(ヒュンケル視点)


テラン。バランとダイ、オレとラーハルトが死闘を繰り広げた場所だ。この国には大図書館がある。テランの国王は様々な書物を数多く保管していることで有名だ。呪文や魔術、各地の伝承に関する古い書物が多数所蔵されているため、見識を深めるために学びに来るものは少なくない。湖の周囲に家屋が並んでいるだけの静かで閑静な国は、現フォルケン王が戦うことを禁じ、民に武器を全て放棄させために人口が激減したと聞く。

湖のほとりに立ち、そよ風を受けて漣を立てる湖面を眺めながら、かつての激闘に思いを馳せていると、不意に誰かが背後に近づく気配がした。

「……ヒュンケルさん?」
「…メルル……」


数ヶ月ぶりに顔を合わせた少女は、立ち話ではなんですから、と自身の占い部屋に招きいれてくれた。メルルは表にかかった板を「CLOSED」にひっくり返して、客用のソファに座るよう促した。少し薄暗い部屋の中には、火の消えた蝋燭と占いに使われているらしき祭壇、水晶玉等が置かれている。占い師の館と呼ぶに相応しい装飾だ。

部屋の中を物珍しさから眺めていると、メルルが温かく湯気を立ち上らせた茶を持ってきて、丸いテーブルを挟んで向き合い座った。出されたカップの中には変わった香りのする茶が入っている。不思議と心が安らぐ香りだ。

「こちらには何か御用ですか?」
「いや……」

用と言うほどの用は無い。そもそもこの少女とはあまり話したことが無い。ポップに恋心を抱いていて、何かと協力してくれる占い師の少女、という印象しかなかった。さほどよく知らない相手に自分と向き合いたい、言うのもどうかと思い上手く説明できずに口ごもっていると、メルルがじっとこちらの目を見つめて口を開いた。

「何かを探そうとしている……その様な印象を受けます」

少女の声は普段のそれとは違い、神秘的な色を含んでいる。

「あっ!ごめんなさい、私ったら。あの、お気になさらないでください。癖で……つい…」
「……そうか。君は占い師だったな」

評判のいい占者は相手の顔色や態度から客が何を知りたいのかを読み取る、というのを聞いたことがある。それに加えて彼女には予知の能力があるという。占いなどにはこれまで一切興味が無かったが、一度試してみる良い機会なのかもしれない。

「……何を探し出せばいいのかわからない。こういった事も、占いでは読み取れるものだろうか」

物は試しと思い尋ねると、長い黒髪の少女は大きな目を丸くして、にっこりと微笑み頷いた。そして席を立ち、占い道具を手にして戻ってきた。メルルがテーブルに置いたのは、様々な絵柄が書かれた黒っぽい石の入ったざるだった。

「石…?」
「はい。この占いは、石の持つエネルギーによって、探している答えに繋がるイメージを引き出すものです」

メルルは簡単な説明をすると、ざるの上に紫色の布を被せて回した。石を混ぜているのだろう。観察していると、ややあってざるを回す手を止めて、布を被せたままこちらに語りかけた。

「……では……目を閉じて心を静かに……凪いだ海のようになさってください……」

言われたとおりに心を落ち着かせる。精神統一は戦いの基礎でもあるため、難しくは無い。静かに指示を待っているとメルルが次の手順を説明する。

「……合図をしますから、目を閉じたままで、この中の石を3つ取り出してください。取り出したら手の中に握って、私が指示するまで持っていてください」

言い終わると、メルルは再び口を閉じて、沈黙が続く。芯と静まり返った部屋の中で、ざるから布が取り除かれた音が聞こえた。

「……………………どうぞ。」

合図を受けて手を伸ばしざるの中の石を3つ手に取る。
石はひやりと冷たく、すべすべとした感触が掌に伝わる。

「…3つ、ございますね」
「ああ…」
「それでは目を開けて、手の中の石をこちらに」

再び目を開けると、先ほどまで置いてあった石の入ったざるはテーブルの下に置かれ、被されていた布がテーブルの上に敷いてある。ここで良いのか、と伺いながら石を出すと、メルルは頷いて布の上に置くよう手で促した。
黒っぽい艶のある石が3つ、紫の布の上に並ぶ。

