どうしてこうなった。 わからない。自分の状況が一番よくわからない……!
〜数時間前〜 お腹が痛い。息がし難い。痛みで目を覚まして、ぼんやりとした記憶を辿る。確か地下の迷宮のような場所に連れ去られたマァムを追いかけて入ってきて、それで。 「!……いっ……!」 飛び起きた衝撃で鳩尾がぎしりと痛んだ。思い出した、あのヒュンケルとかいう敵のリーダーに一発殴られて気を失ったんだった。起き上がれなくて再びベッドに倒れこんだ私は、ここがベッドの上だという事にも今更気づいた。横になった状態でベホイミをかけて鳩尾の打ち身を治癒しながら首を動かしてみる。気を失っている間にどこかの部屋に連れてこられたらしい。窓が無いので、まだ地下にいる可能性が高い。 「……普通の部屋……だよね……」 扉に手をかけてみる。ドアノブは回らない。外から鍵をかけられているらしい。 「…………嘘ぉ……?」 しまった、監禁された。でもなんで牢じゃなくてこんな無駄に良い部屋なんだろう。マァムのところに一緒に入れてくれたらいいのに。もしかして分断して情報を共有できなくさせているのだろうか。それなら有効な手段だ。現に私は非常に困っている。 「……ちょっとー!誰かいないの!?ねえ開けてよ!おーい!」 やむなく見張りなんぞがいないかと思い扉をガチャガチャ揺らしてみるも、反応なし。最悪だ。やっぱり潜入しないほうが良かったかも。でも、ダイとポップが何処に行ったのかわからない以上、マァムの居場所がわかっているここに来たのは他にどうしようもなかったからだし。置いて行ってさっさとベンガーナに帰るのはなんだか良心が痛んで出来なかったし。 「んんー…………やらかしたー……」 おまけに荷物もブーツも取られてるし。私の足だけじゃここからの脱出は不可能だ。お金に買えた鉱石の買取分も荷物に入っているから、置いて逃げることもできない。お金大事。 「!」 顔を上げて扉の方を見れば、背の低いゾンビっぽいのが銀のトレーに食事らしきものを乗せて入ってきた。なんかアダムスファミリーっぽいというか、いかにもゾンビって顔に少しぎょっとする。 「!おお、お目覚めでしたかな」 執事と名乗るモルグなる魔物はベッドサイドの小さなテーブルにトレーを置いて、こちらに勧めた。冷えきったタマネギのスープとパン。食欲失くすメニューだけど、貰えるだけマシか。 「……いただきます……」 スープを口に入れてみる。全然温かくない。味は悪くないけど何か足りない気がする。パンもぱさぱさだ。ぱさぱさのパンでも別にいいけど、スープがこれでパンもこれって。口の中の水分が無くなるからパン食べてスープ飲んで、すぐに食事は終った。食器を片付けているモルグに敵意は全く無さそうだ。よくわからない対応に戸惑う。 「……あの、喋ってもいい?」 優しいって。そりゃ捕虜にしては優しい対応だけど、優しいやつは女の腹殴って気絶なんかさせないでしょ。私が微妙な顔をしたら、モルグは理由を説明してくれた。 「貴方様はあのお方に直接攻撃したわけではないと聞いております。潜入してきたのを捕まえただけなので、武器を奪っておけば牢に入れるほどではないと仰りました」 モルグの問いに、私は少し迷った後正直な感想を述べた。 「おいしかったけど……黒胡椒と、大蒜を少し入れたらもっと良かったと思う」 ――ら、なぜか嬉しそうな顔をされた。 「……どうして?」 え?ちょっと待て、なんだって? 「貴方が作ったの?この、スープ……」 マジか。私ゾンビのお手製スープを食べたのか。変な匂いとかは一切しなかったから大丈夫だろうけど。細菌とかばい菌的なアレがアレしてアレしないだろうか……自分のお腹の具合が急に気になってきたけど、食べてしまったものは仕方ない。お腹壊したらキアリーでどうにかしよう。 かなり失礼なことを考えていたら、モルグは何故か良い事を思いついたと言わんばかりに目を輝かせて、「少しお待ちを」と言い残し食器を持って慌しく部屋を出て行った。 「……?」 えええ。いやいやいやいや。いきなり言われても困るって。って言うか私が捕虜だって事忘れてないかなこの人……じゃないや、魔物? 「あの、文字で書いても多分わかんない……よ?」 申し訳無さそうに断ってみたものの、しかし彼はめげなかった。 「でしたら、ヒュンケル様に許しを頂きますゆえ、私めに料理を教えて頂けないでしょうか」 だから!私が捕虜ってこと忘れてるよねこの人……じゃなくて魔物!! 〜以上、回想終了〜
