船長の話の通りパプニカは壊滅していた。風光明媚と歌われた都は既に無く、灰色の瓦礫の山と焦げ臭い匂いに混じって死臭が漂っている。所々に見られる茶色っぽいものは血痕だろうか。なんであれ、気分の悪くなる光景であることは確かだった。 ダイは知り合いのお姫様を探しに駆け出して、ポップとマァムがそれに続いた。私もそのまま別れるのは気が咎めて、彼らの後ろを見失わない程度に歩いて追いかける。元は白かっただろうレンガは砂埃に塗れて、道は崩れた壁や燃え残った木材で塞がれて歩き難い。多くの人が死んだんだろう。肉の腐った匂いがする。ここに住んでいた人たちはどんな思いで、どこに逃げたのか。都から脱出して生き延びられたのだろうか。それとも皆、殺されたのだろうか。 生きている人がいないか注意しながら瓦礫の上を歩いていると、いつの間にか年下組みと大分離れてしまった。一番年上の私が迷うなんて情けなすぎるので慌てて彼らの後を追いかけると、遠くで叫ぶような声が聞こえた。同時に足元から何者かの気配がする。 「!?」 ボコボコと土が盛り上がり、這い出てきたのはガイコツ兵士。 「うわ、最悪……!」 ブーツに魔法力を込めて迎撃態勢に入り、メラミを撃つ。ガイコツは怯みもせずに、剣を振り回して襲い掛かってきた。 「火葬にしてあげるから大人しくしててよね!!」 飛翔しながらバギで風を起こしてガイコツを切り刻む。細かくなった骨が元通りになる前に、今度はメラミの炎でガイコツの破片を一気に燃やし尽くすと、黒く焦げた骨が砕けた。これなら再生は出来ない。 ガイコツ達は追いかけては来なかった。というより、数分走った辺りで急にいなくなったのだ。どうなっているんだろう。逃げ切れたってこと?周囲を見回して注意深く人の気配を探していると、頭上を大きな鳥が飛び去っていった。鳥から叫び声も聞こえた気がするのは気のせいだろう。鳥は喋らないよね。 物陰に隠れて鳥が飛んできた方向を慎重に伺うと、マァムがミイラの魔物の肩に担がれていた。ダイとポップの姿は無く、どこかで見たピンクのワニさんが代わりに倒れていた。あれ、死んでなかったっけ? 「さ、攫われちゃってる……!!?」 ダイとポップはどこに行ったんだー!?
敵らしき連中を尾行して見つけたのは巨大な穴だった。穴の周囲には階段がついており、真っ暗な闇の底にまで続いている。 「……女は度胸女は度胸女は度胸……よし……!」 行こう。見つからなければいいのだ。見つからないようにこっそり行って、こっそり出てくる。大丈夫、暗そうだから音を立てないように慎重に行けばきっと大丈夫。私にはブーツがあるのだし、魔法だって使えるんだから。
慎重に慎重に階段を下りて潜入を開始した私は、今のところ敵に見つかることなく行動できている。やるじゃん自分やれば出来るじゃん。なんだか根拠のない自信が出てきて角を曲がろうとした時。 「……れは魔軍司令殿。随分と立派になられましたな……」 いるーーーー!!めっちゃ近くに敵いるヤッバ鉢合わせるトコだった!!よし戻ろうこの道ダメだ見つかる!!と思ったら後ろからも足音が聞こえて、私は慌てて目に入った小さな隙間に身体を滑り込ませた。 「こっわ……もーマァムどこー……」 抜き足差し足で再び歩き出そうとした時。 「あの娘なら地下牢に入れてある」 見つかった。 弁明の仕様も無いくらい普通に見つかった。ヤバイヤバイ絶対あいつだよあのリーダーっぽい男。 「……勇者の一味か。尾行してきたのがこんな女だったとはな」 違う違うワタシ勇者的なアレじゃない。私はお使いの途中であの子達に会ってたまたま行き先が一緒だっただけの通りすがり。って言ってもこの状況だと信用されないだろう。どうするか。迷い込んだと言い張るか……ってどう考えても無茶だし、これ言い訳のしようがないよね。だとしたら捕まる前に情報だけでもいただけないだろうか。 「……ねえお兄さん。他の子たちはどうしたの?」 教える義理ないとか言っててもわかった、おそらく彼らは死んでないし捕まってもいないのだ。捕まえていたら地下牢に入れたと私に言っても不利にはならないし、状況を伝えたほうが私に動揺を与えられる。現に彼はマァムのことは簡単に口に出した。でもダイとポップについて何も言わなかったという事は、つまり二人はここにはいない。この場にいるのはマァムと、何故かクロコダインと、あとは彼とその部下と言うことになる。 「そう。ご親切にどうも」 男がゆっくりと近づいてくる。武器に手はかけていない。私を殺すつもりは無いらしい。マァムも牢屋に入れてあるというから、多分酷くはされないと思われる……いや、これは希望か。 「オーケイ…………従うよ」 両手を挙げて降参のポーズをとったまま、私は男の前を歩かされた。なんか喋ってほしいんですけど。敵にそんなことをお願いするのも変な話だろうけど。 「ねえ。クロコダインも牢屋?仲間じゃないの?」 手を出してこないので調子に乗ったら怒らせちゃったらしい。男が私の両手を絡めとって壁に押し付けた。背中を石壁に強打して一瞬息が詰まる。 「ッう!」 この根暗イケメン、すましてたら可愛い顔してるのに凶悪な人相してる。流石にこれ以上軽口を叩くと殺されかねないので大人しくしておこう。 「……わかっ、」 わかったと言おうとしたところで鳩尾に重い一撃。拳を入れられたと理解する前に、私の意識は混濁していった。 「馬鹿な女だ……」 意識を失う前に思ったことはただ一つ。 決めた、こいつ絶対一発殴る。
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