「書物、女帝……剣、ですね」

石の絵柄を見つめていると、メルルが問いかけてきた。

「これを持っている時、何かイメージが貴方の中で浮かびませんでしたか?」
「……あるにはあるが…」

石を持っている間、何故か頭の中に浮かんだイメージはあまり歓迎したくないものだった。具体的に口に出したくはない、と言えるほどには。不満げなオレの様子を見て、メルルが静かに語りかける。

「ヒュンケルさんが思い浮かべたものの元に、探している何かに関わるものがあるのです」
「……行かなければ、どうなる」

どうもならないとは思うのだが、占い師の言葉に逆らうと言うのはあまり気分のいいものではない。ただでさえ彼女の予知能力は様々な場面で活躍しているのだから、妙な説得力があるのも事実である。オレの不安を汲み取ったのか、メルルはにこやかに微笑んで答えた。

「占い師の私が言うのもおかしな話ですが、占いというのは絶対的な予言ではありません。占いで出た結果の通りに行動しなくても答えを見つけられる人もいますし、いくら頑張ってもなかなか見つけられない人もいます」

つまりこの結果はただのヒントであり、どう行動するかは自分次第というわけだ。

「ですからここに出た結果も、数多くの選択肢の中で少しだけ早く迷いから抜け出せる可能性の高い道の一つだと気楽にお考えください」
「……ありがとう。料金を払おう」
「いえ、お代は要りませんわ」

小銭入れを出そうとした手をそっと制して、占い師の少女は続けた。

「私、ヒュンケルさんとはあまりお話したことがなかったので…こうして機会を頂けて嬉しいんです」

弟弟子に想いを寄せる少女は、いつの間にか占者から、ただの少女の顔になっていた。純粋に人との対話を喜んでいるあどけない様子が年相応で安堵する。大人しい娘だが対話から人を安心させて求めるものを引き出す能力に秀でているのだろう。少女の厚意に無理に支払いをするのも気が引けて、出しかけた小銭入れを懐にしまうと、メルルは満足げな笑顔を見せた。

「ところで……申し訳ないが、この事は……」

誰にも言わないで貰いたい、と暗に含んで苦笑すると、心優しい占い師の少女は静かに答えた。

「もちろん話しませんわ。他言無用が、占い師の掟ですもの」



(夢主視点)


誰もいなくなった部屋でベッドにうつ伏せになって頭を抱える。
どうしたらいいのかわからない。
ほんの数日前に起きた出来事を思い出す。



キスされた後、ベッドに組み敷かれて両腕を押さえつけられて自分の状況を理解した。
彼がこれからしようとしていることも、自分がどうなるのかも。

「やだ…!やめてラーハルト!」
「黙ってろ」
「んッ…んん!!」

腕力の差は火を見るより明らかだった。相手がスピードを武器に戦う男であろうと、金属製の重量のある槍を振るい続ける男の筋力が踊るだけの女と大きく違うのは当然だ。喚く私の唇を頭を抑えてキスで塞いで事を進めようとする男の頬を、僅かに自由になった片手で無我夢中で思い切り引っ叩いた。

「いい加減にして!!!」
「…チッ」

舌打ちして動きを止めたラーハルトの下から無理矢理身を捩って抜け出して、両手で身体を抱きしめながら叫んだ。髪も服も乱れたまま、形振り構わずだ。

「流されて抱かれるような弱い女だと思わないでよ!慰めが欲しくて身の上話をしたんじゃない…!!」
「ならこちらも言ってやる。惚れてもいない女にこんなことはせん」
「…はあ…!?」

