視線が突き刺さるようだ。目の前には一生懸命鍋を掻き回しているモルグ、後ろには剣呑な目つきでこっちを睨んでいる根暗イケメン。

どうしてこうなった。

わからない。自分の状況が一番よくわからない……!


事の始まりは数時間前に遡る。

〜数時間前〜

お腹が痛い。息がし難い。痛みで目を覚まして、ぼんやりとした記憶を辿る。確か地下の迷宮のような場所に連れ去られたマァムを追いかけて入ってきて、それで。

「!……いっ……!」

飛び起きた衝撃で鳩尾がぎしりと痛んだ。思い出した、あのヒュンケルとかいう敵のリーダーに一発殴られて気を失ったんだった。起き上がれなくて再びベッドに倒れこんだ私は、ここがベッドの上だという事にも今更気づいた。横になった状態でベホイミをかけて鳩尾の打ち身を治癒しながら首を動かしてみる。気を失っている間にどこかの部屋に連れてこられたらしい。窓が無いので、まだ地下にいる可能性が高い。

回復を終えて殴られた箇所を摩ると、多少の痛みはあるけれど動けないほどではない。ベッドから起き上がって部屋の中を歩いてみる。何も仕掛けられていないだろうか。

「……普通の部屋……だよね……」

扉に手をかけてみる。ドアノブは回らない。外から鍵をかけられているらしい。

「…………嘘ぉ……?」

しまった、監禁された。でもなんで牢じゃなくてこんな無駄に良い部屋なんだろう。マァムのところに一緒に入れてくれたらいいのに。もしかして分断して情報を共有できなくさせているのだろうか。それなら有効な手段だ。現に私は非常に困っている。

「……ちょっとー!誰かいないの!?ねえ開けてよ!おーい!」

やむなく見張りなんぞがいないかと思い扉をガチャガチャ揺らしてみるも、反応なし。最悪だ。やっぱり潜入しないほうが良かったかも。でも、ダイとポップが何処に行ったのかわからない以上、マァムの居場所がわかっているここに来たのは他にどうしようもなかったからだし。置いて行ってさっさとベンガーナに帰るのはなんだか良心が痛んで出来なかったし。

「んんー…………やらかしたー……」

おまけに荷物もブーツも取られてるし。私の足だけじゃここからの脱出は不可能だ。お金に買えた鉱石の買取分も荷物に入っているから、置いて逃げることもできない。お金大事。
仕方なくベッドの上で体育座りして頭を抱えていると鍵が開く音がした。

「!」

顔を上げて扉の方を見れば、背の低いゾンビっぽいのが銀のトレーに食事らしきものを乗せて入ってきた。なんかアダムスファミリーっぽいというか、いかにもゾンビって顔に少しぎょっとする。

「!おお、お目覚めでしたかな」
「ふ……普通に喋るんだ……」
「私はヒュンケル様の執事をやっておりますモルグと申します。お食事を持って参りましたので、お召し上がりくださいませ」
「執事?」
「はい」

執事と名乗るモルグなる魔物はベッドサイドの小さなテーブルにトレーを置いて、こちらに勧めた。冷えきったタマネギのスープとパン。食欲失くすメニューだけど、貰えるだけマシか。

「……いただきます……」

スープを口に入れてみる。全然温かくない。味は悪くないけど何か足りない気がする。パンもぱさぱさだ。ぱさぱさのパンでも別にいいけど、スープがこれでパンもこれって。口の中の水分が無くなるからパン食べてスープ飲んで、すぐに食事は終った。食器を片付けているモルグに敵意は全く無さそうだ。よくわからない対応に戸惑う。

「……あの、喋ってもいい?」
「どうぞ」
「なんで私だけこんな良い部屋なのかな?もう一人女の子がいたでしょ?彼女は牢に入れてるって、あの……貴方の主?ヒュンケルって男が言ってたんだけど」
「ヒュンケル様はお優しいお方ですから」

優しいって。そりゃ捕虜にしては優しい対応だけど、優しいやつは女の腹殴って気絶なんかさせないでしょ。私が微妙な顔をしたら、モルグは理由を説明してくれた。

「貴方様はあのお方に直接攻撃したわけではないと聞いております。潜入してきたのを捕まえただけなので、武器を奪っておけば牢に入れるほどではないと仰りました」
「……ふーん……」
「ところで、食事はお口に合いましたかな」

モルグの問いに、私は少し迷った後正直な感想を述べた。

「おいしかったけど……黒胡椒と、大蒜を少し入れたらもっと良かったと思う」
「!貴方様は料理の知識がおありですか!」

――ら、なぜか嬉しそうな顔をされた。

「……どうして?」
「恥ずかしながらこのスープは私めが作ったものなのですが、ご覧の通り私は人間ではございません。それ故、いつもはヒュンケル様が何を美味と感じるのかわからず、味付けにはさほど自信が無いのです」

え?ちょっと待て、なんだって?

「貴方が作ったの?この、スープ……」
「左様でございます」
「あ、そう、へえ……」

マジか。私ゾンビのお手製スープを食べたのか。変な匂いとかは一切しなかったから大丈夫だろうけど。細菌とかばい菌的なアレがアレしてアレしないだろうか……自分のお腹の具合が急に気になってきたけど、食べてしまったものは仕方ない。お腹壊したらキアリーでどうにかしよう。

かなり失礼なことを考えていたら、モルグは何故か良い事を思いついたと言わんばかりに目を輝かせて、「少しお待ちを」と言い残し食器を持って慌しく部屋を出て行った。
そしてすぐに戻ってきた彼の手にはメモ紙らしきものとペン。

「……?」
「こちらに人間の食べる料理を美味にする方法をお書きください」

えええ。いやいやいやいや。いきなり言われても困るって。って言うか私が捕虜だって事忘れてないかなこの人……じゃないや、魔物?

