にまで水をかけられるくらいだ。それを踏まえて考えれば、神経が図太くなければやっていけないのだろう、という結論に落ち着いた。
そのまま小一時間ほどラーハルトと時間を潰して大広間に戻ると、男に囲まれていたの姿が消えていた。彼女には渡したいものがある。ポップやマァムに呼びかけられながら黒いドレスの後姿を捜していると、酒を取りに広間に戻ってきたラーハルトが擦れ違う瞬間に耳打ちした。
「塔に登っていくのを見かけた」
「!…恩に着る」
耳にした情報を頭が理解した時には足が塔を向いていたため、背中を押してくれた戦友の呟きなど聞こえるはずも無かった。
「……どうせお前しか見えておらんのだ」
*
(夢主視点)
賭けのつもりで一人で塔を上る。
パーティーまでの間に何度かムードを作ってみたけれど、ヒュンケルが最後の言葉を伝えてくることはなかった。あっても未遂ばっかりで、最近は話しすら切り出そうとしない。戦いが終わってからは十分にこちらから好意をアピールしたつもりだ。今日を過ぎても何の進展もなければ、私は諦めて全て忘れて旅に出る。既に旅支度は整えてあり、塔に荷物を置いてある。
この世界でろくにダンサーとしての実績の無い私がトップダンサーになるためには、のんびりしているヒマはない。確かにずっとヒュンケルの近くに居ればいつかは言ってくれるかもしれないけれど、私は待てない。彼を待っている間に心変わりされる可能性だって無いわけじゃない。
だから、ここで、きっぱり区切る。
近くで暇を潰していたラーハルトに、塔にヒュンケル以外に人が来たら通さないようにお願いしておいた。今度は誰にも邪魔されたくない。察した表情で面倒臭そうに頷いた彼には後できっちりお礼をしないと。申し訳ないけど、貴方の友人があまりに運が悪いので私がどうにかするしかないんだよ。
星空を眺めて初めて、知っている星座が無い事に気づいた。
本当に、違う世界なんだ。どこかで繋がっていないか願っていたけれど、もういい。
吹っ切ろう。やってやる。
誰に事情を知られても、可哀想なんて言わせやしない。
同情なんかクソくらえだ。
私は私の道を自分で歩く。
だからどうか、早く来て。
*
(ヒュンケル視点)
星空の下、塔の上で遠くを眺める想い人の姿を見つけた。螺旋階段を上り近づくが、ベンチに腰掛けているはぼんやりしているのか、こちらには気付いていない様子だ。黒髪が風に揺られて、松明に照らされた肩はいつも以上に大人びてみえる。懐から小さな箱を取り出して近づく。
「……」
呼びかけると、彼女はハッとしたようにこちらを振り向いた。
「ヒュンケル…」
がにっこりと微笑みかけてベンチの隣を少し空け、ぽんぽんと叩いた。座ってもいいということらしい。遠慮なく腰掛けさせてもらうと、予想以上に距離が近いことに少し焦る。
「……その…」
まずは謝罪だ。
「お前が水をかけられた時…冷たい態度を取って悪かった」
「んー、いいよそんなの。もう気にしてない」
「……済まん」
がくすくすと笑い始めた。
「…?」
「ごめんごめん、あの…なんかさ、私あんたに謝られてばっかりだなって」
「……そう、だろうか」
「ほんと律儀だよね。そういうとこ好き」
好き、という言葉だけで頬が熱くなる。彼女はオレの一面だけを指して言ったに過ぎないのに、本当に男は単純な生き物だと思う。
「ところで、手に持ってるの何?」
「!あ、ああ…」
舞い上がってぼんやりしていたらが手にあるものについて尋ねてきた。そうだ。次はこれを渡さなければならない。
「死の大地への運賃のことだ」
「?なんだっけそれ」
「……やはり覚えていないか」
ショックだが思い出してくれないと話が進まない。しようがないので苦笑いしていると、は、ああ、と声をあげた。
「んーと……あれか!あの時の」
どうやら思い出してくれたらしいので、話を進める。
「後で支払うと約束しただろう」
「うん……でも本気でお金払ってもらおうとは思ってないし」
「オレもゴールドで払う気はない」
箱を開けて目的のものを取り出す。青い石がキラキラと輝く銀色の装飾品だ。大魔王討伐の役目を果たした者にいくばくかの報奨金がカールから渡された。これはその報酬の一部で買ったものだった。
「……ブレスレット?」
「足につける装飾品だ。水のアミュレットというらしい。防御を高める魔法石が入っている」
「へえ。そんなのあるんだ」
「は足をよく使うから……少しでも守るものを身につけた方がいい」
「いいの?片道運賃だけで高すぎじゃない?」
受け取るのを渋るの手を取り、アミュレットを掌に乗せた。柔らかい手をキラキラと光る青い石と銀色が彩る。
「お前に受け取ってほしい」
はオレの顔と手の中のアミュレットを交互に見て、ややあって微笑んだ。
「……ありがと。大事にする」
柔らかくて優しい笑顔が、今はオレだけに向けられている。ここで隣を許してくれているのが自分だけなのだと思うと、嬉しいような切ないような不思議な気持ちになってくる。しかし決めたのだ。
あの日の続きは言わない。