何を言ってるんだ彼は。

今、なんて。

「……気付かなかっただろうな。お前の目はあの男だけを追いかけていた…」

押し殺すような声で自嘲して、ラーハルトの手が再び私の両腕を難なく掴んでベッドに押し付けた。血の気が引いた。じゃあ、なに。この人は私を好きで、でも私の下らない愚痴を聞いてくれて、その上ヒュンケルの所に私を連れて行こうとしているのか。誰にも居場所を告げなかった私を見つけ出して追いかけてまで。
自分のしでかした事や吐き捨てた言葉の酷さに呆然とする。

「……そんな、」
「本当に心があの男から離れたのならば、誰と寝ようと問題ないはずだ。違うか」
「違、……」

確かに彼の言うとおり、何の問題もない。私が彼に内心どれだけ未練があろうと、終わったと言った以上はその後誰と寝ようとも誰に責められる理由もない。仲間にバレたらすごく気まずくはなるだろうけれど、感情的な問題以外は何もおかしくないのだ。相手が愛した人の友人であるラーハルトであっても。けれど。

「……っき、気持ちは嬉しいし、あんたはすごく魅力的だって思うけど、でも」
「ハ、魔族に抱かれるのは嫌だと」
「別にそれはいいけど!良いっていうか、問題はそんなことじゃなくて、」

そう種族はどうでもいい、っていうか魔族って人種みたいなもんだろうし。これは気持ちの問題の話だ。あくまで現状を箇条書きにした時に、別の相手と関係を持つことに対して問題無いだけで、恋愛はそもそも感情から生まれるものだ。現状を第三者的な視点で見て問題ないからさっさと次、というわけにはいかない。問題かどうかではなく、自分が納得行かない。

「こんな情けない状態で……あんたの気持ちに甘えるのは、やっぱり違うよ」
「……なにが違う」
「上手く言えないけど違うの!」

ベッドに押し付けられて圧し掛かられたままで喚くと、ラーハルトの手の力が少しだけ緩んだ。

「お願いだから、これ以上惨めな気持ちにさせないでよ……ここで甘えたら私、ほんとに最低の女になっちゃう。都合よく男に慰められて居場所を作るような女になんかなりたくない……!」

自分で言っておいて自分で傷ついてしまってまた涙が出てきた。そう、今の私は惨めだ。失恋して未練たらたらのまま、無理矢理傷を忘れようとして踊りに全てを懸けている。他に立っていられる方法が無いから。何でもないって顔して前に進むやり方が、これ以外に思いつかないから。

ラーハルトが圧し掛かっていた身体を離し、ベッドに押さえつけていた腕を引っ張り起こして、泣きはじめた私を抱き締めた。布越しに厚い胸板から彼の鼓動が伝わる。

「やめてよ、」
「……泣け」
「泣くなって、言ったくせに、っ」
「言って泣き止みそうにないんでな……もういい。吐き出せ」

低くて穏やかな声がダメ押しだった。
背中を撫でられて、堰を切ったように涙が溢れてきて、しゃっくりあげて泣いた。何年かぶりの号泣だった。溜め込んだものが一気に放出されていく。一人で生きていかなければいけない不安も、傍に居て欲しかった人との決別の傷も、孤独感や惨めな自分に対する悔しさも、全部涙にして吐き出した。自分の弱さを受け止めてくれる誰かの体温が恋しかったのかもしれない。子供みたいに泣き続ける私の背中を、ラーハルトの大きな手がずっと撫でていた。

どれくらい泣いていただろう。数十分、泣き通した気がする。やがて吐き出すものがなくなって呼吸も落ち着いて、気恥ずかしくなって身体を離した。また泣き顔を見られてしまった。俯いたまま無言で赤くなった目元をホイミで癒している間も頭を撫でられた。


この手の心地良さは、まずい。

「…あの……もう平気だから……」

身体を離そうとしてもラーハルトは抱き締める力を緩めない。私もまた無理矢理離れようとしなかった。甘えてはいけないと思っているのに、誰かの熱に触れていたい欲求が勝っていた。線を越えなければ何も無かったのと同じだと言い訳できるなんて、残酷な事を考える浅はかな自分を殺してやりたいのに、あやすように頭を撫でている掌の温もりが離れていくのが惜しかったのだ。頭を撫でながら低い声が尋ねた。