「あの、文字で書いても多分わかんない……よ?」
「出来る限りで結構なのでございます」
「でも実際やってみないと、感覚で理解する所もあるし」
「……そうでございますか?」
「うん……」

申し訳無さそうに断ってみたものの、しかし彼はめげなかった。

「でしたら、ヒュンケル様に許しを頂きますゆえ、私めに料理を教えて頂けないでしょうか」
「んんん……!?そりゃ、まあ、そちらがそれでよろしければ問題ないけど……」

だから!私が捕虜ってこと忘れてるよねこの人……じゃなくて魔物!!

〜以上、回想終了〜

 

「あのさ……自分で言うのもどうかと思うんだけど……」

モルグは鍋に夢中で聞いてない、ヒュンケルに至ってはシカトだ。しかし言わせていただきたい。この不思議な状況について、一言。

「私なにやってんだろ……?」
「ショウコ様!タマネギがあめ色になりましたぞ!」
「んじゃあ火ィ止めて焦がさないように鍋を台拭きの上に置いて……」

違う!なんか違う!私、マァムとクロコダインを追いかけてこの敵の本拠地に来たはず!そしてさっきまで捕まっていたはず!なのに!

「次はどのようにすればよろしいのです?」
「大蒜の欠片と挽き肉を炒めて。挽き肉は玉にならないように気をつけてね」
「かしこまりました!」

なんで魔物相手に後ろから敵にガン飛ばされながら料理教室してんの!?今世紀最大の謎だよ!!誰が納得行かないって一番私が納得行かない!逃げないにしたって限度があるよね!?間違いないけど確認したい、仲良くミートソースの作り方を教えてる場合じゃないよね!?

「あっ、火はもうちょっと弱めで、そうそんな感じ」
「こうですかな?」
「うん、いいよ……そうそう……」

一生懸命なモルグの様子に、なんだかちょっとどうでも良くなってきた。まだダイは来ないっぽいし。考えてみれば半日そこらで助けが来るわけないよねそうだよね。この居た堪れない状況もミートソースが完成すれば終るだろう。そしたら言おう、お部屋に戻してくださいと。マァムの件は今日は一旦諦める。どうせ言ったって会わせてくれないだろうし、会おうと思えば部屋から隙を見て抜け出す以外に方法無いし、今日は手詰まり。無理無理。

「はい、じゃあ下味に塩と胡椒を少し振ろうか。混ぜ終わったらさっき潰したトマトを入れて煮詰めて……」

完全に諦観の境地に至った私はモルグにミートソースの作り方を教えることに専念した。順番に指示を出して、メモを取る魔物の手元を確認しながら過程を見ていると、鋭かった視線が消えた。

「……あれ?ねえ、貴方の主どこかに行っちゃったんだけど」
「貴方様がお逃げにならないと判断されたのでしょう。良かったですな」
「う、うん……?」

良いような悪いような。ていうか多分、これは呆れて付き合ってられなくなっただけじゃないだろうか。私でもそうするよ。わけわかんないもんな、この状況。

「んー。うん、おっけ。この味をしっかり覚えて」
「かしこまりました」
「じゃミートソースはこれで完成。パンに塗ってもいいし、炊いたお米と混ぜても、焼いたお肉にかけても、チーズを絡めても美味しいから。役に立ててね」

これでお役御免だ。ようやく一息つける。監禁状態で一息っていうのも変な話だけど、この意味不明な状況から抜け出せるなら構わない。
感謝しっぱなしのモルグに再び監禁部屋に連れて来られた私は、扉を閉めてベッドに直行すると頭からダイブした。

「あーもう……わけわかんない……」
「それはこちらの台詞だ」
「うそーこの場で一番ワケわかってないの私だよー間違いなく……って!!」

反射的に飛び起きると、部屋の端に腕を組んで佇んでいるヒュンケルの姿があった。

「ちょっ、えっ!?な、なんでいるの!?」
「気付かなかったのか」
「気付くわけないでしょ!?疲れてそれどころじゃないよ!」

びっくりしすぎてベッドを挟んで距離を取る。一体何の用があるのか。うちの部下誑かしやがってって?いやいやそんなこと言われたら貴方の部下が言い出したことなんですけどって言ってやる。
構えていた私は、次の彼の口から出た質問に反応できなかった。

「何故逃げん」
「……えっ?」
「何故逃げないのかと聞いている」

苛立った様子で質問を繰り返したヒュンケルに、神経を逆撫でしないように正直に答える。

「……あんたの執事が、私を信用してくれてるみたいだから……あとは、今は逃げてもすぐに捕まるだろうし」
「…………アバンの使徒ならばオレを止めに来たのだろう。抵抗しない理由はなんだ」

アバンの使徒。船上で聞かされた彼らの師の名前だ。そうか、あの子達はこう呼ばれているのか。昔勇者だった人だって聞いたけれど、いまいち実感が湧かない。

「あの……怒らないで聞いてくれる?」

これは話が噛み合わなくなる前に事情を説明したほうがいいかもしれない。つまり、彼らと私の向かうところが違うという事を。

「私、旅の途中であの子達にたまたま協力する機会があって仲間になったの。だからあんたが何に対してそんなに怒っているのかも、実はよくわかってない……アバンさんはいい人だって話しか知らないし、」
「ハ!いい人!なるほど、やつらは部外者のお前にまでその様な戯言を吹聴しているわけか」

やばい、地雷踏んだっぽい。

「教えてやろう。あの男……やつらの師アバンというのは、オレの父の仇だ」