自分は彼女を幸せに出来る男ではない。守りたくても守る資格すらない男だ。
例え今、こうして共に笑いあっていたとしても。
「キレイ!この石いい色ー!」
はきゅっと締まった足首にアミュレットをつけて、脚を高く上げて松明の明かりに翳しては嬉しそうにはしゃいでいる。男が装飾品を女に贈る意味などわかりきっているのに、運賃だの守るものが必要だのと口実をつけて情けない。
しかし今のオレにはこうすることしか出来ない。ただどんな形でも彼女の記憶に残りたい。女々しい自覚はあるが、オレという男の存在を少しでも長く覚えていて欲しい。
晴れた日の海の色のような青で彩られたアミュレットは彼女の脚によく似合っていた。
星が輝く様子を見つめながら、が口を開いた。
「濃密な時間だったよね。ヒュンケルも大分変わったし」
「オレよりもポップだと思うが……」
「確かにポップは強くなったけど。良い意味で人間らしくなってきたのはあんたが一番でしょ」
「……だとすれば、のせいだ」
人間らしくなった。本当だとすれば仲間との絆が大きな要因だろう。しかし彼女の占めるウエイトも大きい。色んな意味で彼女はオレに積極的に関わってくれた。
「なんで?」
「お前がオレを変えてくれた。叱咤し、受け止めて、支えてくれた……」
そっと、細い肩に手を置いてみる。は瞬きをして、じっと話を聞いていた。
泣き言を漏らしたオレの頬を打ってくれたのも、生きていても良いのだと言ってくれたのも、倒れたオレを癒してくれたのも彼女だった。戦いの日々の中で束の間の幸福を感じさせてくれたのも。
「帰る場所を作ってくれたのもお前だ…………本当に感謝している」
「……んー。なんか照れる」
抱きしめることは叶わなくても、傍にいることが出来なくても、彼女が心安らかにいられたらいい。
想いを込めて感謝を伝えると、は恥ずかしそうに微笑んで視線を星空に向けた。
「私ね、これからダンサーとして本格的に活動するつもり」
「…そうか」
「うん」
「ならやれるだろう。応援している」
これは本心だ。心から彼女の幸せを願っている。どれほど深く愛していようとも、罪人が傍らにいては彼女の名に傷がつく。彼女の夢を邪魔するような真似だけはしたくない。オレの言葉をどう捉えたのか、はじっとこちらを見つめて、困ったように呟いた。
「あの日の続きは……もう、言ってくれないかな…」
寂しそうな声に胸が痛む。
言えるものなら言っている。
この手が罪に汚れてさえいなければの話だ。
言葉を返せずに黙っていると、桃色の唇が問いかけた。
「………私のこと、好き?」
「……っ……」
いいや、と否定してしまえば問答は終わるはずだった。できなかったのは、一言で否定できるほど小さな想いではないからだ。嘘で終わらせられるような軽い想いではない。
「…………そっか。」
無言を肯定と捉えたのか、否定と捉えたのか。彼女は小さく溜息を吐き、静かな声音で話を続けた。
「私はヒュンケルを本気で好き。何に悩んでいるのかも解ってるつもりでいるし、二人なら乗り越えられるって思ってる」
誰よりオレのことを理解している女性の言葉に甘えそうになる自分を抑えこむ。
甘えてはならない。
甘えてしまえばは不幸になる。礫を投げられて、舞うこともできなくなってしまう。
誰よりも愛している、だからこそ、離れなければならない。
「それでも…だめ……?」
沈黙を守ったままのオレの顔を覗き込むようにして、はじっと答えを待っていた。
答えられるはずもなく、悲しげに揺れる瞳を見ていられずに罪悪感で視線を逸らす。
口を開けば、愛していると叫んでしまいそうで怖かった。
どのくらいの時間が過ぎただろうか。
が突然立ち上がった。
「もう行くね」
細い手が髪飾りを外し、長椅子の端に置いてあった荷物を掴む。
緩やかに波打つ黒髪が解けて揺れた。
単純にこの場を去るのではない、と直感が囁く。
彼女が手にしている鞄は出逢った時にが旅の途中で使っていたものだ。
それに荷物から魔翔脚が覗いて見える。
話をするだけならば荷物など持って来る必要はない。
まさか。
「……!」
立ち上がったところで細い手に襟を掴まれて引き寄せられ、唇が重なった。
甘い香りがふわりと漂う。
柔らかい感触が唇に伝わり、ゆっくりと離れていく。硬いものが石造りの床に落ちた音がした。
抱き締めようと伸ばした手は空を掴み、光沢のある黒いドレスが夜空にはためいた。
さながら月の女神のような女性は、届くようで届かない位置で身体を宙に浮かせて振り向いた。
闇に溶けてしまいそうだ。
松明の明かりで微かに照らされた流麗な顔は、悲しげに微笑んでいる。
「さよなら」
「……!」
別れの言葉を告げて、愛しい人は光弾となり彼方に去った。
この指先が柔らかいドレスを掠め、口付けの熱すらも消えないままで。
呆然と立ち尽くして、ふと、足元に光るものを見つけた。
主をなくした銀の髪飾りが、寂しげに光を放っていた。
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