「あのさ……自分で言うのもどうかと思うんだけど……」 モルグは鍋に夢中で聞いてない、ヒュンケルに至ってはシカトだ。しかし言わせていただきたい。この不思議な状況について、一言。 「私なにやってんだろ……?」 違う!なんか違う!私、マァムとクロコダインを追いかけてこの敵の本拠地に来たはず!そしてさっきまで捕まっていたはず!なのに! 「次はどのようにすればよろしいのです?」 なんで魔物相手に後ろから敵にガン飛ばされながら料理教室してんの!?今世紀最大の謎だよ!!誰が納得行かないって一番私が納得行かない!逃げないにしたって限度があるよね!?間違いないけど確認したい、仲良くミートソースの作り方を教えてる場合じゃないよね!? 「あっ、火はもうちょっと弱めで、そうそんな感じ」 一生懸命なモルグの様子に、なんだかちょっとどうでも良くなってきた。まだダイは来ないっぽいし。考えてみれば半日そこらで助けが来るわけないよねそうだよね。この居た堪れない状況もミートソースが完成すれば終るだろう。そしたら言おう、お部屋に戻してくださいと。マァムの件は今日は一旦諦める。どうせ言ったって会わせてくれないだろうし、会おうと思えば部屋から隙を見て抜け出す以外に方法無いし、今日は手詰まり。無理無理。 「はい、じゃあ下味に塩と胡椒を少し振ろうか。混ぜ終わったらさっき潰したトマトを入れて煮詰めて……」 完全に諦観の境地に至った私はモルグにミートソースの作り方を教えることに専念した。順番に指示を出して、メモを取る魔物の手元を確認しながら過程を見ていると、鋭かった視線が消えた。 「……あれ?ねえ、貴方の主どこかに行っちゃったんだけど」 良いような悪いような。ていうか多分、これは呆れて付き合ってられなくなっただけじゃないだろうか。私でもそうするよ。わけわかんないもんな、この状況。 「んー。うん、おっけ。この味をしっかり覚えて」 これでお役御免だ。ようやく一息つける。監禁状態で一息っていうのも変な話だけど、この意味不明な状況から抜け出せるなら構わない。 「あーもう……わけわかんない……」 反射的に飛び起きると、部屋の端に腕を組んで佇んでいるヒュンケルの姿があった。 「ちょっ、えっ!?な、なんでいるの!?」 びっくりしすぎてベッドを挟んで距離を取る。一体何の用があるのか。うちの部下誑かしやがってって?いやいやそんなこと言われたら貴方の部下が言い出したことなんですけどって言ってやる。 「何故逃げん」 苛立った様子で質問を繰り返したヒュンケルに、神経を逆撫でしないように正直に答える。 「……あんたの執事が、私を信用してくれてるみたいだから……あとは、今は逃げてもすぐに捕まるだろうし」 アバンの使徒。船上で聞かされた彼らの師の名前だ。そうか、あの子達はこう呼ばれているのか。昔勇者だった人だって聞いたけれど、いまいち実感が湧かない。 「あの……怒らないで聞いてくれる?」 これは話が噛み合わなくなる前に事情を説明したほうがいいかもしれない。つまり、彼らと私の向かうところが違うという事を。 「私、旅の途中であの子達にたまたま協力する機会があって仲間になったの。だからあんたが何に対してそんなに怒っているのかも、実はよくわかってない……アバンさんはいい人だって話しか知らないし、」 やばい、地雷踏んだっぽい。 「教えてやろう。あの男……やつらの師アバンというのは、オレの父の仇だ」
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