「…何故、誰にも居場所を伝えず飛び出した」

全部話してしまえ、この人は逃げないでくれる。何かが私の心に囁いた。好きだった人にすら話していない過去も受け止めてくれる。そんな事をしたら彼との関係が前に進んでしまうと知っていて、友達以上になってしまうと解っていて、楽になりたいが為に口を開いた。

「……自分の顔が大嫌いだった時期があるんだ」

ラーハルトの手が止まった。俯いていた顔を上げると、自分を見下ろす瞳と視線がぶつかる。見つめあいながら、ゆっくりと過去を紡いでいく。

「私を産んだ人は男遊びが好きでね……私を産んでも母親にはなれなかった」

今でもよく覚えている、キツイ香水を振って黒にゴールドのワンピースを着て、真っ赤な口紅を塗って、迎えに来た知らない男と遊びに出て行く後姿。

「彼女は父と別れて、私を連れて男の家に転がり込んで……結局私を施設に預けて、二度と迎えに来なかった。随分と小さい頃の話」

『じゃあね。』

母の最後の言葉はこれだけだ。離婚調停で父が親権を取り返して私を引き取るまでの数ヶ月、事情を理解していなかった私は、施設でずっと母を待っていた。もう二度と母は自分を迎えに来ないと感じていながら。

「父が私を引き取って愛情込めて大切に育ててくれたから生きるのに困ったことはないし、酷くひねくれたってわけじゃない。でも自分の顔が母親に似ていくのが堪らなく嫌だった。自分を置いて逃げた女と同じ顔なんて好きになれなくて」

年を重ねるごとに母に似ていく自分の顔。若くして私を産んだ母は、美しかったけれど愚かだった。自分の子を捨ててまで他の男との一時の恋を選んでしまうほどに。そんな人間になりたくない。父に愛されている私は、そんな風にはならない。鏡に移る自分の顔を見るたびにいつも悔しくて惨めで堪らない気分で、前髪を伸ばして顔を隠していた。暗かったから少し苛められもした。けれど10歳の夏、転機が訪れた。

「そんな時、ある人が言ってくれた。“生まれ持った長所を生かすこともなく白旗を揚げたら一生負けっぱなし。顔もスタイルも恵まれているのに、喉から手が出るほどそれを欲しがっている人がいるのに、貴女は母親の面影に負けて惨めに生きていくの?”って」

彼女は父のレストランの常連で、店の手伝いをしていた私とも仲良くしてくれた。母なんかとは比べ物にならないほど自信に満ちた、キレイな人だった。だから私は彼女にだけ、自分の顔が嫌いな理由を打ち明けたのだ。

「……冗談じゃないと思った。もういない人の影に怯えて自分を踏み潰して生きるなんて悔しすぎるもの」

母親の面影に怯えて生きるなんて、真っ平ごめんだ。彼女の言葉を聞いた次の日から、私は自分の顔を肯定する事にした。前髪を切って自分にできる精一杯かわいい格好をした。これは武器だ。道具だ。生まれ持って持ち合わせた、私が生きるために使うためのもの。これを磨き上げて母の面影など消し飛ばすような女になってやるのだと決意した。180度イメチェンした私を苛める子はいなくなったが、今度は直に調子に乗ってると言われ始めた。けれど私は負けたくなかった。

「ダンスってのは顔だけじゃやっていけない。努力で美しさを高める芸術…何よりも、上を目指そうと思ったら自己主張をしなければ蹴落とされる。私にさっきの言葉をくれた人もダンサーだった。だから私はダンスの世界に飛び込んだ、見た目だけで自分を評価する人間を少しでも減らしてやりたくて」

初めてのバレエ教室で射止めたプリマだって、全力で練習してものにした。あの子は可愛いから役を取れた、なんて決して言わせないように。誰よりも上手だから主役なんだと周囲が納得するように。踊りの技術を磨いて磨いて、毎日毎日練習して、肉刺は潰れ放題で足の裏は見れたものじゃなかったけれど、自分の踊りが良くなっていくのを感じる度に私はダンスに夢中になった。中学でも高校でも目立つ見た目ゆえに多少の嫌がらせはあったけれど、踊っていれば全部忘れられた。

「そのうち踊る事自体の魅力に惹かれて、本当に美しさがなんなのか追求していくうちに……いつしかトップダンサーを目指すようになって、この夢が私の人生で一番大切なものになって」

スポットライト、ステージ、歓声、その中で誰よりも美しく踊りきることができたらどんなに気持ちいいだろう。
舞台にはかつて憎んだ母親は存在しない。事故で彼女が死んだときも、涙も出なかったけれど怒りもなかった。いつの間にか母を恨む心は小さくなって、ただ踊っていたいという気持ちだけが私の動力源になった。

「…あのまま復興の仕事をしてたら、私は今も“白銀の踊り子”として、笑顔振りまいてニコニコし続けて仕事してた。それはそれで間違った人生じゃないかもしれない。けど、踊りの仕事もしないで踊り子なんて呼ばれるのに正直これ以上耐えられなかったし、何より夢を諦められなくて…」
「……それが去った理由か」

ダンサーとしての自分を捨てたくない。
私にとってそれはこれまでの人生全てを捨てるのと同じだから。
低く抑えた声の問いかけに頷いて返す。

「色々話したけど、もう一度ゼロから夢を追いかけたい……要約すると、それだけ」

話を聞き終えたラーハルトが深い溜息をついた。何を感じたのかはわからないけれど、この腕が離れないのだから、受け止めてくれたのだと思っていいだろうか。

「あの男がお前の手を掴んでいたらどうするつもりだった」
「どっちにしても夢は諦めない……一緒に歩いて欲しいって、思ってたから」

もしもヒュンケルが無理矢理にでも引き止めてくれていたら、ちゃんと自分の考えを説明して、上手くやっていけるように二人で道を探せただろう。けれど私と彼の間には、薄いガラスの壁が出来てしまった。もう二度とあの夜には戻れない。

ずっと抱えていたものを吐き出したおかげで、ヒュンケルを思い出すたびに重苦しかった気持ちが少し楽になった。抱き込まれたままの状態で落ち着いてしまっていたら、ラーハルトが身体を離して立ち上がった。

「……帰るの?」

聞いてすぐに後悔した。帰ってもらわないと困るのだ。今度押し倒されたら絶対に抵抗できない。日も傾いてきているから、これ以上おかしな空気になってはいけない。

「襲われたいなら泊まってやるが」
「ごめん。帰って」
「…つくづく小憎らしい女だな…」

ぼやきながらマントを羽織った男がぼろい木製のドアに手をかけるのを見て、つい駆け寄って呼び止めた。

「ねえ!」
「……何だ」
「いや……えと……さっきの、誰にも話したことなくて……あんまり他の人には……」
「安心しろ。オレも気狂いと思われるのは御免なんでな」
「……そっか……その、ありがとう。聞いてもらえて、ちょっとスッキリした」

照れ臭いような気恥ずかしいような気持ちで視線を泳がせながら感謝の意を伝えたら、ひょいと顎を取られて再びキスされかけた。慌てて相手の口元を手のひらで止めると、ラーハルトが不満を口にした。

「防ぐんじゃない」
「防ぎます!」

3回も唇を奪わせてなるものかと注意していたつもりだったのに、ラーハルトはキスを防いだ私の手を取り、こっちが驚く間もなく手首の内側に口付けた。柔らかい唇の感触が手首に触れてぞくりとする。

「……次は攫ってやる」

囁いた声は熱情と男の自信で満ちていた。
電光石火と呼ぶに相応しい早業で大胆なアプローチと男前な台詞を残して、地上最強の槍使いは去った。
扉を閉めて静かになった部屋に、真っ赤になってへたり込んだ私だけが残ったのだった。